4 / 45
2-1
しおりを挟む大学の傍にある小さなカフェは、珍しいリゼという紅茶が飲めるので壱月はお気に入りだった。だから、よく待ち合わせにこの場所を指定していた。
「悪い、壱月。ゼミでちょっとトラブって遅くなった」
いつも座るお気に入りの一番奥の席に座って本を広げていた壱月に早足で寄ってきたのは、待ち合わせの相手の亮平だった。
「もう平気なの? いいよ、僕はまた今度でも」
「それはおれが許さない。明日から就活でまた忙しくなるから、今日しかないし」
亮平は壱月に笑いかけると、長い指で壱月の手に触れた。なぞる様に一筋撫でてからその手を握る。
亮平は、同じ大学の一つ上の先輩で現在壱月が付き合っている相手、つまり恋人だ。
楽が壱月を親友にするのなら、壱月も楽を親友にしたいと思った。なにもせず傍に居ても『好き』という気持ちは毎日積もっていく。だったら無理にでも恋人をを作ってしまえば何か変わるのではないかと思い、壱月は亮平からの告白を受け入れ、今に至っている。
ただ、体は寄せることはできても、心を寄せることはできなくて、この時も壱月は亮平から手を引いて微笑んだ。楽に触れられるとドキドキして困るのに、楽以外に体に触れられることは、未だに抵抗があった。
「うん。亮平がいいなら、行こう」
「おう。じゃあ、鍋やろうぜ。秋といえば鍋だよ」
席を立つと、亮平はカウンターで支払いを済ませて店を出た。こういう紳士なところは壱月も好きだと思うが、亮平をちゃんと好きにはなれていなかった。罪悪感を覚えながらも亮平の想いに甘えてしまっている。
まっすぐな愛情を感じてそれに浸るだけの自分はずるいとは思う。けれど、想っても返ってこないことが分かっている恋を何年もしている壱月には、自分を保つための温かな感情は必要だった。
「鍋は早いんじゃない?」
「壱月とつつきたいんだよ。今度こそ内定取ろうって意気込んでるコイビトのワガママ、きいてくれるだろ?」
店を出て暗くなった道を歩きながら、亮平は壱月に身を摺り寄せる。壱月は気づかれないように亮平から少しだけ距離を取って歩いた。
「いいよ。僕が作るよ。そういうことでしょ?」
壱月がため息を吐きながら頷くと、亮平は嬉しそうに笑って、壱月の頬に軽くキスをした。不意を突かれ壱月の肌がぞわりと粟立つ。
「エプロン姿で台所に立つ壱月って、ホントたまんないんだよね。壱月の方が食べたくなる」
「……やらしい言い方」
鍋だろ鍋、と壱月が目を眇めると、亮平が口の端を引き上げる。
「いつになったら、食べさせてくれる?」
隣を歩く亮平が壱月の小指を捕まえる。壱月は眉を下げて、亮平を見上げた。
「……明日、面接なんでしょ? 止めといたほうがいいよ?」
「だから、おれはそんな噂信じてないって」
不安そうに言い出す壱月に、亮平は満面の笑みを向けて、壱月の髪を乱すように撫でた。
澤下壱月と付き合うと不幸になる――そんな噂が影で聞こえるようになったのは、二年の春ごろだった。その原因は、その半年前に遡る。
「いつも寂しそうだね」と一年の秋ごろに声を掛けてくれたのは教授助手の男だった。研究室で何度か会ったことのある、そんな程度の人に覚えてもらっていたことに驚いて、強く印象に残っていたこともあり、それから顔を見れば話をするようになっていた。その優しい雰囲気と、大人な対応をしてくれる彼に、壱月は思わず「絶対に結ばれない恋をしている」と楽への想いを話した。すると、彼は「だったら寂しい時間だけ埋めてあげる」と壱月を誘った。大学に入ってルームシェアをするようになってから、楽の派手な交際を見せつけられてノイローゼ気味だった壱月は彼の甘い言葉に頷き、会うようになった。その時は、楽を忘れるつもりだった。諦めて、優しいこの人と幸せになろうと思っていた。
色々覚悟をしていたけれど体に触れるようなことはまるでなく、本当に一緒に食事をしたり、カフェで話をしたりするだけだったのに二人の関係は不思議と順調だった。その時は本当に、このままゆっくりと気持ちが付いていくのだろうと思っていた。
けれど、それからしばらくすると、彼に異変が起き始めた。書いていた論文のデータがなぜかバックアップごと消えてしまったり、何度も盗難に遭ったり、手配したはずの航空チケットが取れていなくて学会に行きそびれたりと小さなトラブルが続いていた。
それまではこんなことなかったと聞いていたから、自分と付き合いはじめてからだ、と壱月は気づいていた。当然相手もだったが、偶然だよ、と笑っていた。
けれど二年になってすぐ、今度は教授の元に「男子学生に手を出している」という密告メールが届いた。これにはとうとう彼も困り、互いの立場を尊重して別れた。もちろん寂しさは感じた。けれどそれだけだった。
壱月はその時、どんな人と居ても、結局自分が好きなのは楽なのだと改めて思った。相手がどんなにいい人でも、楽以外好きになれない呪いでもかかっているのかもしれない。
27
あなたにおすすめの小説
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる