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しおりを挟む日曜日はバイトも学校もないので、大抵心都は昼頃まで寝て、その後遊びに行ったり家のことをしたりして過ごす。けれどアイゼルが来て初めて迎えた休日、心都の朝は強制的に早くなっていた。
「心都、こんな時間まで寝ていると学校に遅刻するのではないか?」
アイゼルに心都のスケジュールを伝えていなかったからだろう。いつもの時間に起きない心都に、アイゼルが声を掛けた。心都が自身のスマホで時間を確認してからまた目を閉じる。
「大丈夫……今日は休みだから……」
もう少し寝る、と心都がベッドで寝返りを打った途端、地底から響く唸り声のような音を聞いて心都は目を開けた。もう一度耳に届いたその音は、アイゼルの腹から鳴っているようだった。
「……お腹空いたの?」
心都が体を起こし両腕を広げ大きく伸びをする。アイゼルは、ごめん、と眉を下げて心都を見つめた。
「剣を磨くのはダメだから、トレーニングをしようと思って体を動かしてたら……」
そんなことをしていたらお腹が減ってしまった、ということなのだろう。心都は申し訳なさそうな顔をするアイゼルを見上げて、いいよ、と笑ってベッドを降りた。
「お腹が減るっていいことだと思うよ。確かに、こんな狭い部屋にずっと籠りきりじゃ体もなまるよな」
特にアイゼルは毎日自身の体を鍛えていたのだろうから、ストレスもあるだろう。何かしていないと落ち着かないという気持ちも分からないでもない。
今は心都が面倒を見ているが、この部屋の中だけの生活がいつまでも続けられるとは思えない。アイゼルはすぐには元の世界へ帰れないようだし、いつかはこの部屋を出るか、出ないにしても出来ることを増やしていくべきなのだろう。それにはまず、こちらの世界に慣れていかなくてはいけない。
心都は朝食の目玉焼きを作りながら、そんなことを考えた。
「アイゼル、一緒に外に出てみないか? 僕と一緒ならきっと大丈夫だと思うんだよ」
「外……デートだな」
心都の言葉を聞いて首を傾げたアイゼルだが、次の瞬間、キラキラと目を輝かせた。二人で出掛けるのだからデートだと判断したらしい。
「いや、ほら、お金の使い方とか交通とか文化とか……色々知っておいた方がいいと思って」
「それは、その通りだが……だったら二人でデートにふさわしいところへ行くのはどうだ?」
「……どうしてもデートにしたいんだ」
一瞬とても残念そうに目を伏せたが、すぐにアイゼルは別の提案をする。そのめげない姿に心都は思わず笑ってしまった。
「こうして心都といるだけで幸せだけど、もっと心都に近づきたい」
それまで心都につられて笑っていたアイゼルが、急に表情を変えてゆっくりと告げる。まっすぐで情熱的な言葉に、心都の笑顔も引っ込み、心都は少し焼きすぎた目玉焼きを皿に取りながら口を開いた。
「どうして、僕のこと、そんなに好きになってくれたの?」
「……悠隆が持っていた写真の笑顔が、俺の憧れの人と似ていたのがきっかけだ。実際に会ってみて、もっと好きになった」
悠隆から以前、アイゼルが心都の写真を見て一目惚れしたらしいよ、とは聞いていた。けれどその理由が『憧れの人に似ていた』というのは聞いていなくて、心都の胸は少しざわざわと波立った。
「憧れの、人?」
「俺には手の届かない人だ。きっかけはその方だが、今は心都しか見えていない」
「そう、なんだ……こっちに来てしまったんだから、仕方ないよね」
心都が朝食の準備を進めながら、口角を上げる。上手く笑えていないのは、鏡を見なくても分かった。
「仕方ないとか、そんなことは思っていない。心都がいるから悠隆に無理矢理付いてきたんだ」
アイゼルにも心都の感情が穏やかではないことが分かったのだろう。必死に弁明しているが、それは心都の気持ちを鎮めることはできなかった。
「そんなに慌てなくていいよ。僕だって、アイゼルの気持ちを受け入れられるか分からないんだから」
ご飯にしようか、と心都がアイゼルに微笑みかけると、アイゼルはしばらく唇を結び眉根を寄せていたが、やがて大きく息を吐いて、分かった、とテーブルの前に腰を下ろした。
憧れの人は手が届かない人――もしかしたら、その人は位の高い人なのかもしれない。『憧れ』という言葉はとても厄介なことを心都は知っている。
そんな言葉でごまかして言っているが本当は恋をしていて、でも一介の騎士では気持ちを伝えることすら出来ないような人なのだろう。だから心都に会って、心都なら手が届くと思って、その気持ちを好きと勘違いしているのかもしれない。
まだ短い期間だが、アイゼルと過ごして、彼がとても誠実で勤勉で素直な優しい人だと分かった。そんな人に好ましく思われているのは、嬉しいと思っていたのだが、それが誰かの代わりかもしれないと思ったら、心都にはフラッシュバックする光景があるのだ。
それを思い出すと、悲しいような悔しいような心もとないような不思議な気持ちになってしまう。
やはりアイゼルの為にも自分の為にも、早く自立できるようにした方がいい――心都は少しの寂しさを感じながら、改めてそう思った。
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