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しおりを挟むやっと北の大地に戻ってきたというのに、匡史は胃が痛くなる思いだった。どんなに逃げ回ったって、同じ職場の人間とそう何日も顔を合わせずいられるわけがない。
「どうする? 札幌戻ってもまだ定時前だけど会社寄るか?」
空港の駐車場で荷物を営業車のトランクに詰めながら安藤が聞く。手には職場へのお土産も握られていた。
「だな。それも配らなきゃならんだろ」
もっとマシなお土産あるだろ、という突っ込みが欲しくて買った定番のバナナクリームの蒸しケーキが入った袋を見つめ匡史が答えた。
「いいのか? 課長、居ると思うよ」
「どのみち、戻った報告はしなきゃだろ」
それが明日になるか今日かの差だ。だったら早めに済ますに限る。
「じゃ、会社寄ってくか」
安藤はいつもの顔で運転席に乗り込んだ。昨日のことなどなかったように振舞っているが、何かが変わった気もする。たとえば、何も言わず運転席に乗り込んだこととか、脱いだ上着を匡史に預けるのではなく、後ろの席に放ったこと――気を遣っているのは一目瞭然だ。車を走らせ始めた安藤の左腕を、匡史がぐい、と掴んだ。驚いて安藤が車を止める。
「何? 事故らせる気か?」
「普通にしろなんて言わねえよ。だから、無理すんな。作るな。気遣うな。そういうの、嫌いだって一番知ってるの、安藤じゃん」
しっかりと安藤を見つめ、匡史が言うと、安藤は小さくため息をついた。
「金丸……そう言っても、昨日ふられたから今日からは好きじゃない、なんてトカゲのしっぽみたいに気持ちは切れない。それどころか、これまでみたいに気持ちを悟られないように抑えることも出来なくなってるんだ」
安藤が唇を噛み締める。確かにそれは分かる。匡史だって池上から逃げているのだから、それを思うと、こっちも少し辛い。けれど。
「……友達に戻るまで待ってるからさ」
匡史は後部座席から安藤の上着を取り上げると膝の上で折りたたんだ。
「じゃ、お言葉に甘えて、しばらくオカズにしようかな。昨夜のキスとか」
その言葉を聞いた匡史の顔が固まった。それを見た安藤は可笑しそうに笑いながら再び車を走らせる。
「べ、別に。妄想は自由だからな。俺で抜きたきゃいつでも抜け」
「……ありがとな、金丸」
安藤の左手が伸びてきて、匡史の髪を乱す。匡史は前と変わらないその仕草にほっとしながら、うん、と頷いた。
会社へ戻ると定時の少し前だった。当然、匡史の緊張は頂点に達する。エレベーターの中、大丈夫か、と安藤が小さく聞いたくらいだから相当だったのだろう。頷くのですら、なんだかぎこちない。両の手足がいっぺんに出ているのではないかという歩みでオフィスへ向かうと、一番手前にいる優子が目ざとく二人を見つけた。
「あ、おかえりなさーい。金丸さん、安藤さん」
その声にオフィスに残っていた社員がこちらを振り返る。
「や、ただいま。優子ちゃん、これみんなに配って」
安藤はいつもの爽やかな笑顔で優子に紙袋を渡した。
「はーい。あー、またこれですか? この前武田主任の出張でもこれでしたよー」
「うん。そう言うと思ってわざと買ってきた」
安藤が笑うと、ひどーい、と優子が口を尖らす。そのやりとりの間、匡史はオフィスを眺めていた。池上の姿がない。
「優子ちゃん、池上課長は?」
「あ、ついさっき退社されましたよ。定時少し前だけど、今日は外せない用があるとかで」
なんでしょうね、と優子が首を傾げる。なんだろうね、と同じように首を傾げていると、隣で安藤が背中を叩いた。
「いってぇ。何?」
「行けよ。追いかけろ」
「いや、明日でも……」
勢いを失った匡史は眉を下げてへらと笑う。けれど向き合う安藤の目は真剣だった。
「いいから、すぐ行け。じゃなきゃ、このまま家に連れ帰って犯すぞ」
後半は、匡史の耳元で囁くように言われ、思わず首を振った。じゃあ行け、と安藤に言葉を重ねられて、匡史はオフィスから駆け出した。
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