20 / 41
8-1
しおりを挟む瑛蒔に引っ張られ営業車で池上のマンションを訪れた匡史は、昨夜のことを思い出し、俄かに緊張した。なんだか敷居が高くて框を越えられずに居ると、何してんだよ、とあっさり瑛蒔に押し込まれてしまった。
「ソウジ、ただいま。マサチカ連れてきたよ」
瑛蒔はずかずかとリビングをわたると、その向こうにあるひとつのドアの前でそう叫んだ。中から、おかえり、という声だけが響く。
瑛蒔が振り返り、リビングのドア付近で突っ立っている匡史を振り返った。何か言ってよ、と目顔で訴えられ、匡史はゆっくりとドアの前に向かった。
その時だった。ドア越しでも感じる香りに匡史は軽いめまいを覚え、立ち眩みを起こした。しっかり両脚に力を入れる。倒れることはなかったが、匡史はドアから少し離れた。ようやく息はできるようになったものの、体の内側が沸騰しているような熱さは拭えない。匡史は大きく息をしてから、ドアに向かって声を掛けた。
「池上課長……具合、いかがですか?」
匡史の声に驚いたのか、中からがたりと音がした。その後に、心配ないから、という小さな返事が聞こえる。その声は言葉と違ってかなり細い。心配ないはずがない。
「ソウジー、出てきてよー。今日ちゃんと先生に休みの連絡入れられたんだよ、オレ」
「電話できるのか? 瑛蒔」
隣で瑛蒔の話を聞いていた匡史が驚いて聞くと、にっと笑って頷く瑛蒔が居た。
「すげーな、瑛蒔。会社まで一人で来たし」
「それはタクシー乗ったんだー。ここの裏にタクシー会社あるから、そこに行って」
「すげーじゃん。頭いいのな、瑛蒔」
匡史があんまり褒めるせいか瑛蒔は、それ以上言うな、と恥ずかしさでいっぱいの顔で匡史を睨み上げた。了解、と笑うと、安心したように息を吐く。
「オレのことはどうでもいいの! ソウジー、出てきてよー」
とにかく顔を見て安心したいのだろう。瑛蒔は出てきて欲しいと懇願する。それでも池上は、ごめんね、と繰り返した。その度に瑛蒔の顔が曇っていく。
「瑛蒔、ちょっと自分の部屋に行っててくれるか?」
「……どうして?」
突然の匡史の言葉に瑛蒔が怪訝な顔でこちらを見上げた。匡史はしゃがみ込み、瑛蒔と視線を合わせる。
「ちょっとだけ、大人の話。終わったら呼ぶから」
匡史が言うと、瑛蒔は渋々頷いてリビングを後にした。廊下からドアが閉まる音がして、匡史が立ち上がる。
「課長……もしかして、ラット、ですか?」
どうして自分が池上の香りを感じるのか分からないがこの症状は自分も気を付けていることだから分かる。どこかでヒート中のオメガと遭遇して逃げてきたのなら、今とても苦しいはずだ。
「……違うんだ。ラットじゃないから……金丸くんは、近づくな」
池上がそう言った途端、ぐんっと香りが強くなった。匡史の中に凶暴な何かが生まれ、急速に育っていく。背中を変な汗が流れていき、呼吸さえ荒くなる。
「課長……ラットじゃなくて、この香り……」
匡史がごくりと大きく唾を呑み込む。そっとドアに触れた、その時だった。
がちゃりとドアが開いたと思ったら、強い力でネクタイを引っ張られた。突然のことで何も構えていなかった匡史はそれに引かれるまま、足を進める。
「かちょっ……え……」
薄暗い部屋に引き込まれ再び背後で扉が閉まる。鍵のかかる音に驚いて目の前を見やると、そこには荒い呼吸を繰り返す池上が立っていた。
「……お前が一番来ちゃダメ、なのに……」
池上はそう言うと、匡史のネクタイを引き、そのままキスをした。
117
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
騎士団長の初恋を実らせるつもりが、うっかり恋に落ちました~心の声が聞こえる第五王子は街で人気の占い師~
まんまる
BL
現王の第五王子として生まれたノア(21)は見た目こそ王族の血を濃く引いているものの、王城では影が薄く、いてもいなくても誰も気付かないような存在だ。
そんなノアは生まれつき他人(ひと)の心の声が聞こえる能力を持っていて、こっそり王城を抜け出しては、それを活かして街で占いをやっていた。
18歳で始めた占いも気付けば3年が経ち、今ではよく当たると評判の人気の占い師になっていた。
そんなある日、ノアが占いをする《金色(こんじき)の占いの館》に第一騎士団の団長、クレイン侯爵家の嫡男アルバート(32)が訪ねてくる。
ノアは能力を使って、アルバートの『初恋の相手に会いたい』と言う願いを叶えるようとするが、アルバートの真面目で優しい人柄に触れいくうちに、ついうっかりアルバートを好きになってしまう。
真面目で一途な騎士団長×前向きに生きる国民思いの第五王子
いろいろツッコミ所があるお話ですが、温かい目で読んでいただけたら嬉しいです。
( )は心の声です。
Rシーンは※付けます。
Ωの愛なんて幻だ
相音仔
BL
男性オメガの地位が最底辺の世界から、Ωが大事に愛しまれている世界へと迷い込んでしまった青年。
愛されているのは分かるのに、育った世界の常識のせいで、なかなか素直になれない日々。
このひとの愛はホンモノなのだろうか?自分はいったいどうすればいいのだろう。
「Ωの愛なんて幻だ」そう思っていた青年が答えを見つけるまでの物語。
※この小説はムーンライトノベルズでも投稿しています。向こうでは完結済み。
投稿は基本毎日22時。(休日のみ12時30と22時の2回)
・固定CP α(貴族・穏やか・敬語・年上)×Ω(幸薄・無気力・流されやすい・年下)
・ちょっと不思議な設定がある程度でファンタジー(魔法)割合は低め。
・オメガバースで本番ありなので、18歳未満の方はNG。そこそこの描写がある回はタイトルまえに※入れてあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる