28 / 41
11-2
しおりを挟む
「本田さん、今回はありがとうございました。勉強になりました」
安藤が頭を下げると、ほろ酔いの本田は、こちらこそ、と言いながら空いた席を勧めた。安藤がそれに従い、匡史もその向かい側に落ち着いた。
「さすがに大手を相手にしてるトクハンだな。説明も淀みがなかったし、質問の答えは的確で早いし」
「いや、でも、やっぱり全然違いましたよ」
安藤はかぶりを振って笑った。
確かに特販は、大手の企業と取引をする課で、動く金も億単位だ。今回の展示会のターゲットである中小の建設会社や工務店との取引とは勝手が違う。
「これで営業先が増えたって、さっきウチの営業部長も言ってたよ。ありがとう」
いいえ、と安藤と揃って言うと、仕事の話はここまでにしようか、と本田が笑う。そして、こっちはよく来る? と他愛もない話をし始めた。
「いえ、ほとんど。金丸なんか、寿司だ、蕎麦だ、もんじゃだって、この機会に乗じて食い尽くしてますよ」
安藤に言われ匡史は、一緒に喰ってるだろ、と反論する。
「雷おこしと人形焼は食ってないよ」
匡史が、う、と呻くと、本田が軽やかに笑い出した。
「金丸くんはこの出張を堪能してるようだね」
なによりだよ、と言われなんだか遠足気分だと言われているみたいで匡史は思わず口を尖らせてしまう。何より、この人に子供と見られるのは、腹立たしい。
「悪いことじゃないよ。実際、仕事はきちんとこなしてるんだから、それ以外は楽しんでもらった方が、呼んだ僕も嬉しい」
「それなら、いいですけど」
腹が立つからと言って、露骨な態度も大人としてよろしくない。本田のフォローを受け、匡史はそれで納得した態度に変えた。
「僕が札幌へ出張になったら、いい店教えてよ。僕もその機会に乗じて北海道を食べつくすから」
「じゃあ、一緒にススキノ情報も」
匡史が言うと、それはもっと若いやつらに、と微笑んだ。隣に座っていた社員の一人が、主任は来月結婚するんです、と小さく教えてくれた。
匡史は思わず、え、と声に出してしまう。じゃあ、瑛蒔は? 池上は? 別れたって原因は結婚? と思考がぐるぐると絡まり始める。本田を見ると、まあね、と嬉しそうに笑った。考えるより先に、匡史の眉間に皺が寄る。けれど、それには気にも留めず、本田が口を開いた。
「そういえば、特販って確か聡二が移った部署だよな。課長になったんだっけ? 元気にやってる?」
同期なんだよ、と本田は笑顔で池上の名前を口にした。一方的に捨てた人を、しかも子供まで押し付けている人の名前をこんな笑顔で、軽々しく口にする本田が分からないし、許せなかった。黙り込んだ匡史を見て、安藤が本田の横から、いつもお世話になってます、と穏やかに言う。そのまま匡史に視線を投げて、どうしたんだよ、とその目で問いかける。
どうもこうもない。あの人があんなに苦しみながらも、瑛蒔まで引き取ってこの人との繋がりを維持したいと思っているのに、どうしてこの人は軽々しく話題に上らせ、あまつさえ結婚などできるのだろう。匡史の我慢はあっけなく限界を超えた。
「……池上課長、まだあなたが好きなんだと思います」
本田の目を見て、静かにそんなことを言うと、一瞬空気が冷えるのを感じた。静寂の中、乱暴に本田が立ち上がり、匡史の腕を引いて宴会の席から店の外まで歩いていく。後方から窺うその顔は、いままで見たことのないほど焦りの色が出ていた。そりゃそうだ。部下たちの前で、しかもこれから結婚という時にありえない言葉だろう。上司の沽券、世間体、そんなものが本田の頭を巡っているに違いない。
店の外に出た本田は匡史の腕を離すと、深呼吸をしてから話し出した。
安藤が頭を下げると、ほろ酔いの本田は、こちらこそ、と言いながら空いた席を勧めた。安藤がそれに従い、匡史もその向かい側に落ち着いた。
「さすがに大手を相手にしてるトクハンだな。説明も淀みがなかったし、質問の答えは的確で早いし」
「いや、でも、やっぱり全然違いましたよ」
安藤はかぶりを振って笑った。
確かに特販は、大手の企業と取引をする課で、動く金も億単位だ。今回の展示会のターゲットである中小の建設会社や工務店との取引とは勝手が違う。
「これで営業先が増えたって、さっきウチの営業部長も言ってたよ。ありがとう」
いいえ、と安藤と揃って言うと、仕事の話はここまでにしようか、と本田が笑う。そして、こっちはよく来る? と他愛もない話をし始めた。
「いえ、ほとんど。金丸なんか、寿司だ、蕎麦だ、もんじゃだって、この機会に乗じて食い尽くしてますよ」
安藤に言われ匡史は、一緒に喰ってるだろ、と反論する。
「雷おこしと人形焼は食ってないよ」
匡史が、う、と呻くと、本田が軽やかに笑い出した。
「金丸くんはこの出張を堪能してるようだね」
なによりだよ、と言われなんだか遠足気分だと言われているみたいで匡史は思わず口を尖らせてしまう。何より、この人に子供と見られるのは、腹立たしい。
「悪いことじゃないよ。実際、仕事はきちんとこなしてるんだから、それ以外は楽しんでもらった方が、呼んだ僕も嬉しい」
「それなら、いいですけど」
腹が立つからと言って、露骨な態度も大人としてよろしくない。本田のフォローを受け、匡史はそれで納得した態度に変えた。
「僕が札幌へ出張になったら、いい店教えてよ。僕もその機会に乗じて北海道を食べつくすから」
「じゃあ、一緒にススキノ情報も」
匡史が言うと、それはもっと若いやつらに、と微笑んだ。隣に座っていた社員の一人が、主任は来月結婚するんです、と小さく教えてくれた。
匡史は思わず、え、と声に出してしまう。じゃあ、瑛蒔は? 池上は? 別れたって原因は結婚? と思考がぐるぐると絡まり始める。本田を見ると、まあね、と嬉しそうに笑った。考えるより先に、匡史の眉間に皺が寄る。けれど、それには気にも留めず、本田が口を開いた。
「そういえば、特販って確か聡二が移った部署だよな。課長になったんだっけ? 元気にやってる?」
同期なんだよ、と本田は笑顔で池上の名前を口にした。一方的に捨てた人を、しかも子供まで押し付けている人の名前をこんな笑顔で、軽々しく口にする本田が分からないし、許せなかった。黙り込んだ匡史を見て、安藤が本田の横から、いつもお世話になってます、と穏やかに言う。そのまま匡史に視線を投げて、どうしたんだよ、とその目で問いかける。
どうもこうもない。あの人があんなに苦しみながらも、瑛蒔まで引き取ってこの人との繋がりを維持したいと思っているのに、どうしてこの人は軽々しく話題に上らせ、あまつさえ結婚などできるのだろう。匡史の我慢はあっけなく限界を超えた。
「……池上課長、まだあなたが好きなんだと思います」
本田の目を見て、静かにそんなことを言うと、一瞬空気が冷えるのを感じた。静寂の中、乱暴に本田が立ち上がり、匡史の腕を引いて宴会の席から店の外まで歩いていく。後方から窺うその顔は、いままで見たことのないほど焦りの色が出ていた。そりゃそうだ。部下たちの前で、しかもこれから結婚という時にありえない言葉だろう。上司の沽券、世間体、そんなものが本田の頭を巡っているに違いない。
店の外に出た本田は匡史の腕を離すと、深呼吸をしてから話し出した。
81
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです
まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。
そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。
だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。
二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。
─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。
受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。
拗らせ両片想いの大人の恋(?)
オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。
Rシーンは※つけます。
1話1,000~2,000字程度です。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる