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しおりを挟む翌日の朝は、よく寝たお陰もありすっきりと目覚めることが出来た。瞼の腫れも引き、コンタクトも入った。カバンに荷物を詰め込んでホテルをチェックアウトした壱月は、駅のコインロッカーに荷物を預けてから大学へと向かった。今日から学園祭なので休んでも良かったのだが、友人が所属するサークルの模擬店に行く約束もしていたし、なによりやっぱり楽がステージにいる姿を見たかった。
もう望みもない恋だけれど、終わらせる前に楽の輝いてる姿を見ておきたい。自分は、あんなに素敵な人に恋をしたのだ。だから次の恋だって、きっと素敵なものになると、自分に言い聞かせたかったのだ。
大学に着くと、いつもの校門には大きな看板と、たくさんののぼりが立っていた。学生たちはもちろん、一般公開されているので色々な年齢層の人が出入りしている姿はいつもと違って新鮮だ。
「壱月、おはよー」
いつもと違う様子の学校に圧倒されながら歩いていると、向かい側からそんな声が届き、壱月が顔を上げた。そこには友人たち二人がいて、こちらに手を振ってくれている。
「おはよ。早いね」
「サークルの店の準備あるからな……ってか、壱月昨日休んでたよな?」
「具合悪かった?」
壱月はあまり学校をさぼることがないので心配させてしまったのだろう。壱月は彼らに、ごめん、と謝ってから口を開いた。
「少し、調子悪くて。今日は来たかったから昨日は休むことにしたんだ」
本当は、学祭のことなんか今朝まで頭になかった。ただ、楽に拒否されたことと、楽が及川を選んだかもしれないことが辛くて、切なくて、何も手につかなくて、泣くことしか出来なかっただけだ。
「そっか。今日は大丈夫?」
「うん。平気。後で店に行くよ。たこ焼き屋だったよね」
「そう。普通のたこ焼きと、激辛入りロシアンたこ焼きがあるから、楽しみにしといて」
ふふふ、と笑う友人の顔は、絶対に壱月に激辛を食べさせたいと言わなくても分かるほど楽しそうだった。その隣にいた友人が呆れたように壱月に、ごめん、と眉を下げる。
「言ってくれたら普通のやつ、おれが作るから。あ、ところで今日宮村は? 一緒じゃないのか?」
普段の通学は別なことが多いが、こうした行事の時は、いつも楽と来ていた。毎年少しだけ二人で歩いてから、楽は女の子たちに攫われて行ってしまうのが毎度のことだが、今日は当然、楽とは来ていない。
「あー、うん……今日は一緒じゃないよ」
「今年は初めから女の子侍らせて歩いてるってことか。羨ましい通り越して殺意を覚える」
「殺意って」
友人の穏やかじゃない言葉を聞いて壱月が笑う。すると友人は、でもさ、と言葉を繋いだ。
「宮村って、壱月の友達じゃなかったら、もっと敵が多い気がするよ。真面目で穏やかな壱月と友人なんだってだけで、少しは人を見る目があるんだなって思ったし、多分周りも同じことを思ってるよ」
「壱月が宮村をたしなめてるところもよく見るしね」
ちゃんと手綱持ってるんだなって思った、と二人が笑う。壱月は確かに、『授業に出ろ』とか『レポートは自分でやりなさい』とか『ノートちゃんと取った?』とかささいなことも口出ししている。それを割と多くの人が見ていたということだろう。楽が目立つから仕方ないとしても、なんだか少し恥ずかしい。
「なんか、ちょっと過去の自分をたしなめたい気分……」
「別に悪い事じゃないよ。宮村が素直に言うこときくの、見てて面白いし」
「うん……楽は元々素直で人といるのが好きなだけなんだよ」
だから誰でもすんなり受け入れて、言葉を信じて気持ちを寄せられる。相手にもそんな楽の気持ちが態度で伝わるから好きになる人が絶えないのだろう。
「そう言えるのは、多分壱月だけだな。やっぱり校内イチ派手な恋愛してる奴としか思えない」
それがきっとこの大学に通う学生の一般的な楽への印象なのだろう。いつも誰かと付き合っていて、更に一晩だけの遊びもしていて、なのに相手が途絶えない。壱月だってそれが楽じゃなければ近づきたいとは思わない。
「まあ、派手な人間関係ばかり持ってる楽も悪いし」
「そういえば、そんな宮村、今日はステージ上がるんだろ? 王子コンで」
「うん、そうらしいね。僕はまだ投票してないけど」
「してやれよ。一応、おれたちも宮村に入れてやったから」
友人たちに言われ、壱月が自身のスマホを取り出した、その時だった。それが突然震え、画面に楽の文字が出る。
「お、噂をすれば本人から電話だな」
「じゃあ、おれたち行くよ。また後で」
壱月のスマホの画面を見た二人がそれぞれに壱月に声を掛け、歩き出す。壱月は道の端に場所を移し、その着信を取った。
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