そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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 会いたいな――そんな風に思って、自分で驚く。これではまるで恋のようではないか。まさか、と匡史は首を振ってから頬をぺちぺちと両手で軽く叩いた。さあ仕事だ、と自分に言い聞かせ立ち上がる。今度こそ外回りに出かけよう、そう思って優子に今日の予定を伝えようとしたその時だった。
「金丸くん、受付にお客さんだって」
 受話器を置いた優子が向かってきた匡史に伝える。
「客?」
「そう……本田瑛蒔くんっていう、男の子だって。知り合い? 隠し子?」
 優子がからかうような視線を投げる。そんなわけあるかよ、と笑ってから匡史は、受付に居るの? と聞き返した。
「うん。ロビーで待ってもらってるって」
 ねえ知り合い? と優子がしつこく聞くので匡史は、そうだよ、と答えた。
「俺の親友マブダチ
 そう返すと、匡史はロビーへと向かった。


 ロビーへ降りると、受付の女性がこちらを仰いだ。
「金丸さん、あの子なんですけど……金丸さんの子供、じゃないですよね?」
「まさか。知り合いの子だよ」
 心配そうに聞いてくる彼女に笑いながら軽く返す。その声が瑛蒔にも届いたらしく、椅子に座っていた瑛蒔がこちらを振り返った。
「マサチカ!」
 匡史の姿を見つけると同時に瑛蒔は駆け寄る。そのまま匡史の体にしがみついた。ちらりと窺った受付の彼女の顔は、胡乱げに変わる。だから俺の子じゃないってば、と目顔で言ってもあまり取り合ってもらえないようだ。けれど、瑛蒔の必死な姿を見ていると、自然と受付の子、ひいてはいずれ社内に流れるだろう噂などどうでもよくなった。もうなんでもいい。瑛蒔が自分の子だろうとなんだろうと思いたいように思えばいい。今は取り繕うより瑛蒔の話を聞くほうが優先だ。
「瑛蒔、どうした? なんかあったか?」
「ソウジが部屋から出てこないんだ。オレ、風邪うつしたかも……」
「瑛蒔はもういいのか?」
 匡史がしゃがみ込んで瑛蒔と目を合わせる。瑛蒔は頷いて、もう平気、と言った。
「課長は、調子悪そうなの?」
「大丈夫、ごめんね、しか言わなくて……でも時々泣いてるみたいな声がするんだ。どうしよう、ソウジ死んじゃったらどうしよう……」
 半泣きになる瑛蒔をそっと抱きしめてやると、匡史は、大丈夫だよ、と優しく囁いた。
「お前がいるんだから、そんなことはないよ。でも、心配だな……」
 体調が悪いのか、昨夜のことがよほど嫌だったのかはわからない。ただ、池上が部屋で苦しんでいることはわかった。心配で匡史の鼓動は自然と早くなる。
「ねえ、マサチカ、ソウジを助けて。マサチカは魔法使えるだろ?」
 涙目で匡史を見上げ瑛蒔が言う。魔法? と返すと、力強く頷いた。
「オレに魔法の言葉教えてくれただろ?」
 その言葉で、ああそういえば、と公園でのことを思い出した。あれから瑛蒔はすっかり保育園に馴染み、溶け込んでいったようだった。
「なあ、ソウジにも使ってやってよ。仲良しなんだろ、ソウジと」
「いや、仲良しってわけじゃ……」
「昨日、キスしてたじゃん!」
 瑛蒔の声がロビーに響いた。驚いて匡史は思わず瑛蒔の口を手で塞ぐ。しぃ、と人差し指を唇に当て、声が大きいことを悟らせると、瑛蒔は頷いて小さく、ごめん、と匡史の手の下で答えた。
「なんで、知ってんの?」
 瑛蒔の肩に腕を廻し、小さく聞く。
「のど渇いて起きたら見ちゃった。オレのバカオヤジから、キスを見たら静かに布団に戻れって教えられてたから、そうしたんだよ、昨日は」
 なんていう教育をしているんだ、と瑛蒔の父親に呆れながらも、子供の居る家で何したんだ俺、と自分自身にも呆れていた。
「なあ、とにかく家に来てよ。頼むから」
「俺が行ったら……逆効果かも、しれないけど……」
「そんなことないって! ソウジ、マサチカの話いつもしてるよ?」
「それは俺が出来の悪い部下だから……」
「そんなじゃないって。もう、いいから来いよ! ほんっとに大人ってメンドクセー!」
 イラついたように瑛蒔は怒鳴ると、匡史の腕を引いた。瑛蒔に引かれ立ち上がった匡史は、でも、と口にする。
「仕事とか言うなよ? ソウジの方が大事だろ!」
 先手を打たれ、匡史は呻く。それから、大きくため息をついた。
「わかった。行くよ」
 匡史の言葉に瑛蒔が笑って頷いた。
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