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しおりを挟む店の外へ出ると、楽はいつもの調子で、さみー、なんて両肩を手で擦った。
壱月は、楽のその態度の変化が分からなかった。この間会った時は、もう二度と会わないだろうと思えるほどに拒絶されたと思ったのに、今日はそんなことどころか、壱月の家出前と変わらないものになっている。
「楽、今僕、何が何だか分かんないんだけど……」
「だろうな。ここで話してもいいけど、とりあえず寒いから帰ろう。ほら、これ巻いとけ」
寒そうだ、と楽がかばんから取り出したのは、真っ白なマフラーだった。
楽に返すつもりで部屋に置いてきたそれを差し出され、壱月は楽の顔を見つめた。
「これ……」
「壱月のだろ。返さなくていいって俺言ったはずだよ」
楽がマフラーを広げ、壱月の首に優しく巻いた。
確かにこれを巻いてくれた時に楽は壱月にくれると言っていた。だから壱月はこのマフラーを大事にしていたけれど、これは『大事な親友』の壱月にくれたものだ。楽はこれを持ってくることで全部なかったことにして、友達としてやり直すつもりなのだろうかと壱月は思った。けれど、もうそれを受け入れられるか、自信がなかった。やっぱり楽が好きなのだ。近くで楽の恋愛模様を見ていられるような寛容さは、もう売り切れた。
もう好きな人が一瞬でも誰かと繋がっているところなんて見たくない。
「帰ろう、壱月」
その言葉は以前と全く変わらない。
楽の考えがひとつも掴めないまま、壱月は不安を抱え、ただ楽の半歩後ろを歩いていった。顔を埋めたマフラーからは、ほのかに楽の匂いがして、それが少しだけ壱月の心を静めてくれる。
「楽……帰って話を聞くのはいいけど、何の話、するの?」
及川との話を聞いた限りでは、壱月を部屋から追い出すことは考えていないようだ。ただ、壱月の中には由梨乃から聞いた、楽がみんなに送っていたというメッセージの内容と、本命彼女ができたのではという考えが渦巻いていた。相手が及川ではないと分かったが、他の誰かという可能性だってある。
「それは、帰ってから」
「僕……多分もう、楽の親友にはなれないよ」
楽が自由に恋を楽しんでいるところを傍で見ることは出来ない。だからもう、今までのように親友には戻れないと思う。今日は一緒に帰るけれど、場合によっては明日はあの部屋には帰らない覚悟もしている。
「それは、分かってる。俺も多分、壱月の親友だなんて、もう言えない」
これだけこじれたのだから、そう思われて当然だろう。だったら本当に楽と話すのは今日が最後かもしれない。
それは嫌だな、と壱月が視線を足元に向ける。
楽は口数の多い方ではない。でも、たのしい話をたのしそうにするし、嫌な事があれば子どもみたいに拗ねた顔で何があったかを話してくれていた。壱月はそれを聞いている時間が好きだった。たのしい話は一緒に笑って、嫌な事の話の時は慰めて美味しいコーヒーを淹れてあげると、楽はすぐに機嫌を直してくれる。そんな、感情に飾りがない楽といると、自然と自分も気持ちがラクになっていくのだ。だから、楽と話す時間は、話題がどんなものでも嬉しかった。
それが、今日で最後――そう考えると、じわりと目元が潤んだ。
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