If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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静かなる黎明へ

Washington

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機内が着陸態勢に入り、フラップが降りる低い作動音が響き渡る。
高倉は、鞄の隣に置かれた一冊の手帳を手に取った。
そこには、これまで彼が関わってきた戦いの統計データや
各戦線での教訓、そして日本が今後どのような産業構造を持つべきかという
個人的な展望が細かく記されていた。 
彼はそれをパラパラとめくりながら、隣に座る安田に語りかけた。

「安田。お前は、戦争が終わった後の日本をどう想像する」

安田は突然の問いに驚きながらも、真剣な表情で考え込んだ。 
「……そうですね。今は想像もつきませんが、少なくとも
 空襲に怯えずに眠れる夜が来る。それだけで
 人々は救われるのではないでしょうか。私は、壊された工場を立て直し
 もう一度、新しい技術で日本を興したいと思っています」

「新しい技術か。良い目標だ。我々が今持っているこの核の技術も
 いつかは人を殺すためではなく、平和に火を灯すために使われる日が来るだろう。
 だが、そのためには、まず『今』を終わらせなければならん。
 終わらせるということは、単に銃を置くことではない。
 お互いの憎しみの連鎖を、どこかで断ち切るということだ」

高倉の声は、エンジンの音に負けないほど力強かった。
 「私はね、アメリカ人にこう言おうと思っている。
 『我々は、あなたたちが持っている力の半分も持っていなかった。
 だが、死ぬ準備だけはあなたたちの百倍できていた。
 その準備を、これからは生きる準備に変えようではないか』とな。
 彼らがこれを傲慢と受け取るか、誠実と受け取るか。それが勝負の分かれ目だ」

安田は黙って高倉の横顔を見つめた。その顔には
長年の激務による深い皺が刻まれていたが、瞳だけは少年のように澄んでいた。
 「提督は、常に先を見ていらっしゃいますね。
 戦っている最中も、いつも終わった後のことを考えていらした」

「そうでなければ、司令長官など務まらんよ。人を殺す命令を出しながら
 その一方で、その死が報われる世界を作らねば、私の魂はとっくに壊れていただろう」

機体は大きく旋回し、ワシントン近郊の
アンドリュース空軍基地の滑走路を捉えた。 
かつて、日本の特攻機が突入していった
空母の甲板と同じように、白く長い滑走路が自分たちを招き入れている。 
着陸の瞬間、激しい衝撃と共にタイヤが地面を噛んだ。
二式大艇は、その巨大な質量を地上へと戻し、徐々に速力を落としていった。

窓の外には、武装した米軍のM4中戦車や
無数のジープが待ち構えていた。銃を構えた兵士たちの列が
滑走路の両脇を固めている。 高倉は、軍帽を直し、手袋をはめた。
 「さあ、行くぞ。鞄を忘れるなよ、安田。それは我々の命よりも重いものだ」

タラップが下ろされ、ドアが開いた。 入ってきたのは
熱を帯びたワシントンの夏の空気だった。
 高倉は、眩しさに目を細めながら、一歩を踏み出した。 
最前列に立っていた米軍の将校が、険しい表情で前に出た。

「高倉提督、ですね。我々は、あなたを停戦交渉の特使として受け入れます。
 しかし、ここからは我々の法とルールに従っていただきます。帯剣は許されません」

高倉は無言で腰の軍刀を解き、それを米将校に差し出した。 
「これは、我が家の家宝であり、私の魂の一部だ。だが、平和を乞う場に
 鋼鉄の刃は不要だ。預けておこう。返す必要はない。
 この刀が博物館に飾られるような時代が来ることを願っている」

米将校は、差し出された軍刀の重みに一瞬たじろいだが、それを乱暴に受け取ると
部下に命じて高倉と安田をジープへと促した。 
高倉は、最後に自分が乗ってきた白い二式大艇を振り返った。 
夕陽を浴びて、それはもはや兵器ではなく
ただの巨大な彫刻のように見えた。 
「さらばだ、空の戦友よ」

ジープが走り出し、基地のゲートを抜けてワシントン市内へと向かう。
 沿道には、敵国の「敗軍の将」を見ようと、多くの市民が集まっていた。
彼らは口々に罵声を浴びせ、石を投げようとする者もいた。
だが高倉は、視線を正面に向け、微動だにしなかった。 
彼の目には、罵声を浴びせる市民の向こう側に
比島やマリアナで見た、戦火に追われる日本人の子供たちの姿が重なって見えていた。

「この人たちの憎しみを、私がすべて引き受けよう。それで日本が救われるなら」

ワシントンDCの白い石造りの建物が見えてくる。 
そこには、世界の覇者となったアメリカ合衆国の富と権力が凝縮されていた。 
これから始まる交渉は、まさに「言葉による白兵戦」である。 
高倉は、胸のポケットにある部下たちのリストに手を当てた。 
「お前たち、見ていろ。これが、俺の最後の突撃だ」

一九四五年八月十五日。 日本が終戦を受け入れる数日前
一人の男の孤独な旅路は、その目的地へと到達した。 
そこから始まる物語は、歴史の表舞台には決して出ることのない
しかし人類の運命を決定づける極秘の交渉劇であった。

高倉は、ジープから降り、ホワイトハウスを望む一角にある
重厚なビルの中へと消えていった。 彼の足跡は、後の世に語り継がれることはない。 
しかし、その足跡があったからこそ
私たちは今、平和な空の下で、歴史を振り返ることができるのである。


高倉が案内されたのは、窓のない地下の会議室であった。
壁には最新の戦略地図が貼られ、机の上には冷え切った
水の入ったグラスが並べられていた。 高倉は、椅子に座り
交渉の相手を待った。 数分後、重いドアが開き、数名の米政府高官が入ってきた。
その中には、後に高倉と奇妙な友情を結ぶことになる、スティムソン長官の姿もあった。

「高倉提督。君が持ってきたという『二グラム』と『設計図』。
 それが、我々の判断を揺るがすに
 値するものかどうか、これからじっくりと見極めさせてもらう」

スティムソンの声は、低く、威厳に満ちていた。 
高倉は、テーブルの上の鞄を開き、静かに書類を取り出した。

「長官。私はここへ、物乞いに来たのではありません。
 賢明な選択を提案しに来たのです。我が国が、この力をどう使うか。
 それは、あなたたちのこれからの態度次第です。
 始めましょう、文明の存続を懸けた議論を」

こうして、歴史の裏側で、日本と米国の最後にして最大の戦いが始まった。 
その戦場に、もはや銃声はなかった。 あるのは、静寂の中に響く
一人の男の、命を削るような言葉の調べだけであった。 
高倉の白い巨鳥の旅路は、ここで終わった。 
だが、彼という人間が放つ真の輝きは
この暗い会議室の中でこそ、もっとも強く放たれることになるのである。
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