【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 楽が壱月の部屋に向かったのは、多分彼の優しさなのだと思う。誰かとの思い出のある場所よりは、自分たち二人だけの空間だったこの部屋が最適だと思ってくれたのだろう。
壱月もそれが一番だった。
 ただ、いつも自分ひとりで丸くなっていたベッドに組み敷かれるのは、少し気恥ずかしい気もした。
 所在無く楽を見上げると、楽もいつになく真面目な顔で唇を噛み締めていた。
「……楽?」
「やばい。すっげー緊張してきた。こんなの、生まれて初めてかも」
 ほら、と壱月の手を取って、楽は自分の左胸に手のひらを押し付けた。シャツ越しでも、その鼓動が早いことはよくわかった。
「な? 死ぬんじゃね? 俺」
 あまりに真剣なその言葉に、壱月が笑い出す。
「ないよ。困るじゃん。今死なれたら、僕一人になっちゃうよ」
 いいの? と楽の目を見つめると、よくない、とその顔が横に振れた。
「もう誰にも触らせない。俺がずっと傍にいて、壱月を守るよ」
 一人になんて誰がしてやるか、と楽はいつもの威勢を取り戻し、壱月に微笑んだ。
「これでも男なんだから、守らなくても大丈夫だよ。意外とタフだよ、僕」
「そんなヤツが倒れたりするかよ」
「ごめん、あの時は……付き添ってくれたんだよね」
 口角を引き上げて、優しく楽を見上げると、楽は壱月の髪に指を通してさらさらともてあそんだ。
 あの時もこの手で髪を撫でられた気がする。朦朧としたまま見た過去の記憶のような夢は、きっと優しい楽の手を感じて思い出したものだったのだろう。
「あれは、俺が悪かったんだ。壱月が離れていく気がして、もっとこっちを気にして欲しくてあんなこと……ホント、あんなふうになるなんて思ってなくて……」
「もういいよ。僕たちがこうなるには、越えなきゃならない壁だったのかもしれないし」
 互いの恋愛を、目を逸らすことなく見つめ、これまでにないほど距離を置いて自分の気持ちを改めて考えて――たどり着いた、今という答え。そう思えば、辛かった日々も報われる。
「そうかもな。俺が、気持ちに気づくきっかけになったことだし」
 楽は微笑んで、冷たい指でそのまま頬を撫でた。指先がかすかに震えている。
「また、冷たい手してる」
「嫌か?」
 楽の問いに、壱月は首を振った。
「楽の手だってわかるから、ドキドキする」
 壱月が答えると、楽は気鋭な顔で笑った。
「もっとドキドキさせてやるよ」
 冷たい楽の手が首元から滑り降りていく。楽の宣言通り、それだけで壱月の心臓は忙しなく鼓動を続けている。
「楽は、僕でドキドキできる?  僕、女の子だったらよかったのに」
「壱月が女だったら、なんて思ったこと一度もないよ、俺」
「けど……」
 楽がこれまで付き合ってきた人たちは、圧倒的に女性が多かった。男だとしても、例の男子学生のような、女の子と見紛うような人だ。キレイな顔立ちをしていると言われたことはあっても女の子に間違えられた記憶のない壱月は、ここにきてなんだか申し訳なく思っていた。
「高校の頃、覚えてる?」
 突然楽がそんなことを聞いた。この状況で昔話なんて、と思ったが、楽なりの何かがあるのだろうと、壱月は黙って頷いた。
 楽が壱月の頬に触れながら微笑んで口を開く。
「壱月が女だったら、一学期の時点で食って、夏休みには別れてる。あの頃の俺、そういう付き合いしかしてなかったから。壱月は、男だったから特別になったんだよ。親友が欲しかったんだ」
「親友……」
 繰り返し聞かされた呪縛の言葉に、壱月は目を伏せた。これ以上は立ち入れないよ、と言われているみたいな言葉が、壱月は怖くて嫌いだった。
「だから、初めて壱月から恋人が出来たって聞いたときは、ただ単に自分に構ってくれる時間が減るのが嫌なだけだと思ってた。でも、そのうち壱月がデートに出かけるのすら腹が立って……今思えば、友達以上の感情だったんだな。取られたくないっていう、独占欲」
 楽はゆっくりと肘を折り壱月と胸を合わせた。近づく顔に心臓が高鳴る。
「そんなに手に入れたかったヤツが目の前に居て興奮しないわけないだろ。壱月が壱月なら、なんでもいいんだ……抱きたい」
 吐息がかかるほど近くで、そんな言葉を囁かれて、嫌だなんて言うはずもない。願ってもない、もしかしたらこれも自分の妄想なのかもと思うほどの状況で、壱月は言葉が出ずに、そっと楽の唇にキスをした。
「煽るなよ。早く壱月の全部を俺のものにしたくなる」
 ゆっくりしたいのに、という言葉に壱月は驚いて、それからその想いが嬉しくて、ゆっくりと腕を伸ばして楽の頬を手のひらで包み込んだ。
「思ってた以上に、楽ってバカなんだな」
 壱月が笑いながら言うと、楽はむっと表情を変えた。
「なんだよ、それ」
「さっき、言ったよ、僕。楽を知ってから、ずっと好きだったって……ずっと、最初から楽のものなんだよ、僕」
 焦ることないよ、と壱月が言うと、楽はゆっくり口角を引き上げて壱月の額にキスを落とした。
 確かに初めての恋人は他の人だった。けれど心だけはずっと楽のものだった。それだけは誓える。
「好きだよ、壱月」
「僕も」
   楽の言葉に応えると、楽が嬉しそうに微笑んで壱月の体をぎゅっと抱きしめた。
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