出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

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第九章

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 ジゼルは懸命にドミニコの腰にある剣の鞘に手を伸ばし、力一杯引き抜いた。

「ギャァ!!!」

 抜いた剣の刃がドミニコの脇腹を掠め、衣服と彼の肉を切り裂き、ドミニコは悲鳴を上げて転がった。

「!!!」

 ジゼルもバランスを崩し、その場にドサリと倒れ込んだ。

「イタイ、イタイイタイ、イタイぎゃあああーー」

 背中を地面に付け右に左に転がり、傷ついた脇腹を押え、喚き散らす。

「ジゼル!」
「させるか!」

 ドミニコに一瞬気を取られた隙をつき、ユリウスが身を屈めたのを阻止しようと斬り掛かる。
 ガキン
 しかしユリウスの方が一歩速く、上からのマイネスの剣を受け止め弾き返した。
 
「グッ!!」

 重いユリウスの一撃に、マイネスの腕が震える。
 
「退け!」

 一段と声を低くしてユリウスが恫喝する。赤い瞳が灼熱の如く輝き、殺気がユリウスの全身から放たれる。その迫力に、いくつもの死線を潜り抜けてきたマイナスの肌が粟立った。

(これが…ボルトレフ)

 戦場の鬼神、血塗れ元帥、戦闘狂などという表現では生温い。
 気弱な者がその覇気を浴びたら、一瞬で意識を失っただろう。
 速くて重い、ユリウスの剣がマイナスを攻撃する。マイナスの頬をタラリと汗が流れる。少しでも気を抜けば、忽ち凌駕されるだろう。

「させるか!」
「望むところだ」

 気圧されそうになりながらも、マイナスは反撃に出る。
 誰よりも速く、誰よりも重い剣さばきが彼の自慢だったが、ユリウスのそれも引けを取らない。
 それどころか、一撃毎にそれが研ぎ澄まされていく。

「くそ」
 
 ユリウスから繰り広げられる重く速い剣戟に、次第にマイナスは受け身一方になっていく。

「ジゼルに手を出したことを後悔させてやる!」

 ガキン!

 体重を乗せたユリウスの剣がマイナスに襲いかかる。
 冷静を欠いた攻撃には隙が生まれるものだが、ユリウスにはまるで隙がない。
 
「クソ」

 マイナスも伊達に今の地位に就いたわけではない。誰よりも強くあるからこそ、自分は自国で一目置かれる武人になったのだ。
 体格もユリウス・ボルトレフより大きく上背もある。何ら劣る所などないはずだ。

(なんだ…なぜ俺はこんなに押されている)

 彼との一戦に、まるで勝機が見えない。次から次へと繰り出される攻撃を何とか受け止めるだけで精一杯だ。

「ウッ」

 足元が不意にぐらついた。地面が僅かにへこみ、砂利で足が滑った。
 慌てて体勢を保とうとするが、一瞬足元に視線を向けたのを、ユリウスは見逃さなかった。

「!!消え…ウグッ」

 視界からユリウスが消えたと思った刹那、眼の前を一陣の風が吹き抜けた。
 ザシュッ
 マイナスの体から血飛沫が上がる。剣を握る右腕の肩口から肘に掛けて斜めに切り傷が走り、彼は手から剣を離した。
 ガッ!
 そして次の瞬間、左こめかみを物凄い力で硬いものを打ち付けられ、頭が大きく揺れ目を剥いてドサリ地面に倒れ込んだ。
 ユリウスが手に持った剣の柄頭で、思い切り殴りつけたのだった。

 直ぐ側でぎゃあぎゃあ喚くドミニコの声を聞きながら、ジゼルは地面に横向きに倒れ込んだまま、ユリウスとマイナスの戦いを眺めていた。

「ジゼル…きさま、ゆ、ゆるさん。このわたしを…」

 痛みを訴えていたドミニコの声が聞こえ、はっとジゼルは振り返った。
 斬られた脇腹を押さえ、激しく憤怒するドミニコが片膝を立ててジゼルを睨んでいた。
 地面に転がったせいで髪は乱れ、土や小石がまとわりついている。痛みに流した涙と涎と鼻水にまみれ、濡れた頬には小石が付いている。

「ドミニコ…」

 ゆっくりとよろめきながら立ち上がったドミニコは、一歩、また一歩とジゼルに近づてくる。手足を縛られたまま、クネクネと体をくねらせながら、ジゼルは逃げようとしたが無駄だった。ドミニコは彼女を跨いで腰を下ろした。
 
「ドミニコ…」
「この私を傷つけるなど…」
 
 ドミニコの両手がジゼルに伸ばされる。左の掌には、ジゼルが斬りつけた傷から流れた血がべっとり付着している。

「許さん」
「ドミニコ…ウグ」

 その手がジゼルの細い首に伸び、指を食い込ませて締め上げ始めた。
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