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第十章

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 倒れ込んだマイナスを一瞥し、ユリウスは素早くジゼルの元へと駆け寄った。

「ジゼル!」

 ユリウスの視界に、ジゼルと男の姿が目に飛び込んできた。
 男はジゼルに跨り、腕を伸ばして首を絞めている

「ド…んん」

 ジゼルの顔が苦しげに歪む。目が霞み意識が遠のく。ギリギリと首を強い力で締め付けられ、呼吸が出来ず、口をパクパクさせた。

「プギャッ」

 瞬間、横から何かが飛んできて、ドミニコの顔面にめり込んだ。
 ドミニコの体がまたもや地面に倒れ込む。
 重石が無くなり、軽くなった。

「ジゼル!」

 目を開けたジゼルの瞳に、ユリウスの顔が写り込んだ。

「ユリ…ゴホッ、ゴホッ」

 喉を締め付けられていたせいで、声が涸れジゼルは噎せた。
 
「待っていろ」

 ユリウスが手足を縛っていた縄を素早く切り落とす。
 
「……ユ」
「ジゼル…良かった…」

 縄を切るやいなや、ユリウスがジゼルをその腕に掻き抱いた。

「良かった…もう…生きて会えないかと」
「ユリ…うう…ユリウス」
 
 温かいユリウスの震える体に抱きしめられ、ジゼルは彼にしがみついた。涙が溢れて止まらない。
 彼女こそ、彼にもう会いないのかと不安にかられていた。

「大将!」 
 
 そんな二人にランディフが駆け寄ってきた。

「ランディフ…」

 まだ泣きじゃくるジゼルの後頭部を優しく抱き、彼女の顔を自分の胸に隠し、ユリウスがランディフを見上げた。

「制圧したか?」
「はい」
「あの男は?」
「気絶していますが、縄で縛り付けました」

 ユリウスの腕に抱きとめられながら、ジゼルは僅かに首を巡らせ、周囲を見渡し最後にランディフを見た。
 ボルトレフ側はたった五人。相手はその倍以上はいた筈なのに。実力差は歴然だった。

「大事なく、ほっとしました」

 ランディフがジゼルに、笑みを浮かべる。

「ありがとう…ございます」
「お前は奴を知っているか?」

 そんなジゼルの背中を、ユリウスは優しい手付きで撫で下ろした。
 それだけで、これまでの辛さが幾分か和らぐ。

「カルエテーレのマイナス将軍かと」
「カルエテーレか…」
「そっちは?」

 今度はランディフが、地面に倒れているドミニコについて尋ねる。
 
「バレッシオのドミニコ大公…だな?」

 ユリウスがジゼルを見下ろし確認する。

「はい」

 こちらに顔を向けているドミニコの顔は、ユリウスの一撃で鼻から血を流して、白目を剝いている。
 鼻梁が歪んで見えるので、骨が折れているのかも知れない。だらしなく口を開き、涎も垂れている。
 既に彼に対する想いの一欠片も持っていなかったが、己の美を誇っていた彼の無様な姿に自業自得だと心の中で呟いた。

「後は頼めるか?」
「心得ました」
「ユリ…」

 ユリウスがジゼルを横抱きにして立ち上がると、部下の一人がユリウスの馬を引き連れてきた。

「あの…ドミニコ…大公は?」

 彼が気を失ったのはユリウスが手を下したからだが、逃げるためとは言え、自分も彼を傷つけてしまった。
 夢中だったため、自分がどの程度の傷を彼に負わせたのか、確認する余裕もなかった。

「君を人質にしようとした男に、情けなど不要だ」
「でも…あんなに痛がっていたので…」
「まあ、それが原因で死んでは君も夢見が悪いか」

 治る傷ならいいが、それが致命傷で死なれては心苦しい。

「大丈夫ですよ」

 しかしドミニコの怪我の具合を見たランディフが、軽い口ぶりで手を振った。

「あんな大声で喚いていたから、てっきり内蔵でも飛び出すくらいの怪我かと思いましたが、ほんの薄皮一枚、肉も切断されていません。ほっといても死ぬ怪我じゃありまけんよ」

 そう言って転がっているドミニコを靴の先で突く。仮にも大公の彼を、まるで荷物のように扱っている。

「血も止まってるし、気にする必要はありません。情けないやつだ。そんな怪我程度であんな大声出して…うわ、失禁までしてる」

 ランディフがさも我慢出来ないとばかりに鼻を摘んで、顔を背けた。

「だそうだ。これで安心したか?」
「え、ええ」

 ユリウスが一度ジゼルを地面に下ろし、先に馬に乗って彼女を引き上げた。

「皆が待っている。戻ろう」
「はい」
「しっかり支えているから、力を抜いて。落としはしない」

 ユリウスは、彼女にマントで顔を覆い隠してがっしりとジゼルの体に腕を回す。彼女の疲れて眠る顔を周りに見せないための、彼の配慮だ。

「ええ」 

 その言葉をジゼルは疑わなかった。
 オリビアのことなども気になったが、それを尋ねる余裕はなかった。
 ユリウスの首元に頭を預け、彼のかいなに身を委ねると、揺れる馬のリズムも相まって、安心感からかすぐに眠りに落ちた。
 
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