26 / 45
9-2
しおりを挟む
『……壱月』
その声を聞いた途端、壱月の体は固まった。心臓が跳ね、そのままドキドキと脈打つ。どうして今更自分なんかに電話が来るのかとか、話したい事なんて楽にはないはずなのにとか、色々な事が頭をよぎっていくけれど、声が震えて出てこない。
「が、く……?」
そう、楽の名前を呼ぶのが精一杯だった。
『もう、学校来てる?』
優しい、いつもの楽の声が耳に響く。壱月は、うん、と頷いた。
『じゃあ……今日の王子コン、見に来て欲しい。壱月に見て欲しいんだ。直接伝えたいこともあるし』
「い、まさら……何話すの? 僕の部屋を空けろって言うならすぐそうするから……」
『そうじゃないよ。とにかく、来て。会いたい』
動揺から、少し早口に捲くし立てる壱月の言葉を遮って、いつもよりもずっと落ち着いた声で楽が返した。壱月が深く呼吸を繰り返し、唾を飲み込む。
きっとこれが最後だ。確かにあんな別れ方は嫌だ。ちゃんと笑顔で、同居してくれてありがとう、と伝えられるならそれもいいかもしれない。
「……わかった。見に行く。昼の一時だったよね」
『そう……なあ、壱月』
「何?」
『今……誰と居る?』
それを楽が聞くのか、と思った。どうせ楽は女の子か、もしかしたら及川とでもいるのだろう。そんな自分を棚に上げて壱月が今誰と居るかなんて聞くのはずるい。
「誰でもいいでしょ……とにかくちゃんとステージは見に行くから」
壱月はそれだけ言うと、こちらから電話を切った。
あれだけ酷いことをして、更に及川と壱月を部屋から追い出す話までして、これ以上壱月に何を求めるというのだろう。今日、もしかしたら決定的な事を言うつもりなのかもしれないけれど、そこまでされなくてももう壱月は楽から離れる覚悟は出来ている。
「とどめを刺されるって、こういう感じなのかな……」
壱月は暗くなったスマホの画面を見つめ、ため息を零した。
昼まで友人のところへ行ったりして時間を潰した壱月だったが、約束の時間が近づくとその分緊張してきてしまった。分かりきった最後通告を受けに行くようなものなのだからこれは仕方ないことだと思う。
「……行きたくない、けど……」
約束をしてしまったのだから行くしかない。壱月は重い足を無理矢理動かして、この企画の為にキャンパスのど真ん中に作られた特設ステージへと向かった。
「やっぱり宮村先輩かなあ? 今年も」
楽の名前が聞こえ、壱月が顔を上げる。話していたのは前を歩いていた女子学生の三人組だった。
「私は楽先輩に入れたよ」
「一年の子もよくない?」
「わかるー。素朴な感じだけど爽やかだよね。宮村先輩ってカッコいいけど遊んでるって噂だしね」
「あ、でも私、楽先輩と付き合ってたって先輩から聞いたんだけど、なんか、もう会わないっていうメッセ、関係してた人たちに送ってたみたいだよ」
なんとなく後ろを付いて歩いて会話を聞いていた壱月だが、その言葉に眉を動かす。それは由梨乃からも聞いていたことだ。ここでも聞くという事は、本当に全員に送っているらしい。
「こんな直前に関係清算しても、票には繋がらないんじゃない?」
「それどころか、そんなメッセ貰ったら、絶対投票しなくない?」
意味わかんないね、という女子学生の言葉に、壱月は完全に同意だった。本当に意味が分からない。
「それで、ちょっと思ったんだけど、楽先輩、本命彼女できたんじゃない?」
その言葉を聞くと、壱月の心臓はぎゅっと痛みだす。やっぱり壱月じゃなくても、そんな想像をするのだろう。由梨乃は、ありえないと笑っていたが、及川との会話を聞いてしまった壱月としては、楽の気持ちが及川に向いたとしても、何の不思議もなかった。
「本命かー。だとしたら、今までとは違う感じで推せそう」
「あそこまで人気あると、アイドルみたいなものだしね。『推す』って感じ、わかる」
「どうせ自分のものにならないんだから、だったらその人が大事に思ってる人と幸せになってほしい」
前を行く女子学生の言葉は、これまで壱月が思っていたこと、そのものだった。どうせ、自分なんか恋愛の対象にならないのは分かっている。だからこそ、楽が好きだと思える人と幸せになってほしい。それを傍で見ていられるかは分からないけれど、時々楽が幸せな事を伝えてくれたら、それで十分だ。
「ふらふら遊んでるより、よほどそっちの方がいいよね。私も宮村先輩に入れておこ」
「まだ本命ができたって決まったわけじゃないのに」
くすくすと一人が笑い出し、やがて三人で笑う。その姿を後ろから見ているとなんだか少し落ち着いてきた。
そうだ、元々叶うはずないと思っていた恋だ。だったらこれからは彼女たちのように『推し』にすればいい。きっと近いうちに部屋だって出るし、そうしたら接点もなくなるだろう。相手が及川なら、学内で二人でいるところを見るなんてことはないだろうし、及川と連絡を断てば話を聞くこともない。
それでいい。今日、最高にカッコいい楽が見れたら、それを思い出にしておけばいいのだ。そうしていつか、壱月も楽以上に好きな人に出会って幸せになって、この初恋を愛しいものとして思い出すのだ。
そうしよう、それがいい――そう思いながら壱月はステージの観覧席の一番後ろで足を止めた。
その声を聞いた途端、壱月の体は固まった。心臓が跳ね、そのままドキドキと脈打つ。どうして今更自分なんかに電話が来るのかとか、話したい事なんて楽にはないはずなのにとか、色々な事が頭をよぎっていくけれど、声が震えて出てこない。
「が、く……?」
そう、楽の名前を呼ぶのが精一杯だった。
『もう、学校来てる?』
優しい、いつもの楽の声が耳に響く。壱月は、うん、と頷いた。
『じゃあ……今日の王子コン、見に来て欲しい。壱月に見て欲しいんだ。直接伝えたいこともあるし』
「い、まさら……何話すの? 僕の部屋を空けろって言うならすぐそうするから……」
『そうじゃないよ。とにかく、来て。会いたい』
動揺から、少し早口に捲くし立てる壱月の言葉を遮って、いつもよりもずっと落ち着いた声で楽が返した。壱月が深く呼吸を繰り返し、唾を飲み込む。
きっとこれが最後だ。確かにあんな別れ方は嫌だ。ちゃんと笑顔で、同居してくれてありがとう、と伝えられるならそれもいいかもしれない。
「……わかった。見に行く。昼の一時だったよね」
『そう……なあ、壱月』
「何?」
『今……誰と居る?』
それを楽が聞くのか、と思った。どうせ楽は女の子か、もしかしたら及川とでもいるのだろう。そんな自分を棚に上げて壱月が今誰と居るかなんて聞くのはずるい。
「誰でもいいでしょ……とにかくちゃんとステージは見に行くから」
壱月はそれだけ言うと、こちらから電話を切った。
あれだけ酷いことをして、更に及川と壱月を部屋から追い出す話までして、これ以上壱月に何を求めるというのだろう。今日、もしかしたら決定的な事を言うつもりなのかもしれないけれど、そこまでされなくてももう壱月は楽から離れる覚悟は出来ている。
「とどめを刺されるって、こういう感じなのかな……」
壱月は暗くなったスマホの画面を見つめ、ため息を零した。
昼まで友人のところへ行ったりして時間を潰した壱月だったが、約束の時間が近づくとその分緊張してきてしまった。分かりきった最後通告を受けに行くようなものなのだからこれは仕方ないことだと思う。
「……行きたくない、けど……」
約束をしてしまったのだから行くしかない。壱月は重い足を無理矢理動かして、この企画の為にキャンパスのど真ん中に作られた特設ステージへと向かった。
「やっぱり宮村先輩かなあ? 今年も」
楽の名前が聞こえ、壱月が顔を上げる。話していたのは前を歩いていた女子学生の三人組だった。
「私は楽先輩に入れたよ」
「一年の子もよくない?」
「わかるー。素朴な感じだけど爽やかだよね。宮村先輩ってカッコいいけど遊んでるって噂だしね」
「あ、でも私、楽先輩と付き合ってたって先輩から聞いたんだけど、なんか、もう会わないっていうメッセ、関係してた人たちに送ってたみたいだよ」
なんとなく後ろを付いて歩いて会話を聞いていた壱月だが、その言葉に眉を動かす。それは由梨乃からも聞いていたことだ。ここでも聞くという事は、本当に全員に送っているらしい。
「こんな直前に関係清算しても、票には繋がらないんじゃない?」
「それどころか、そんなメッセ貰ったら、絶対投票しなくない?」
意味わかんないね、という女子学生の言葉に、壱月は完全に同意だった。本当に意味が分からない。
「それで、ちょっと思ったんだけど、楽先輩、本命彼女できたんじゃない?」
その言葉を聞くと、壱月の心臓はぎゅっと痛みだす。やっぱり壱月じゃなくても、そんな想像をするのだろう。由梨乃は、ありえないと笑っていたが、及川との会話を聞いてしまった壱月としては、楽の気持ちが及川に向いたとしても、何の不思議もなかった。
「本命かー。だとしたら、今までとは違う感じで推せそう」
「あそこまで人気あると、アイドルみたいなものだしね。『推す』って感じ、わかる」
「どうせ自分のものにならないんだから、だったらその人が大事に思ってる人と幸せになってほしい」
前を行く女子学生の言葉は、これまで壱月が思っていたこと、そのものだった。どうせ、自分なんか恋愛の対象にならないのは分かっている。だからこそ、楽が好きだと思える人と幸せになってほしい。それを傍で見ていられるかは分からないけれど、時々楽が幸せな事を伝えてくれたら、それで十分だ。
「ふらふら遊んでるより、よほどそっちの方がいいよね。私も宮村先輩に入れておこ」
「まだ本命ができたって決まったわけじゃないのに」
くすくすと一人が笑い出し、やがて三人で笑う。その姿を後ろから見ているとなんだか少し落ち着いてきた。
そうだ、元々叶うはずないと思っていた恋だ。だったらこれからは彼女たちのように『推し』にすればいい。きっと近いうちに部屋だって出るし、そうしたら接点もなくなるだろう。相手が及川なら、学内で二人でいるところを見るなんてことはないだろうし、及川と連絡を断てば話を聞くこともない。
それでいい。今日、最高にカッコいい楽が見れたら、それを思い出にしておけばいいのだ。そうしていつか、壱月も楽以上に好きな人に出会って幸せになって、この初恋を愛しいものとして思い出すのだ。
そうしよう、それがいい――そう思いながら壱月はステージの観覧席の一番後ろで足を止めた。
36
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
初恋のレシピは、きみと
餡玉(あんたま)
BL
高校一年生の僕——朝霞(あさか)郁也(いくや)は、とある事情で突然一人暮らし状態になってしまった。
不器用な僕は家事の中でも特に料理が不得意で、調理実習でも大失敗をしてしまう。
そんな僕を見兼ねて声をかけてきたのは、クラスメイトの本条(ほんじょう)澄斗(すみと)。
善意の手を差し伸べてくれるのはありがたいけれど、僕は容姿端麗で人気者の澄斗のことが苦手だ。
なのに澄斗は「実は俺、料理けっこう得意なんだよね。郁也んちにご飯作りに行ったげよっか?」といって、僕の家までやってきた。
澄斗の料理の腕前を見た僕は、思わず「料理を教えて欲しい」と頼んでしまう。
断られるかと思いきや澄斗はあっさり快諾し、僕らの距離はにわかに近づくが——……!?
◇青春BLカップ参加作品です。初めて全年齢作品を書いてみました。
応援していただけるとすごく嬉しいです。よろしくお願いします!
◇表紙はかんたん表紙メーカーさんから画像をいただいております。
◇全年齢「杏たま」名義で、カクヨムさんに転載しております。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
役を降りる夜
相沢蒼依
BL
ワンナイトから始まった関係は、恋じゃなくて契約だった――
大学時代の先輩・高瀬と、警備員の三好。再会の夜に交わしたのは、感情を持たないはずの関係だった。
けれど高瀬は、無自覚に条件を破り続ける。三好は、契約を守るために嘘をついた。
本命と会った夜、それでも高瀬が向かったのは――三好の部屋だった。そこからふたりの関係が揺らいでいく。
冷酷なミューズ
キザキ ケイ
BL
画家を夢見て都会へやってきた青年シムは、「体液が絵の具に変わる」という特殊な体質を生かし、貧乏暮らしながらも毎日絵を描いて過ごしている。
誰かに知られれば気持ち悪いと言われ、絵を売ることもできなくなる。そう考えるシムは体質を誰にも明かさなかった。
しかしある日、シムの絵を見出した画商・ブレイズに体質のことがばれてしまい、二人の関係は大きく変化していく。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
孤毒の解毒薬
紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。
中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。
不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。
【登場人物】
西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる