そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

文字の大きさ
29 / 41

11-3

しおりを挟む
「……どういうことだ?」
 聞かせてもらおうか、とため息をつきながら本田が店の壁に凭れる。
「どうもこうも……そのままです。あなたですよね? 瑛蒔の父親で、池上課長の恋人だった人って……。すぐわかりました。瑛蒔はあなたそっくりだ」
「瑛蒔を知ってるのか?」
「友人です」
 匡史は答えると、本田の隣にしゃがみ込んだ。頭上から、そうか、と言葉が返る。驚かないところを見ると、瑛蒔が大人に対して物怖じしないところなんかはしっかり理解しているのだろう。ありえない話ではないと踏んだようだ。
「瑛蒔から聞いたのか? その……僕と聡二のこと」
「いえ。本人からです。課長から……あなたと付き合っていたと聞きました」
 通りを過ぎる車を見つめながら匡史が答える。仲がいいんだな、と言いながら本田がポケットから煙草を取り出しそれに火をつけた。
「課長は、俺のことを知りたいと言ってくれました。好き、とまではいかなくても、悪くは思ってないようなんです」
 匡史が言うと、本田が驚いたように匡史を見つめた。それを見上げ、匡史は笑んだ。
「あなたに、俺の行動が似ているそうです。びっくりでしょう? 思ってても言いますか、普通。昔の恋人に似てるから興味持った、だからもっと知りたいなんて……こんな、全然似てないのに」
 再び通りに視線を戻した匡史は、潤みそうになる視界を、必死に堪えた。視界の隅に、紫煙が流れて消えていく。
「あいつらしいって言えば、あいつらしいな。君は、聡二が好きなんだな」
「俺、アルファなんです。初めて会った時から、課長の香りを感じて……きっかけはそれですが、いつのまにかあの人のことばかり考えるようになってました」
「そんなもんだよ、人を好きになる時なんて」
 本田は匡史と視線を合わせるようにしゃがみ込んで大きく息を吐いた。
「なんで、あの人と別れたんですか? あんなすごい人、滅多に居ないのに」
「すごい?」
「周りにアルファだと思い込ませることが出来るほどカッコよくて仕事が出来て、その上キレイで気配り上手で、なのに自分のこととなると意地張って不器用で……惹かれない方がおかしい」
「そうだな……僕も、聡二を性別で好きになったわけじゃない。僕はベータだからね、君みたいに聡二の香りを強く感じることはなかった。だからこそお互いにこの気持ちは揺るがないって思っていたんだけど……僕は聡二を理解してたつもりで、甘えてた。僕はね、聡二を家族にしちゃったんだよ」
 本田は煙草を携帯灰皿に放り込むとひとつ息をついた。匡史が、家族? と聞き返す。
「恋人ではなくて、瑛蒔の保護者として引き止めてた。あいつとは三年一緒に居たけど、僕は、今の彼女と一年付き合ってるんだ」
 計算が合わないだろ、と本田は自嘲気味に笑った。
「別れを切り出したのは、今年の一月……彼女に子供が出来たとわかった時だ。なのに、聡二が家を出て行ったのは三月――瑛蒔の保育園が春休みになったら札幌に連れて行くって……僕はそれを了承したんだ。おかしいだろ? 別れてから二ヶ月、同じ家で同じ飯食って、一緒にテレビとか見たりしてたんだよ。結局、それよりもずっと前に僕らの関係は恋愛から遠いところにあったんだよ」
 本田はぼんやりと過去を思い出すように通りを眺めた。
「最後に、あの人とセックスしたのって、いつですか?」
 匡史が聞くと、突然の質問に驚いたのか、本田が匡史を見やる。匡史は、その目を見ながらもう一度、いつですか、と聞いた。
「夏だったと思うよ……夏休みだからって瑛蒔を実家に預けた、その間だったかな」
「半年も、あの人ほったらかしてたんですね。きっともう、その時には気づいてたんだ……あなたが他の誰かと付き合ってるの。じゃなきゃ、この春から札幌になんて来てないですよね?」
 異動願いだって書けばすぐ受理されるものでもない。最低でも半年は必要だろう。
「そうか……そうだな。段々思い出したよ。そういえば、あの夏の日も誘ったのは聡二だった――たまには僕にも構ってよって……瑛蒔と連日遊んでたから、瑛蒔に妬いてるんだと思ってたけど、相手は彼女だったんだな」
 知ってたんだな、と本田が口元で手のひらを合わせた。今頃思い出して、後悔しているようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ
BL
田舎の貧村で暮らすリオンは、幼い頃からオメガであることを理由に虐げられてきた。唯一の肉親である母親を三か月前に病気で亡くし、途方に暮れていたところを、突然現れたノルツブルク王国の獣人の騎士・クレイドに助けられる。クレイドは王・オースティンの命令でリオンを迎えに来たという。そのままクレイドに連れられノルツブルク王国へ向かったリオンは、優しく寄り添ってくれるクレイドに次第に惹かれていくがーーーー?  心に傷を持つ二人が心を重ね、愛を探す優しいオメガバースの物語。 (登場人物) ・リオン(受け) 心優しいオメガ。頑張り屋だが自分に自信が持てない。元女官で薬師だった母のアナに薬草の知識などを授けられたが、三か月前にその母も病死して独りになってしまう。 ・クレイド(攻め)  ノルツブルク王国第一騎士団の隊長で獣人。幼いころにオースティンの遊び相手に選ばれ、ともにアナから教育を受けた。現在はオースティンの右腕となる。 ・オースティン  ノルツブルク王国の国王でアルファ。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす
BL
 αやΩへの劣等感により、幼少時からひたすら努力してきたβの男、山口尚幸。  努力の甲斐あって、一流商社に就職し、営業成績トップを走り続けていた。しかし、新入社員であり極上のαである瀬尾時宗に一目惚れしてしまう。  世話役に立候補し、彼をサポートしていたが、徐々に体調の悪さを感じる山口。成績も落ち、瀬尾からは「もうあの人から何も学ぶことはない」と言われる始末。  失恋から仕事も辞めてしまおうとするが引き止められたい結果、新設のデータベース部に異動することに。そこには美しいΩ三目海里がいた。彼は山口を嫌っているようで中々上手くいかなかったが、ある事件をきっかけに随分と懐いてきて…。  しかも、瀬尾も黙っていなくなった山口を探しているようで。見つけられた山口は瀬尾に捕まってしまい。  あれ?俺、βなはずなにのどうしてフェロモン感じるんだ…?  コンプレックスの固まりの男が、αとΩにデロデロに甘やかされて幸せになるお話です。  小説家になろうにも掲載。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月
BL
もし発情期がアルファにくるのなら⁉オメガはアルファの発情を抑えるための存在だったら――?  ――貧困国であった砂漠の国アドレアはアルファが誕生するようになり、アルファの功績で豊かな国になった。アドレアに生まれるアルファには獣の発情期があり、番のオメガがいないと発狂する―― ☆発情期が来るアルファ貴族×アルファ貴族によってオメガにされた貧困青年☆  二十歳のウルイ・ハンクはアドレアの地方オアシス都市に住む貧困の民。何とか生活をつなぐ日々に、ウルイは疲れ切っていた。  そんなある日、貴族アルファである二十二歳のライ・ドラールがオアシスの視察に来る。  ウルイはライがアルファであると知らずに親しくなる。金持ちそうなのに気さくなライとの時間は、ウルイの心を優しく癒した。徐々に二人の距離が近くなる中、発情促進剤を使われたライは、ウルイを強制的に番のオメガにしてしまう。そして、ライの発情期を共に過ごす。  発情期が明けると、ウルイは自分がオメガになったことを知る。到底受け入れられない現実に混乱するウルイだが、ライの発情期を抑えられるのは自分しかいないため、義務感でライの傍にいることを決めるがーー。 誰もが憧れる貴族アルファの番オメガ。それに選ばれれば、本当に幸せになれるのか?? 少し変わったオメガバースファンタジーBLです(*^^*)  第13回BL大賞エントリー作品 ぜひぜひ応援お願いします✨ 10月は1日1回8時更新、11月から日に2回更新していきます!!

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

処理中です...