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しおりを挟むちょうど週末だったこともあり、池上とは会わぬまま、翌日匡史は祖父たちの家へと来ていた。両親は会社経営の為東京にいるが、仕事を引退した祖父たちは札幌にいる。オメガの祖父、穣の故郷がこちらだからと、アルファの祖父、隆志が言っていた。
匡史は小学生までは東京で両親と住んでいたが、両親が勧めた中学がこちらだったので、それからは札幌で過ごしている。長期休みで帰るのはこの祖父たちの家だった。
第二の実家と言ってもいいこの家は、匡史が迷ったり悩んだりするたびに訪れている。
「久しいな、匡史」
匡史を快く迎え入れ、ソファに座らせた隆志がそう言って、匡史の左横にある一人掛けのソファに落ち着く。
「うん。忙しくて……」
「男が忙しいのはいいことだ」
「でも、せっかく同じ市内に居るんだから、もう少し顔見せてくれてもよくない?」
穣は少し不機嫌な表情でこちらに歩いてきた。手にはトレーを持っている。紅茶の入ったポットと三つのカップ、今匡史が持って来た焼き菓子が入った箱が載ったそれをリビングテーブルに置いてから、テーブルの傍に腰を下ろした穣がこちらをじっと見やる。既に還暦を過ぎているが、オメガの穣はやはり上品でキレイだった。ふと、池上も年をとってもこんなふうにキレイなままなのかな、なんて考えてしまい、匡史は大きく呼吸をして、その考えを打ち消す。
「ごめん、穣じいちゃん」
「まあ、こうして来てくれたから許すよ。ところで、何かあった?」
穣がカップに紅茶を注ぎながら聞く。匡史が何か聞きたくてここに来ていることはどちらの祖父も分かっているようだ。
「……ねえ、隆志じいちゃん」
穣からカップを受け取った匡史は、そっと隆志に視線を向けた。隆志がこちらを見やったのを確認してから匡史が言葉を繋ぐ。
「穣じいちゃんと初めて会った時……どう、思った? すぐ好きになった?」
匡史がそう聞くと、二人の祖父は驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた顔で、そうだな、と隆志が口を開いた。
「私が穣と会ったのは学生の時で……初めて会った時はまだ穣は発情期を迎える前でね、まずは友達として過ごしていたんだよ」
「そのうち、お互いに性別を知って、お互いの香りしか感じないことが分かって……自然と惹かれたんだ」
隆志の言葉を受けて、穣がそう言い足す。
「じいちゃんたちは、心が先だったんだ」
「……匡史も、オメガに会ったのか?」
「うん……体はあの人を求めるんだ。あの人もそれを認めてる。好きになりたいとも言ってくれた。でも、あの人には忘れられない人がいて……俺は、その人と似てるって……代わりになるのは嫌なんだ」
アルファとオメガとして傍に居るのではなくて、互いを好きになって、唯一の存在として傍に居たい。だから、あの人の言葉を受け入れられなかった。
匡史が言うと、穣が大きく笑い声を立てた。驚いて匡史が穣を見つめる。
「匡史はロマンチストなんだね。まあ、あれだけアルファを自覚させられたらそうなるか……そんなふうに難しく考えるのは、きっと父さんと母さんのせいだな」
「……え?」
聞き返すと今度は隆志が、確かに、と笑う。
「匡史の父さん……僕らの息子はベータ、母さんもそうだな。そんな二人の間から生まれた匡史がアルファだと知って、あの二人はそりゃ浮かれたんだよ。一流の教育を受けさせたい、悪い虫は付けたくない……そんな思いで匡史を閉じ込めるように学校へと送り込んだ。そのせいで匡史は恋愛の仕方を上手く学んでないと思うんだ」
「え、でも、俺、中学の時彼女が……」
祖父たちは学んでいないと言うが、匡史には当時彼女がいたし、ちゃんと恋愛をしていたつもりだ。それを聞いて穣が口を開く。
「学校に来てた教育実習生だったかな? 寮の中学生、何人も相手してるって問題になってたなあ」
うちにも学校から電話が来てたな、と隆志が当時を思い出して言う。それを聞いた匡史は、え? と驚くばかりだった。
「俺、はじめっからあの人に遊ばれてたって、こと?」
「彼女じゃないから真相は分からないけど、誰でもいいから既成事実を作ってアルファと結婚したかったって言ってたらしいから、匡史一人ではなかったことは確かだな。でもな、本来恋愛ってそういうものじゃないと私たちは思ってるんだよ」
「……まずは、その人のことを知って、心を寄せてから始まるものじゃないかな? 性別とか感じる香りとか他の事情はその後で……まずは匡史がその人の事をよく知って、よく考えなさい」
二人に優しく説かれ、匡史は頷いた。
誰かの代わりにされるのは嫌だ。けれど、池上をもっと知ってそれでも傍に居たいと思うなら――それが自分の出す答えなのだろう。
「……ありがとう、じいちゃん」
素直に礼を言うと、二人とも微笑んで頷いてくれた。
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