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しおりを挟む週明け、先週の分も得意先を廻り、匡史は定時を過ぎてから会社に戻ってきた。その時間なら池上はもう帰宅しただろうと踏んだのだ。そっとオフィスを覗くと、案の定池上の机は片付けられていた。
祖父たちからは、相手をよく知って、と言われたが、まだ池上と会うのは怖かった。まだ少し時間が欲しい。
ほっと息をついて自分のデスクに近づく。机の上には『燃料代の領収書早くね』という優子のメモを筆頭に取引先からの電話のメモや書類が置かれていた。一日会社を抜けていると大体こうなるのはわかっていた。そしてこれらを大概今日中に処理しなければならないことも重々承知している。
「でも会いたくなかったんだしな……」
オフィスに居て、池上に会っていつもの顔なんて出来なかったし、いつもの顔で接する池上も見たくなかった。なんでもないことにして、日常に溶け込むなどできなかったのだ。
「もしかして俺に? 寂しいこと言うなよ、金丸」
その声に驚いて振り返ると、すぐそこに安藤が立っていた。彼も今帰社したところらしい。違うよ、と匡史が微笑む。
「じゃあ誰のことかなー? あ、そうそう今流れてる、お前の噂知ってるか? 子持ち彼女発覚、だよ」
「やっぱりそういうことになってるんだ」
「なってますよー。男の子が言ったんだって? お母さんとキスしてたんでしょ、仲いいなら助けてよって」
安藤が言いながらデスクチェアに腰掛ける。匡史と同じように置いてある書類に目を通しながら、真相は? と聞いた。
「あながち間違ってもなし」
匡史は乱暴に席に着くと、安藤と同じように書類を選り分ける。
「その男の子って、瑛蒔くん、だろ?」
「ああ……課長が部屋から出てこないって心配して、頼れる大人って俺くらいしか思いつかなかったみたいでさ」
ため息を零すと安藤が、へえ、と意味深な相槌を打つ。
「で、キスしたの? オカアサンと」
「してねーよ。なんか聞き違ったんだろ」
匡史が返すと、ふーん、と安藤は取り合わない。
「何? なんか不満か?」
「いやあ? 別に。ただ、今日どうして朝出社しなかったのかなあ、と思ってね。先週なんかあったんじゃないかなと……向こうもなんか落ち込んでる感じだったし」
安藤の言葉に匡史はぴくりと反応してしまう。池上の様子を知りたかった。けれど、ここでそれを聞いてしまっては、安藤に何かあったと伝えるようなものだ。
「何もないよ。先週サボったから早朝出社して、すぐに外に出ただけ。打ち合わせもあったし」
匡史が言うと、打ち合わせね、と安藤がわざとらしく頷く。あのなあ、と反論しようとすると遠くから、金丸、と声が掛かった。
見ると、武田主任が駆け寄ってくる。
「まだ居てくれて助かったよ。明後日なんだけどな、本社に出張行ってもらえるか?」
「本社? 明後日ですか?」
驚いて眉を顰めると、急で悪いけど、と武田が眉を下げた。
「ホントは大阪支社でなんとかしてもらう予定だったんだけど、都合がつかなくなってな。で、話がウチまで飛んできた」
「本社で何するんですか?」
「展示会の手伝いだ。二日あるから、合計で4日の出張になるな。当日帰りにはしないように言っておくから、引き受けてくれないか」
急だから既婚者には頼みにくくて、と武田が言う。既婚者でなくとも本社に行って展示会の手伝いなんて面倒だ。けれど、これでしばらく池上と顔を合わせずに済む。そう考えたら自然と、わかりました、と答えていた。
「ホントか。助かるよ。安藤はどうだ?」
「俺も行っていいんですか?」
話をふった武田に、安藤が聞き返す。武田は、人手は多い方がいいらしいから受理されるはずだ、と答える。
「じゃあ、俺も行こうかな。金丸一人じゃ心配だし」
「何がだよ?」
安藤の含み笑いに、匡史がすい、と眇めた目を向ける。安藤は肩を竦めて、なんでも、と答えた。
「とにかく二人で行って来い。詳しい資料と航空券は明日中に渡すから」
「はーい」
「了解しましたー」
二人同時に答えると武田が、いちいち言葉を伸ばすな、と持っていた書類で匡史と安藤の頭を軽く叩いた。それでも忙しいらしく、頼んだからな、とだけ言ってすぐにオフィスを後にした。
「というわけで、よろしくな。金丸」
にっと笑う安藤が差し出す拳に、自分の拳を当てて、はいはい、と匡史も微笑む。
物理的に池上と離れることで一度冷静な自分に戻れると思った。安藤と一緒ならば、余計に池上のことを考える時間も減るはずだ――匡史はそう考えて安藤の存在に感謝した。
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