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第九章

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 本格的に習ったことはないが、護身程度には剣術の指南を受けたジゼルの眼力程度では、到底その剣捌きを見切ることなど出来なかった。
 暗闇の中、松明の火を受けた鋼鉄の刃が輝いたかと思うと、その軌跡を追って血飛沫らしき黒いものが吹き上がる。そしてドサドサと、敵が倒れて行った。

「お前たち、何をしている! 敵は少数だぞ! さっさと殲滅しろ!」

 ようやく部下に助け起こされて立ち上がったドミニコが叫ぶ。
 しかし、よろよろしながら担がれて馬の背に腹這いになっている状態なので、みっともないことこの上ない。

「クッ、無様だな。まるで正反対だ」

 それを見てマイネスもそう思ったのか、ぼそりと呟く。
 何とか馬の背によじ登ったドミニコと、颯爽と馬から飛び降りたユリウス。どちらが無様か比べようもない。

「おっと、人のことをどうこう言っている場合ではないな」

 ドミニコの方に気を取られている間に、ざっと砂利を踏む音がして振り向くと、すぐ目の前に双剣を携えたユリウスが立っていた。
 
「ユリウス!」

 ジゼルはマイネスの腕の中で身動ぎする。

「命が惜しくばその手を離せ」

 馬上からマイネスが見下ろす。ユリウスの赤い双眸がマイネスを見上げ、体から殺気が立ち昇る。その身には、ここまで薙ぎ倒してきた者たちの返り血らしきものが付いている。

「そう言われて、『はいどうぞ』と言うわけがないだろう」
 
 マイネスがごくりと唾を飲み込む。口調は軽いが、緊張しているのがわかる。

「素直に従ったほうが身のためだ」

 ジリリとユリウスの足が一歩前に進む。
 マイネスが手綱を掴んで、馬を一歩下がらせ距離を取る。
 ブルルと馬が僅かに鼻を鳴らす。ユリウスから放たれる殺気に、馬も落ち着かないようだ。

「エレトリカはすぐに滅びる。ボルトレフはエレトリカと心中するつもりか」
「そっちこそ、バレッシオと共倒れしたいか」

 また一歩、ユリウスがジゼルたちの方へ歩み寄る。側にいるのがドミニコだとわかっているのだろう。

「そっちの情けない格好の男は、バレッシオのドミニコだな?」
「な、何だと! マイネス! さっさとジゼルを盾にしてその男をなんとかしろ!」
「きゃあっ!」
「おい!」

 ドミニコが馬を近づけてきて、マイネスが抱えているジゼルの髪を思い切り引っ張った。
 マイネスの肩から落ちて、ジゼルの体が反転する。
 ドミニコに体を引っ張られ、ジゼルは宙釣りになった。

「おいお前、ジゼルを追ってきたんだろ! 助けたければその手に持っているものを棄てろ!」
「ド…ドミニコ…やめ…」

 まるで屠殺前の鶏のように、ドミニコがジゼルの首に手を回し締め上げる。ジゼルは息苦しさに顔を歪めた。

「きさま…」

 唇を噛み締め、ユリウスが今度はドミニコに激しい殺意を向ける。

「は、早くしろ! このままジゼルが死んでもいいのか!」
「や、やめ…か、カハッ」

 首に巻き付くドミニコの手を払おうと、ジゼルは必死で手を伸ばす。視界が霞み、意識が朦朧となっていく中、ガチャンガチャンと音がした気がした。

「言うとおりにしたぞ、その手を離せ」

 霞む目を凝らすと、両手を万歳して立っている姿が写った。ユリウスがドミニコの言うままに剣を手放したのだ。

「……ユ…リウス」

 首を絞める手が一瞬緩んだ気がした。ユリウスがドミニコの言葉に従い、その時、ジゼルの視界にドミニコの腰に提げた剣が見えた。
 
「何をしている! あいつを取り押さえろ!」 
 
 ジゼルのすぐ耳の横で、ドミニコが叫ぶ。その瞬間をジゼルは逃さなかった。
 
 

 
 
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