24 / 45
8-2
しおりを挟むどうやってホテルまでたどり着いたか分からない。気づくと壱月はホテルの部屋のベッドで目を覚ましていた。
時間は既に昼を過ぎていた。前日あんなに泣いたのにまだ泣けるんだと思う程、涙が止まらなかった。明け方、部屋に陽の光が差し込んできた頃、泣くだけでも疲れるのだと知った壱月はようやく訪れた睡魔に引き込まれるように眠りについた。
起きる時間がこのくらいでも仕方ない。
今日はすべてを許そうと決め、壱月はのそりと起き上がった。泣きすぎたせいで頭が痛い。
ベッドの下に投げ捨てたままだったカバンを拾い上げ、中からスマホを取り出す。大学の友人や休講の知らせのメッセージが何件か届いている中に、由梨乃からのメッセージがあった。
『さっき、楽から届いたメッセージ、そのまま送るね。ひどくない? これ』
と書かれた後、更に文章が続いている。
『もう会わない。連絡先も消して』
それだけのメッセージだった。確かに付き合っている相手に送るにはひどくさっぱりとして冷たい文章だ。
傷ついているだろう由梨乃のことを思い、壱月はそのまま電話を掛けた。ほどなくして由梨乃に繋がる。
『壱月くん? 送ったの見てくれた? ちょっとひどくない? これ』
思ったよりも元気そうに電話に出る由梨乃に、壱月は少し笑ってから、そうだね、と頷いた。
『これさー、付き合いのあった子、全員に送ってるんだって。今王子コンの投票期間なのにこんなことして、楽、何考えてるんだろ』
由梨乃が不機嫌そうに言う。
全員に送っている、とは不思議な話だ。楽は寂しがり屋で心配性で、いつも人に囲まれていたい人だと思う。実際、彼が寝てる以外で一人になることは少なく、それが心地いいのだと思っていた。
それに今は由梨乃の言う通り学祭企画の王子コンテストの投票期間だ。そんな、心象の悪くなることをするなんて、確かに何を考えているのか分からない。
「……誰か、一人にした、とか……?」
ふいに、昨日の及川と楽が頭をよぎり、壱月はそう口にした。
もう特別じゃない、と言われた。壱月があの部屋を出たら一緒に住むのだという話も聞いた。及川は、楽が好きだった。再会して、互いに惹かれたら……ありえない話ではない。
もうそんなコンテストなんて興味なくなるくらい及川に夢中なのだとしたら投票期間とかもどうでもいいのかもしれない。
『楽が? ないでしょ。まあ、相手が壱月くんだって言うならあるかも、とは思うけど』
「僕? 一番ないでしょ」
やりたくないと言われたばかりだ。そんな相手を恋人にするなんて絶対にない。あまりにも可笑しくて、壱月は笑ってしまう。すると、電話の向こうから、よかった、と聞こえ、壱月は、え? と聞き返す。
『壱月くん、ずっと落ち込んでたから……少しでも笑ってくれて嬉しい』
どうやら昨日会ってから、ずっと心配をかけてしまっていたらしい。壱月は、ごめんね、と謝ってから更に言葉を繋いだ。
「もう大丈夫。僕、あの部屋出て、一度実家に戻るよ。心配してくれてありがとう」
そう言うと、由梨乃の大きなため息が電話口から響いた。
『壱月くんがそう決めたならいいけど……でも、楽のこと気にかけてあげて。壱月くんが居なくなったら……楽はダメになる気がするの』
もちろん強制じゃないからね、と言って由梨乃は電話を切った。
自分が居なくなったくらいで、楽がダメになるなんてそんなことはないだろう。由梨乃は少し大げさなのだ。きっと二人きりで甘い時間になるはずのデート中に壱月の話なんかしたから、よほど楽の中で大事なように聞こえただけだ。
本当は楽の中では昨日見たテレビの話くらいに軽い話題に違いない。
だからもう、楽の傍に居なくてもいい。むしろ、楽の為にも自分の為にも離れるべきなのだ。
もうきっと、制服を着て教科書を広げながら笑いあっていたあの頃から、随分離れてしまっていたのだろう。それに気づかず、気づかないふりをして一緒に居ようとした、これが報いだ。
「……戻る事なんか、出来ないんだ……」
時間が巻き戻らないように、自分たちも戻ることはできない。それぞれ前に進まなければいけないのだろう。楽がみんなに送っていたメッセージは、楽なりの進み方の一つだと思う。少し乱暴だけれど、そうして楽は新しい誰かのために前に踏み出している。
自分も進まなければいけない。
流れてきた涙を、これが最後と決めて拭った壱月は両手で頬を叩くと勢いをつけてベッドから立ち上がった。
楽を忘れる。
いつになるかは分からないけれど、少しずつでもできるような気がして壱月は大きく息を吸い込んだ。
30
あなたにおすすめの小説
死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる
ユーリ
BL
魔法省に悪魔が降り立ったーー世話係に任命された花音は憂鬱だった。だって悪魔が胡散臭い。なのになぜか死神に狙われているからと一緒に住むことになり…しかも悪魔に甘やかされる!?
「お前みたいなドジでバカでかわいいやつが好きなんだよ」スパダリ悪魔×死神に狙われるドジっ子「なんか恋人みたい…」ーー死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる??
きっと世界は美しい
木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちがはじめての恋に四苦八苦する話です。
**
本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。
それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。
大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
幼馴染が「お願い」って言うから
尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。
「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」
里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。
★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2)
☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。
☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる