そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

文字の大きさ
12 / 41

4-3

しおりを挟む
「金丸くん、ちょっといいかな?」
 翌日、珍しく定時前に帰社した匡史は、待ち構えていたと言わんばかりの池上に、あっという間に掴まった。冷静を装ってはいるが、その口調の端に焦りと苛立ちが見える。なにかヘマでも踏んだか、それとも昨日のアレが悪い方に転がって行ったか。多分後者なんだろうな、と思いながら連れてこられた無人の給湯室で、どうかしましたか、と白々しく聞いてみた。
「これ。瑛蒔が持って帰った」
 果たして、池上の口から出てきた言葉は予想したどれでもなかった。池上の長い指で流し台に差し出された一枚の紙は、昨日瑛蒔に渡した自分の名刺だった。
「確かに、俺が瑛蒔にやったものですよ。昨日、偶然公園で会って」
 そう言うと池上は、瑛蒔から大体のことは聞いた、と頷く。
「でも、これ以上は瑛蒔に関わらないで欲しいんだ。あの子はまだ五歳だし、僕の事情にもう充分巻き込んでしまってるから、これ以上あの子に負担を掛けたくない」
「事情って……瑛蒔が池上課長のことを、父親ではなく保護者って呼ぶこととか、ですか?」
 どうやら匡史の言葉はかなり正確に池上の図星をついたらしかった。池上の端正な眉目が一瞬歪んで、それから諦めたように深く息を吐いた。
「金丸くんは察しがよすぎて、時々怖いな。……そうだよ。僕と瑛蒔は親子じゃない。だから瑛蒔が言うとおり、保護者で間違ってない。でも、大事な家族であることには変わりないんだよ」
「いい子ですよね、瑛蒔。秀麗な顔してて聡明そうで……確かに課長とは似てないかな。でも、その事情と俺って、何か関係ありますか?」
 匡史は臆せず笑顔で聞いた。面食らった池上が眉根を寄せる。
「ですから、俺が瑛蒔の友達になることって、何か問題あります?」
「……いや、ない、けど。でも、結局間に僕がいる以上、何かあった時、巻き込まれるかもしれないし」
「課長、そういうの、過保護っていうんですよ。第一、俺と課長の間にどんな『何か』が起こるっていうんですか。あなたがオメガならともかく、アルファ同士なんですし……もし、そんな何かがあれば、俺は課長からも瑛蒔からも離れますよ」
 むしろ幼い瑛蒔はこれからどんどん交友関係を広げていって、いつか匡史なんていう大人など忘れて離れていくに決まっている。子供なんてそんなものだ。
「だから、瑛蒔が俺を気に入ってくれてるなら、今は瑛蒔のダチで居させてください。あいつ、こっちの土地にもまだ慣れてなくて苦労してるみたいだったから」
 手を貸すくらいいいでしょう、と匡史は流し台に置きっぱなしになっていた名刺を裏返すと、スマホの番号とSNSのアカウントを書き込んだ。
「これ、瑛蒔に返してください。いつでも電話していいって」
 匡史が名刺を押し戻すと、池上は匡史の顔を見つめ、いいのか、と少し真面目な顔をして聞いた。
「子供はなんでも本気にする。本当に電話するし、きっと君の事を友達だと思い込む。しつこかったり煩かったりすると思う。それでも、付き合ってやれるか?」
「瑛蒔が泣くような対応はしませんよ。オトーサン」
 にっこりと笑って答えると、池上は一瞬赤くなって、だから父親じゃなく、と慌てて言葉を返した。
「でも、父親になりたいんですよね。こんなに瑛蒔を大事にしてて……確かに彼氏ではないけど大事な人だってのは分かりました。課長がダメというなら、こちらからは関わらないです」
 しおらしくため息を吐く匡史に、池上は困った様に視線を泳がせた。
「別に瑛蒔と居るのはダメではないんだが……君はアルファだし僕が……」
「え?」
 匡史が池上の言葉に首を傾げる。けれど池上は、何でもない、と返してから腕時計をちらりと見やった。つられて匡史も自分の時計に視線を向ける。定時を十五分ほど過ぎていた。
「課長、定時過ぎてますね」
「あ、ああ。それじゃあ、僕はこれで」
 ややぼんやりしていた池上が、お疲れ様、と残してその場から足早に立ち去っていった。これから瑛蒔を迎えに行って、二人で夕飯を作ったり風呂で遊んだりして楽しく過ごすのだろう。
「……羨ましいな」
 勝手な想像に無意識に呟いてから、匡史は、はたと思った。
 ――羨ましいって、どっちに? 
 自分に問いかけても答えは出なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

処理中です...