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しおりを挟む匡史が安藤の姿をその目で捉えたのは、リミットの五分前だった。世間話でもしているのか、瑛蒔を間に挟み、スーツ姿の男が二人談笑している。池上はその姿を目に捉えると、匡史の隣から離れ、走り出した。
「聡二」
その足音に気づいたのか、本田が顔を上げる。懐かしそうに目を細める本田を完全に無視して、池上は瑛蒔の前に立った。そして右手を振り上げ、瑛蒔の頬に振り下ろした。パン、と高い音がロビーに響く。瑛蒔がしりもちをついた。
「聡二? どうした、いきなり……」
我が子の頬を打たれて、本田は動揺した目で池上を見る。ついで、大丈夫か、と瑛蒔に手を差し伸べた。けれど、瑛蒔はその手を取ろうとせずに、池上を見上げる。
「僕が、どうして怒ってるか、わかるな……瑛蒔」
池上は瑛蒔を見下ろし、静かに聞いた。ようやく現場に追いついた匡史が、池上の手を取る。
「聡二さん、やりすぎ」
「だって……」
振り返ったその目には、いっぱいに涙が湛えられていた。抱きしめたい衝動を抑え、匡史は池上の背中を擦った。
「……だって、もうオレ要らないじゃん。もうソウジ寂しくないだろ?」
ようやく本田の手を取り立ち上がった瑛蒔が、涙声で反論する。
「要らないわけないだろ」
「もうオレがソウジを守ってやんなくても、マサチカがいるじゃん。だったらもう……オレっ、なんて……」
本格的に泣き出した瑛蒔を四人の大人が見つめる。けれど瑛蒔は、その誰にも泣きつこうとはしなかった。
「僕は、瑛蒔が大事だよ。一番、大事だ」
池上が表情を優しく変えて、瑛蒔の前にしゃがみ込んだ。
「マサチカ、よりも?」
「当たり前じゃないか。血が繋がってなくても瑛蒔は、僕の子だ」
池上がそっと腕を伸ばすと、堰を切ったように、瑛蒔がそれに飛び込んで泣いた。
「じゃ、俺はそろそろ仕事に戻るから」
その様子に決着がついたと感じた安藤が匡史の肩を叩いて、その場を後にした。何気ないその仕草に、安藤も気持ちの整理を少しずつだが始めてくれているのだと感じた。
「サンキュ、安藤」
匡史は、二つの意味を込めてその背中に継げた。
「うなぎ、忘れんなよ」
背中越しにひらひらと手を振る安藤に、食い気かよ、とため息をついてから、視線を戻すと本田と目が合った。
「この騒動の原因は、君かな?」
「かも、しれません。瑛蒔、きっと聡二さんのナイトなんでしょうね」
「お役目ごめんになって、居場所を見つけられなかったんだろ。じゃなきゃ、僕のところに電話なんてして来ないし――瑛蒔、お前、どうする? 父さんと来るか?」
本田は、泣き止んで池上に洟をかんでもらっている瑛蒔に聞いた。
「……オレ、邪魔じゃねえ? 新しい奥さんとか、赤ちゃんとかの邪魔にならない? つーか……父さんの、邪魔になんない?」
「なるかよ、ばーか」
本田が笑顔で瑛蒔の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。それから、少し真面目に表情を変えた。
「瑛蒔はすごく大人だから、忘れるんだよな、まだ五歳だって。今までお前を放っておいて悪かったよ。新しいお母さんにちゃんと紹介するし、しっかり兄ちゃんになってもらうよ」
「兄ちゃんか……妹がいいな、オレ」
ようやく笑った瑛蒔に、本田は同じように笑いかける。そうだといいな、と瑛蒔を抱き上げた。
「じゃ、このまま瑛蒔預かるから」
本田は、しゃがみ込んだままの池上に言う。池上は、うん、と頷いて立ち上がった。
「僕の家族だ。よろしく頼むな」
「これでも父親だからね。瑛蒔は新しい家族で責任持って必ず幸せにするから……聡二は聡二の大事な人と幸せになって欲しい」
本田が言い瑛蒔に、行くか、と笑う。けれど瑛蒔は、すぐには行かない、と言い出した。
「どうして?」
本田が驚いて瑛蒔を見つめる。瑛蒔は、保育園、と口を開いた。
「姫たちが悲しむから、すぐには行けない。オレ、王子だし」
なあ来年でいいだろ? と真剣に聞く瑛蒔に、本田と池上が笑い出した。池上は、本田DNAだ、と言い本田は、うるせえ、と返した。それでも瑛蒔には、それでいいよ、と優しく答えた。
「じゃあ、今日はとりあえず連れてくよ。彼女、ずっと瑛蒔に会いたがってて……いい機会だから会わせたい」
本田の言葉に池上は頷いて、去って行く二人の背中を見えなくなるまで見送っていた。
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