【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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『……壱月』
 その声を聞いた途端、壱月の体は固まった。心臓が跳ね、そのままドキドキと脈打つ。どうして今更自分なんかに電話が来るのかとか、話したい事なんて楽にはないはずなのにとか、色々な事が頭をよぎっていくけれど、声が震えて出てこない。
「が、く……?」
 そう、楽の名前を呼ぶのが精一杯だった。
『もう、学校来てる?』
 優しい、いつもの楽の声が耳に響く。壱月は、うん、と頷いた。
『じゃあ……今日の王子コン、見に来て欲しい。壱月に見て欲しいんだ。直接伝えたいこともあるし』
「い、まさら……何話すの? 僕の部屋を空けろって言うならすぐそうするから……」
『そうじゃないよ。とにかく、来て。会いたい』
 動揺から、少し早口に捲くし立てる壱月の言葉を遮って、いつもよりもずっと落ち着いた声で楽が返した。壱月が深く呼吸を繰り返し、唾を飲み込む。
 きっとこれが最後だ。確かにあんな別れ方は嫌だ。ちゃんと笑顔で、同居してくれてありがとう、と伝えられるならそれもいいかもしれない。
「……わかった。見に行く。昼の一時だったよね」
『そう……なあ、壱月』
「何?」
『今……誰と居る?』
 それを楽が聞くのか、と思った。どうせ楽は女の子か、もしかしたら及川とでもいるのだろう。そんな自分を棚に上げて壱月が今誰と居るかなんて聞くのはずるい。
「誰でもいいでしょ……とにかくちゃんとステージは見に行くから」
 壱月はそれだけ言うと、こちらから電話を切った。
 あれだけ酷いことをして、更に及川と壱月を部屋から追い出す話までして、これ以上壱月に何を求めるというのだろう。今日、もしかしたら決定的な事を言うつもりなのかもしれないけれど、そこまでされなくてももう壱月は楽から離れる覚悟は出来ている。
「とどめを刺されるって、こういう感じなのかな……」
 壱月は暗くなったスマホの画面を見つめ、ため息を零した。

 昼まで友人のところへ行ったりして時間を潰した壱月だったが、約束の時間が近づくとその分緊張してきてしまった。分かりきった最後通告を受けに行くようなものなのだからこれは仕方ないことだと思う。
「……行きたくない、けど……」
 約束をしてしまったのだから行くしかない。壱月は重い足を無理矢理動かして、この企画の為にキャンパスのど真ん中に作られた特設ステージへと向かった。
「やっぱり宮村先輩かなあ? 今年も」
 楽の名前が聞こえ、壱月が顔を上げる。話していたのは前を歩いていた女子学生の三人組だった。
「私は楽先輩に入れたよ」
「一年の子もよくない?」
「わかるー。素朴な感じだけど爽やかだよね。宮村先輩ってカッコいいけど遊んでるって噂だしね」
「あ、でも私、楽先輩と付き合ってたって先輩から聞いたんだけど、なんか、もう会わないっていうメッセ、関係してた人たちに送ってたみたいだよ」
 なんとなく後ろを付いて歩いて会話を聞いていた壱月だが、その言葉に眉を動かす。それは由梨乃からも聞いていたことだ。ここでも聞くという事は、本当に全員に送っているらしい。
「こんな直前に関係清算しても、票には繋がらないんじゃない?」
「それどころか、そんなメッセ貰ったら、絶対投票しなくない?」
 意味わかんないね、という女子学生の言葉に、壱月は完全に同意だった。本当に意味が分からない。
「それで、ちょっと思ったんだけど、楽先輩、本命彼女できたんじゃない?」
 その言葉を聞くと、壱月の心臓はぎゅっと痛みだす。やっぱり壱月じゃなくても、そんな想像をするのだろう。由梨乃は、ありえないと笑っていたが、及川との会話を聞いてしまった壱月としては、楽の気持ちが及川に向いたとしても、何の不思議もなかった。
「本命かー。だとしたら、今までとは違う感じで推せそう」
「あそこまで人気あると、アイドルみたいなものだしね。『推す』って感じ、わかる」
「どうせ自分のものにならないんだから、だったらその人が大事に思ってる人と幸せになってほしい」
 前を行く女子学生の言葉は、これまで壱月が思っていたこと、そのものだった。どうせ、自分なんか恋愛の対象にならないのは分かっている。だからこそ、楽が好きだと思える人と幸せになってほしい。それを傍で見ていられるかは分からないけれど、時々楽が幸せな事を伝えてくれたら、それで十分だ。
「ふらふら遊んでるより、よほどそっちの方がいいよね。私も宮村先輩に入れておこ」
「まだ本命ができたって決まったわけじゃないのに」
 くすくすと一人が笑い出し、やがて三人で笑う。その姿を後ろから見ているとなんだか少し落ち着いてきた。
 そうだ、元々叶うはずないと思っていた恋だ。だったらこれからは彼女たちのように『推し』にすればいい。きっと近いうちに部屋だって出るし、そうしたら接点もなくなるだろう。相手が及川なら、学内で二人でいるところを見るなんてことはないだろうし、及川と連絡を断てば話を聞くこともない。
 それでいい。今日、最高にカッコいい楽が見れたら、それを思い出にしておけばいいのだ。そうしていつか、壱月も楽以上に好きな人に出会って幸せになって、この初恋を愛しいものとして思い出すのだ。
 そうしよう、それがいい――そう思いながら壱月はステージの観覧席の一番後ろで足を止めた。

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