【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 大学の傍にある小さなカフェは、珍しいリゼという紅茶が飲めるので壱月はお気に入りだった。だから、よく待ち合わせにこの場所を指定していた。
「悪い、壱月。ゼミでちょっとトラブって遅くなった」
 いつも座るお気に入りの一番奥の席に座って本を広げていた壱月に早足で寄ってきたのは、待ち合わせの相手の亮平りょうへいだった。
「もう平気なの? いいよ、僕はまた今度でも」
「それはおれが許さない。明日から就活でまた忙しくなるから、今日しかないし」
 亮平は壱月に笑いかけると、長い指で壱月の手に触れた。なぞる様に一筋撫でてからその手を握る。
 亮平は、同じ大学の一つ上の先輩で現在壱月が付き合っている相手、つまり恋人だ。
 楽が壱月を親友にするのなら、壱月も楽を親友にしたいと思った。なにもせず傍に居ても『好き』という気持ちは毎日積もっていく。だったら無理にでも恋人をを作ってしまえば何か変わるのではないかと思い、壱月は亮平からの告白を受け入れ、今に至っている。
 ただ、体は寄せることはできても、心を寄せることはできなくて、この時も壱月は亮平から手を引いて微笑んだ。楽に触れられるとドキドキして困るのに、楽以外に体に触れられることは、未だに抵抗があった。
「うん。亮平がいいなら、行こう」
「おう。じゃあ、鍋やろうぜ。秋といえば鍋だよ」
 席を立つと、亮平はカウンターで支払いを済ませて店を出た。こういう紳士なところは壱月も好きだと思うが、亮平をちゃんと好きにはなれていなかった。罪悪感を覚えながらも亮平の想いに甘えてしまっている。
 まっすぐな愛情を感じてそれに浸るだけの自分はずるいとは思う。けれど、想っても返ってこないことが分かっている恋を何年もしている壱月には、自分を保つための温かな感情は必要だった。
「鍋は早いんじゃない?」
「壱月とつつきたいんだよ。今度こそ内定取ろうって意気込んでるコイビトのワガママ、きいてくれるだろ?」
 店を出て暗くなった道を歩きながら、亮平は壱月に身を摺り寄せる。壱月は気づかれないように亮平から少しだけ距離を取って歩いた。
「いいよ。僕が作るよ。そういうことでしょ?」
 壱月がため息を吐きながら頷くと、亮平は嬉しそうに笑って、壱月の頬に軽くキスをした。不意を突かれ壱月の肌がぞわりと粟立つ。
「エプロン姿で台所に立つ壱月って、ホントたまんないんだよね。壱月の方が食べたくなる」
「……やらしい言い方」
 鍋だろ鍋、と壱月が目を眇めると、亮平が口の端を引き上げる。
「いつになったら、食べさせてくれる?」
 隣を歩く亮平が壱月の小指を捕まえる。壱月は眉を下げて、亮平を見上げた。
「……明日、面接なんでしょ? 止めといたほうがいいよ?」
「だから、おれはそんな噂信じてないって」
 不安そうに言い出す壱月に、亮平は満面の笑みを向けて、壱月の髪を乱すように撫でた。

 澤下壱月と付き合うと不幸になる――そんな噂が影で聞こえるようになったのは、二年の春ごろだった。その原因は、その半年前に遡る。
「いつも寂しそうだね」と一年の秋ごろに声を掛けてくれたのは教授助手の男だった。研究室で何度か会ったことのある、そんな程度の人に覚えてもらっていたことに驚いて、強く印象に残っていたこともあり、それから顔を見れば話をするようになっていた。その優しい雰囲気と、大人な対応をしてくれる彼に、壱月は思わず「絶対に結ばれない恋をしている」と楽への想いを話した。すると、彼は「だったら寂しい時間だけ埋めてあげる」と壱月を誘った。大学に入ってルームシェアをするようになってから、楽の派手な交際を見せつけられてノイローゼ気味だった壱月は彼の甘い言葉に頷き、会うようになった。その時は、楽を忘れるつもりだった。諦めて、優しいこの人と幸せになろうと思っていた。
色々覚悟をしていたけれど体に触れるようなことはまるでなく、本当に一緒に食事をしたり、カフェで話をしたりするだけだったのに二人の関係は不思議と順調だった。その時は本当に、このままゆっくりと気持ちが付いていくのだろうと思っていた。
けれど、それからしばらくすると、彼に異変が起き始めた。書いていた論文のデータがなぜかバックアップごと消えてしまったり、何度も盗難に遭ったり、手配したはずの航空チケットが取れていなくて学会に行きそびれたりと小さなトラブルが続いていた。
 それまではこんなことなかったと聞いていたから、自分と付き合いはじめてからだ、と壱月は気づいていた。当然相手もだったが、偶然だよ、と笑っていた。
 けれど二年になってすぐ、今度は教授の元に「男子学生に手を出している」という密告メールが届いた。これにはとうとう彼も困り、互いの立場を尊重して別れた。もちろん寂しさは感じた。けれどそれだけだった。
 壱月はその時、どんな人と居ても、結局自分が好きなのは楽なのだと改めて思った。相手がどんなにいい人でも、楽以外好きになれない呪いでもかかっているのかもしれない。
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