38 / 41
14-2
しおりを挟む匡史が安藤の姿をその目で捉えたのは、リミットの五分前だった。世間話でもしているのか、瑛蒔を間に挟み、スーツ姿の男が二人談笑している。池上はその姿を目に捉えると、匡史の隣から離れ、走り出した。
「聡二」
その足音に気づいたのか、本田が顔を上げる。懐かしそうに目を細める本田を完全に無視して、池上は瑛蒔の前に立った。そして右手を振り上げ、瑛蒔の頬に振り下ろした。パン、と高い音がロビーに響く。瑛蒔がしりもちをついた。
「聡二? どうした、いきなり……」
我が子の頬を打たれて、本田は動揺した目で池上を見る。ついで、大丈夫か、と瑛蒔に手を差し伸べた。けれど、瑛蒔はその手を取ろうとせずに、池上を見上げる。
「僕が、どうして怒ってるか、わかるな……瑛蒔」
池上は瑛蒔を見下ろし、静かに聞いた。ようやく現場に追いついた匡史が、池上の手を取る。
「聡二さん、やりすぎ」
「だって……」
振り返ったその目には、いっぱいに涙が湛えられていた。抱きしめたい衝動を抑え、匡史は池上の背中を擦った。
「……だって、もうオレ要らないじゃん。もうソウジ寂しくないだろ?」
ようやく本田の手を取り立ち上がった瑛蒔が、涙声で反論する。
「要らないわけないだろ」
「もうオレがソウジを守ってやんなくても、マサチカがいるじゃん。だったらもう……オレっ、なんて……」
本格的に泣き出した瑛蒔を四人の大人が見つめる。けれど瑛蒔は、その誰にも泣きつこうとはしなかった。
「僕は、瑛蒔が大事だよ。一番、大事だ」
池上が表情を優しく変えて、瑛蒔の前にしゃがみ込んだ。
「マサチカ、よりも?」
「当たり前じゃないか。血が繋がってなくても瑛蒔は、僕の子だ」
池上がそっと腕を伸ばすと、堰を切ったように、瑛蒔がそれに飛び込んで泣いた。
「じゃ、俺はそろそろ仕事に戻るから」
その様子に決着がついたと感じた安藤が匡史の肩を叩いて、その場を後にした。何気ないその仕草に、安藤も気持ちの整理を少しずつだが始めてくれているのだと感じた。
「サンキュ、安藤」
匡史は、二つの意味を込めてその背中に継げた。
「うなぎ、忘れんなよ」
背中越しにひらひらと手を振る安藤に、食い気かよ、とため息をついてから、視線を戻すと本田と目が合った。
「この騒動の原因は、君かな?」
「かも、しれません。瑛蒔、きっと聡二さんのナイトなんでしょうね」
「お役目ごめんになって、居場所を見つけられなかったんだろ。じゃなきゃ、僕のところに電話なんてして来ないし――瑛蒔、お前、どうする? 父さんと来るか?」
本田は、泣き止んで池上に洟をかんでもらっている瑛蒔に聞いた。
「……オレ、邪魔じゃねえ? 新しい奥さんとか、赤ちゃんとかの邪魔にならない? つーか……父さんの、邪魔になんない?」
「なるかよ、ばーか」
本田が笑顔で瑛蒔の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。それから、少し真面目に表情を変えた。
「瑛蒔はすごく大人だから、忘れるんだよな、まだ五歳だって。今までお前を放っておいて悪かったよ。新しいお母さんにちゃんと紹介するし、しっかり兄ちゃんになってもらうよ」
「兄ちゃんか……妹がいいな、オレ」
ようやく笑った瑛蒔に、本田は同じように笑いかける。そうだといいな、と瑛蒔を抱き上げた。
「じゃ、このまま瑛蒔預かるから」
本田は、しゃがみ込んだままの池上に言う。池上は、うん、と頷いて立ち上がった。
「僕の家族だ。よろしく頼むな」
「これでも父親だからね。瑛蒔は新しい家族で責任持って必ず幸せにするから……聡二は聡二の大事な人と幸せになって欲しい」
本田が言い瑛蒔に、行くか、と笑う。けれど瑛蒔は、すぐには行かない、と言い出した。
「どうして?」
本田が驚いて瑛蒔を見つめる。瑛蒔は、保育園、と口を開いた。
「姫たちが悲しむから、すぐには行けない。オレ、王子だし」
なあ来年でいいだろ? と真剣に聞く瑛蒔に、本田と池上が笑い出した。池上は、本田DNAだ、と言い本田は、うるせえ、と返した。それでも瑛蒔には、それでいいよ、と優しく答えた。
「じゃあ、今日はとりあえず連れてくよ。彼女、ずっと瑛蒔に会いたがってて……いい機会だから会わせたい」
本田の言葉に池上は頷いて、去って行く二人の背中を見えなくなるまで見送っていた。
105
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる