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「金丸くん、ちょっといいかな?」
翌日、珍しく定時前に帰社した匡史は、待ち構えていたと言わんばかりの池上に、あっという間に掴まった。冷静を装ってはいるが、その口調の端に焦りと苛立ちが見える。なにかヘマでも踏んだか、それとも昨日のアレが悪い方に転がって行ったか。多分後者なんだろうな、と思いながら連れてこられた無人の給湯室で、どうかしましたか、と白々しく聞いてみた。
「これ。瑛蒔が持って帰った」
果たして、池上の口から出てきた言葉は予想したどれでもなかった。池上の長い指で流し台に差し出された一枚の紙は、昨日瑛蒔に渡した自分の名刺だった。
「確かに、俺が瑛蒔にやったものですよ。昨日、偶然公園で会って」
そう言うと池上は、瑛蒔から大体のことは聞いた、と頷く。
「でも、これ以上は瑛蒔に関わらないで欲しいんだ。あの子はまだ五歳だし、僕の事情にもう充分巻き込んでしまってるから、これ以上あの子に負担を掛けたくない」
「事情って……瑛蒔が池上課長のことを、父親ではなく保護者って呼ぶこととか、ですか?」
どうやら匡史の言葉はかなり正確に池上の図星をついたらしかった。池上の端正な眉目が一瞬歪んで、それから諦めたように深く息を吐いた。
「金丸くんは察しがよすぎて、時々怖いな。……そうだよ。僕と瑛蒔は親子じゃない。だから瑛蒔が言うとおり、保護者で間違ってない。でも、大事な家族であることには変わりないんだよ」
「いい子ですよね、瑛蒔。秀麗な顔してて聡明そうで……確かに課長とは似てないかな。でも、その事情と俺って、何か関係ありますか?」
匡史は臆せず笑顔で聞いた。面食らった池上が眉根を寄せる。
「ですから、俺が瑛蒔の友達になることって、何か問題あります?」
「……いや、ない、けど。でも、結局間に僕がいる以上、何かあった時、巻き込まれるかもしれないし」
「課長、そういうの、過保護っていうんですよ。第一、俺と課長の間にどんな『何か』が起こるっていうんですか。あなたがオメガならともかく、アルファ同士なんですし……もし、そんな何かがあれば、俺は課長からも瑛蒔からも離れますよ」
むしろ幼い瑛蒔はこれからどんどん交友関係を広げていって、いつか匡史なんていう大人など忘れて離れていくに決まっている。子供なんてそんなものだ。
「だから、瑛蒔が俺を気に入ってくれてるなら、今は瑛蒔のダチで居させてください。あいつ、こっちの土地にもまだ慣れてなくて苦労してるみたいだったから」
手を貸すくらいいいでしょう、と匡史は流し台に置きっぱなしになっていた名刺を裏返すと、スマホの番号とSNSのアカウントを書き込んだ。
「これ、瑛蒔に返してください。いつでも電話していいって」
匡史が名刺を押し戻すと、池上は匡史の顔を見つめ、いいのか、と少し真面目な顔をして聞いた。
「子供はなんでも本気にする。本当に電話するし、きっと君の事を友達だと思い込む。しつこかったり煩かったりすると思う。それでも、付き合ってやれるか?」
「瑛蒔が泣くような対応はしませんよ。オトーサン」
にっこりと笑って答えると、池上は一瞬赤くなって、だから父親じゃなく、と慌てて言葉を返した。
「でも、父親になりたいんですよね。こんなに瑛蒔を大事にしてて……確かに彼氏ではないけど大事な人だってのは分かりました。課長がダメというなら、こちらからは関わらないです」
しおらしくため息を吐く匡史に、池上は困った様に視線を泳がせた。
「別に瑛蒔と居るのはダメではないんだが……君はアルファだし僕が……」
「え?」
匡史が池上の言葉に首を傾げる。けれど池上は、何でもない、と返してから腕時計をちらりと見やった。つられて匡史も自分の時計に視線を向ける。定時を十五分ほど過ぎていた。
「課長、定時過ぎてますね」
「あ、ああ。それじゃあ、僕はこれで」
ややぼんやりしていた池上が、お疲れ様、と残してその場から足早に立ち去っていった。これから瑛蒔を迎えに行って、二人で夕飯を作ったり風呂で遊んだりして楽しく過ごすのだろう。
「……羨ましいな」
勝手な想像に無意識に呟いてから、匡史は、はたと思った。
――羨ましいって、どっちに?
自分に問いかけても答えは出なかった。
翌日、珍しく定時前に帰社した匡史は、待ち構えていたと言わんばかりの池上に、あっという間に掴まった。冷静を装ってはいるが、その口調の端に焦りと苛立ちが見える。なにかヘマでも踏んだか、それとも昨日のアレが悪い方に転がって行ったか。多分後者なんだろうな、と思いながら連れてこられた無人の給湯室で、どうかしましたか、と白々しく聞いてみた。
「これ。瑛蒔が持って帰った」
果たして、池上の口から出てきた言葉は予想したどれでもなかった。池上の長い指で流し台に差し出された一枚の紙は、昨日瑛蒔に渡した自分の名刺だった。
「確かに、俺が瑛蒔にやったものですよ。昨日、偶然公園で会って」
そう言うと池上は、瑛蒔から大体のことは聞いた、と頷く。
「でも、これ以上は瑛蒔に関わらないで欲しいんだ。あの子はまだ五歳だし、僕の事情にもう充分巻き込んでしまってるから、これ以上あの子に負担を掛けたくない」
「事情って……瑛蒔が池上課長のことを、父親ではなく保護者って呼ぶこととか、ですか?」
どうやら匡史の言葉はかなり正確に池上の図星をついたらしかった。池上の端正な眉目が一瞬歪んで、それから諦めたように深く息を吐いた。
「金丸くんは察しがよすぎて、時々怖いな。……そうだよ。僕と瑛蒔は親子じゃない。だから瑛蒔が言うとおり、保護者で間違ってない。でも、大事な家族であることには変わりないんだよ」
「いい子ですよね、瑛蒔。秀麗な顔してて聡明そうで……確かに課長とは似てないかな。でも、その事情と俺って、何か関係ありますか?」
匡史は臆せず笑顔で聞いた。面食らった池上が眉根を寄せる。
「ですから、俺が瑛蒔の友達になることって、何か問題あります?」
「……いや、ない、けど。でも、結局間に僕がいる以上、何かあった時、巻き込まれるかもしれないし」
「課長、そういうの、過保護っていうんですよ。第一、俺と課長の間にどんな『何か』が起こるっていうんですか。あなたがオメガならともかく、アルファ同士なんですし……もし、そんな何かがあれば、俺は課長からも瑛蒔からも離れますよ」
むしろ幼い瑛蒔はこれからどんどん交友関係を広げていって、いつか匡史なんていう大人など忘れて離れていくに決まっている。子供なんてそんなものだ。
「だから、瑛蒔が俺を気に入ってくれてるなら、今は瑛蒔のダチで居させてください。あいつ、こっちの土地にもまだ慣れてなくて苦労してるみたいだったから」
手を貸すくらいいいでしょう、と匡史は流し台に置きっぱなしになっていた名刺を裏返すと、スマホの番号とSNSのアカウントを書き込んだ。
「これ、瑛蒔に返してください。いつでも電話していいって」
匡史が名刺を押し戻すと、池上は匡史の顔を見つめ、いいのか、と少し真面目な顔をして聞いた。
「子供はなんでも本気にする。本当に電話するし、きっと君の事を友達だと思い込む。しつこかったり煩かったりすると思う。それでも、付き合ってやれるか?」
「瑛蒔が泣くような対応はしませんよ。オトーサン」
にっこりと笑って答えると、池上は一瞬赤くなって、だから父親じゃなく、と慌てて言葉を返した。
「でも、父親になりたいんですよね。こんなに瑛蒔を大事にしてて……確かに彼氏ではないけど大事な人だってのは分かりました。課長がダメというなら、こちらからは関わらないです」
しおらしくため息を吐く匡史に、池上は困った様に視線を泳がせた。
「別に瑛蒔と居るのはダメではないんだが……君はアルファだし僕が……」
「え?」
匡史が池上の言葉に首を傾げる。けれど池上は、何でもない、と返してから腕時計をちらりと見やった。つられて匡史も自分の時計に視線を向ける。定時を十五分ほど過ぎていた。
「課長、定時過ぎてますね」
「あ、ああ。それじゃあ、僕はこれで」
ややぼんやりしていた池上が、お疲れ様、と残してその場から足早に立ち去っていった。これから瑛蒔を迎えに行って、二人で夕飯を作ったり風呂で遊んだりして楽しく過ごすのだろう。
「……羨ましいな」
勝手な想像に無意識に呟いてから、匡史は、はたと思った。
――羨ましいって、どっちに?
自分に問いかけても答えは出なかった。
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