【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 温めた弁当を自室に持ち込み、それに箸をつけるものの、少しも食欲がわかずに、壱月は結局食べることを諦め、小さなテーブルの上に放置した。
 楽を好きになってから、きっと今が一番近いところにいる。けれど、心はどんどん遠くなっているように感じる。
 昔のことを思い出し今との相違にため息を吐きながら、カバンからノートパソコンを取り出した。
「とりあえず、課題やるか」
 壱月がパソコンを開いた、その時だった。部屋のドアが鳴り、そのまま開く。
「壱月、おかえり」
 顔を出したのは楽だった。どんなに長い付き合いの相手でも、楽は恋人を家に泊めたりしない。翌朝、壱月とはちあってしまうかもしれないリスクを考えてくれたのかと思えば、楽は面倒そうに、そこまで拘束されたくないし、とだけ答えた。
 なので、一日の終わりにはこうして必ず楽と話をする時間が貰えていた。楽も壱月と同じようにこの時間を大事にしているようで、それがなにより嬉しかった。
 たとえそれが友達としての時間だとしても壱月にとってはかけがえのないものだ。
「あ、うん。ただいま……彼女は?」
「さっき帰した。いつも気遣わせてごめんな」
「僕こそ、ごめんね」
 壱月が謝ると、楽は、元々は俺が悪いから、と笑った。

 壱月がバイトを始めてすぐの、一年の初夏だった。初めてのバイトに緊張して、どっと疲れて帰ってきた壱月は、玄関に転がるミュールに首を傾げ、誰か来てるのかと思いながらも、特に構えることもなく廊下を進んだ。そんなことより楽に初バイトの話を聞いて欲しかったのだ。それに、今よりもずっと初心で純粋だった壱月は、その先に見えるかもしれない状況を察することなどできなかった。
 勢いよくリビングのドアを開けた壱月がそこで目にしたのは楽と女の子がキスをしているところだった。それまで女の子と腕を組んで歩いているところとかは見たことはあったし、付き合うということがどんなことをするのかも分かっているつもりだったのに、その時は状況が飲み込めなくて、思考すら働かなくて、壱月は急なめまいに襲われてその場に崩れるように座り込んでしまった。
 女の悲鳴と楽の自分を呼ぶ声がしたが、それにすら反応できなかった。
 翌日病院に行くと強いストレスのせいだろうと言われ、それを聞いた楽はとても反省したのか、二人の間で取り決めを設けようと言った。それが『来客は自室に』『帰ったら互いの部屋をノックで知らせる』の二つだった。お陰で二度と楽と誰かが仲良くしている姿を目の当たりにすることはない。けれど自室であれ、女性を、時に男性ですら連れ込むのは相変わらずだった。

 壱月も大学に入ってから少しでも楽に近づきたくて、黒くて重かった髪を茶に染め、ファッション誌に載っているような服を見よう見まねで着るようになったけれど、楽から自分には目を止めて貰えていない。
それでも壱月がこの気持ちを打ち明ければ楽は受け入れてくれるだろうことはわかっている。これまでの人たちと同じように付き合ってくれるだろう。けれど、多分すぐに捨てられる。楽の付き合いのサイクルが早いのは相変わらずで、今でも楽が今誰と付き合ってるのか分からないくらいなのだ。だから、言えない。気持ちなんか打ち明けたくなかった。捨てられたくない。永遠なんていうワガママを言うつもりはないけれど、その時は楽にも自分と同じだけ愛して欲しかった。だから壱月は日々こんなことに耐えながら、『親友』という言葉に縋っていた。
今は、それでもいいから『特別』で居たかったのだ。
 こうして穏やかに夜を過ごすのは自分だけ、という特別はしばらくは手放せない。
「……何、レポート?」
 小さなテーブルの前でパソコンを開いている壱月の手元を見て楽が聞く。ベッドに体を投げ出すように座った楽からはシャワーの後の匂いがした。それだけで、壱月はドキドキすると同時に切なくなる。
 それでも何も気づいてないふうを装い、壱月は頷いた。
「うん。藤原教授の、明後日までだよ」
「嘘、忘れてたー。壱月もう終わる?」
「終わるけど見せないよ。楽、すぐ引用するからバレるもん」
 ぱたん、とノートパソコンの画面を閉じると楽が、あ、と露骨に残念そうな顔をする。
「なんだよ、少しくらいいーじゃん」
 楽は立ち上がりパソコンに手を伸ばす。それを止めようと壱月はパソコンを抱え込む。すると、楽は背中から壱月を包むように腕を伸ばした。背中に感じる体温に壱月は驚いて思わずパソコンを手から滑らせてしまう。
「あ、やばっ! 壊れてない?」
 長い腕が後ろから伸びて、床に落ちたパソコンを拾う。開くと、まだレポートの画面になっているのを見て、楽はほっとしたようにため息を吐いた――壱月の耳元で。
「が、く……」
 楽の吐息を耳の傍で感じ、ばくばくと心臓が煩く高鳴る。喉の奥から気持ちが溢れそうになって、声が上手く出ない。どうしたらいのかわからなくて楽を見上げると、楽がゆっくりと壱月から両手を引いた。
「ん? あ、悪い。びっくりしたか? つーか、壱月、また痩せた?」
 壱月の体を離すと、楽は視線をテーブルの脇にやる。そこには少しだけ手をつけたコンビニ弁当が置いてあった。それを見た楽が小さく息を吐く。
「ちゃんと喰わないからだよ。ちゃんと喰って寝なきゃダメだぞ。壱月は、大事な親友なんだから、心配だよ」
「だい、じょぶ。ホントに……」
 楽は、そうか、と壱月の頭をふわりと撫でてから立ち上がり、じゃあおやすみ、と笑顔を残して部屋を出て行った。
「……誰のせいで喰えなくて眠れないと思ってんだよ……ばか」
 ドクドクと全身の血液が音を立てて流れているようだった。楽の顔すら見られなくて、声すら出なかった。楽は、誰が相手でもスキンシップに抵抗がないのは知っている。けれど、壱月にはあまり触れなかった。それが寂しかったり、逆に狼狽する姿を見せなくて済むとほっとしたりしていたのに、今日みたいなのは反則だと思う。しかも、親友なんていう壁のような言葉を残していくなんて。
 それでも、楽を責められない。
 楽は、自分の気持ちを知らないのだから。
「明日、謝ろう……」
 壱月は呟いてレポートの続きを始めた。けれど結局頭が働かなくて、朝までかかってようやく仕上げることとなってしまった。

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