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11.初恋のひと
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ルシフェルがあまりに驚いたので、アイリスは言うべきではなかったのだろうかと後悔した。薄れたとはいえ、離婚歴を汚点とみなす風潮も、未だ根強い。
だがアイリスの性格では、たとえ不利になるとしても、身の上を偽ることなどできなかった。
「ええ、そうです。訳あって、数日前に」
「そ、そうなのか。辛いことを言わせてしまったな」
ルシフェルの顔には気遣いが浮かんでいて、アイリスはほっと胸を撫で下ろす。彼は今も、公正で偏見のない人物であるようだ。
「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫ですわ。自由の身となれて、晴々とした気分ですもの」
(……結婚生活は幸せなものではなかったのだろうか。目を逸らさず、見守っていればよかった)
「何か力になれることはないだろうか?その…何でも言ってくれ」
「ありがとうございます…。それでは殿下」
友人を利用することに胸が痛んだが、アイリスは意を決して口を開く。
「何だろう?」
「殿下のお気持ちは、今もお変わりございませんでしょうか?」
「きっ、気持ち?!」
(ど、どうしてバレたんだ?!何も知らないはずだろう?)
アイリスはただ、今も自分を妹姫の側付きに望んでくれるか、と聞きたいだけだったのだが、全く違う方向に受け取るルシフェル。
「ええ。殿下のお気持ちにお変わりがなければ、ぜひ私を」
王女殿下のお側付きに、というアイリスの言葉は、ルシフェルの勢いにかき消された。転がりそうになりながら立ち上がると、逃がさないとばかりにアイリスの手を取る。
「僕の気持ちが変わるなどあるものか!君以外には考えられない」
「殿下、よかったですわ。では…」
「ああ。結婚しよう、アイリス!」
「王女殿下のお側付きに……えっ、けっ、結婚?!?!」
「いったいどうして、こんなことになったのかしら…」
その夕刻、王宮の来賓室で、アイリスはひとり困惑していた。
何とか説得し、婚姻話は差し止めになったものの、ルシフェルに懇願され王宮に留まることになったのだ。
さすがに国王夫妻が難色を示すだろうと思ったのだが、
「まあ、アイリス!馬鹿息子のことなんてどうでもいいから、いつまでもいてちょうだい!」
王妃からそう言われ、さっそくティータイムに晩餐に、避暑の離宮にと誘われててしまっては断るわけにもいかなくなってしまった。
(困ったわ。もう結婚なんてこりごりなのに)
その夜、用意された私室で物思いに沈んでいると、侍女が王太子の訪れを告げた。顔を合わせるのは気まずいが、王族の来訪を断るなどできるはずもない。仕方なく頷き、アイリスは自らも応接間へと入る。
「すまなかった、アイリス。僕の勘違いで、君を困らせてしまって」
ルシフェルにしてみれば、やっと手にしかけたチャンスを逃したくない一心だった。が、アイリスの意思を蔑ろにしてしまったようで、いてもたってもいられなくなったのだった。
ああ、この人は本当に、何も変わってはいないのだわーー。王族としてのプライドも男としての意地もまるで無いもののように、ただ本心から謝罪するルシフェルに、アイリスは安堵を覚える。
「いいえ。私の方こそ、その…何も存じ上げなくて」
それに比べて私は、気の利いたことのひとつも言えないなんて。こんなだから、元夫にもつまらないと言われてきたのだわ…。
「今、落ち込んだだろう?」
「もっ、申し訳ございません」
「いや、いいんだ。そこが君のいいところだよ」
「いいところ?私の?」
何がいいというのだろう。こんな不器用で、つまらない自分が。
「そうさ。正直で、飾らなくて。君以上に信頼のおける人を、僕は知らないよ」
君もいると安心できるんだ、と、少し恥ずかしそうに呟くルシフェル。
(……こんなふうに言ってもらえたのは、いつぶりかしら)
幼い頃は安心という言葉など必要ないくらい、温かな家庭で育った。けれどロイに出会ってまやかしの恋に落ちて、アバンドール家の人間になってから、徐々に自信を失って行ったのだ。
『血筋以外に、何の取り柄もない』
『生真面目で堅苦しくて、夫を射止めるための愛想も言えない、魅力のない女』
そう嘲られ続けて。
「私は……」
知らぬ間に、アイリスの目から涙が一筋溢れていた。
「あ、アイリス?!」
「私は人の心を癒すこともできない、堅苦しい女です。そんな私といて安心できるなんて、とても信じることができないのです……」
ルシフェルは胸が張り裂けそうだった。
彼の知るアイリスは、控えめだがいつだって、素直に明るく笑う娘だった。なのに、彼が失恋の痛みに耐えかねて逃げ出していた間に、人間不信になるほど心に傷を負ってしまっていたなんて。
「そうじゃない……そうじゃない、アイリス。君は、素晴らしいよ」
どうやっても、何年かかっても、この人の傷を癒したい。痛みとともに、ルシフェルは強くそう思った。アイリスのために感じるのなら、痛みでさえ幸福だ。
「あらためていう。結婚してくれ。僕は君を幸せにしたい。君のことは、いつも僕が癒したいんだ」
「……私は…」
アイリスはいったん言葉を切り、苦しそうに口を開いた。
「もう二度と、人形のように生きたくはないのです……」
前だって望まれた結婚だった。けれど、まるで人形のように心を殺さねば生きていられないほど、幸せとは程遠い毎日だった。もう二度と、同じ過ちを繰り返したくない。
それが本心ではあるものの。
(それなのに、どうして私は、この人を信じたいと思っているのかしら……)
アイリスの中に、つかみようのない感情が生まれていて、彼女は戸惑っている。
「ああ、そうだな。完全に僕のエゴだよ」
「ふふ、なんですの、それ」
ルシフェルがあまりに正直すぎて、アイリスは思わず笑ってしまった。
「しょうがないだろう。君のいない人生なんて、考えられないんだから」
「……わかりましたわ」
この人を信じたい、そう思っているのなら、恐れずに信じてみよう。差し出された手を振り払ってしまったら、永遠に後悔するような気がして、アイリスは頷いたのだった。
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「ええ、そうです。訳あって、数日前に」
「そ、そうなのか。辛いことを言わせてしまったな」
ルシフェルの顔には気遣いが浮かんでいて、アイリスはほっと胸を撫で下ろす。彼は今も、公正で偏見のない人物であるようだ。
「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫ですわ。自由の身となれて、晴々とした気分ですもの」
(……結婚生活は幸せなものではなかったのだろうか。目を逸らさず、見守っていればよかった)
「何か力になれることはないだろうか?その…何でも言ってくれ」
「ありがとうございます…。それでは殿下」
友人を利用することに胸が痛んだが、アイリスは意を決して口を開く。
「何だろう?」
「殿下のお気持ちは、今もお変わりございませんでしょうか?」
「きっ、気持ち?!」
(ど、どうしてバレたんだ?!何も知らないはずだろう?)
アイリスはただ、今も自分を妹姫の側付きに望んでくれるか、と聞きたいだけだったのだが、全く違う方向に受け取るルシフェル。
「ええ。殿下のお気持ちにお変わりがなければ、ぜひ私を」
王女殿下のお側付きに、というアイリスの言葉は、ルシフェルの勢いにかき消された。転がりそうになりながら立ち上がると、逃がさないとばかりにアイリスの手を取る。
「僕の気持ちが変わるなどあるものか!君以外には考えられない」
「殿下、よかったですわ。では…」
「ああ。結婚しよう、アイリス!」
「王女殿下のお側付きに……えっ、けっ、結婚?!?!」
「いったいどうして、こんなことになったのかしら…」
その夕刻、王宮の来賓室で、アイリスはひとり困惑していた。
何とか説得し、婚姻話は差し止めになったものの、ルシフェルに懇願され王宮に留まることになったのだ。
さすがに国王夫妻が難色を示すだろうと思ったのだが、
「まあ、アイリス!馬鹿息子のことなんてどうでもいいから、いつまでもいてちょうだい!」
王妃からそう言われ、さっそくティータイムに晩餐に、避暑の離宮にと誘われててしまっては断るわけにもいかなくなってしまった。
(困ったわ。もう結婚なんてこりごりなのに)
その夜、用意された私室で物思いに沈んでいると、侍女が王太子の訪れを告げた。顔を合わせるのは気まずいが、王族の来訪を断るなどできるはずもない。仕方なく頷き、アイリスは自らも応接間へと入る。
「すまなかった、アイリス。僕の勘違いで、君を困らせてしまって」
ルシフェルにしてみれば、やっと手にしかけたチャンスを逃したくない一心だった。が、アイリスの意思を蔑ろにしてしまったようで、いてもたってもいられなくなったのだった。
ああ、この人は本当に、何も変わってはいないのだわーー。王族としてのプライドも男としての意地もまるで無いもののように、ただ本心から謝罪するルシフェルに、アイリスは安堵を覚える。
「いいえ。私の方こそ、その…何も存じ上げなくて」
それに比べて私は、気の利いたことのひとつも言えないなんて。こんなだから、元夫にもつまらないと言われてきたのだわ…。
「今、落ち込んだだろう?」
「もっ、申し訳ございません」
「いや、いいんだ。そこが君のいいところだよ」
「いいところ?私の?」
何がいいというのだろう。こんな不器用で、つまらない自分が。
「そうさ。正直で、飾らなくて。君以上に信頼のおける人を、僕は知らないよ」
君もいると安心できるんだ、と、少し恥ずかしそうに呟くルシフェル。
(……こんなふうに言ってもらえたのは、いつぶりかしら)
幼い頃は安心という言葉など必要ないくらい、温かな家庭で育った。けれどロイに出会ってまやかしの恋に落ちて、アバンドール家の人間になってから、徐々に自信を失って行ったのだ。
『血筋以外に、何の取り柄もない』
『生真面目で堅苦しくて、夫を射止めるための愛想も言えない、魅力のない女』
そう嘲られ続けて。
「私は……」
知らぬ間に、アイリスの目から涙が一筋溢れていた。
「あ、アイリス?!」
「私は人の心を癒すこともできない、堅苦しい女です。そんな私といて安心できるなんて、とても信じることができないのです……」
ルシフェルは胸が張り裂けそうだった。
彼の知るアイリスは、控えめだがいつだって、素直に明るく笑う娘だった。なのに、彼が失恋の痛みに耐えかねて逃げ出していた間に、人間不信になるほど心に傷を負ってしまっていたなんて。
「そうじゃない……そうじゃない、アイリス。君は、素晴らしいよ」
どうやっても、何年かかっても、この人の傷を癒したい。痛みとともに、ルシフェルは強くそう思った。アイリスのために感じるのなら、痛みでさえ幸福だ。
「あらためていう。結婚してくれ。僕は君を幸せにしたい。君のことは、いつも僕が癒したいんだ」
「……私は…」
アイリスはいったん言葉を切り、苦しそうに口を開いた。
「もう二度と、人形のように生きたくはないのです……」
前だって望まれた結婚だった。けれど、まるで人形のように心を殺さねば生きていられないほど、幸せとは程遠い毎日だった。もう二度と、同じ過ちを繰り返したくない。
それが本心ではあるものの。
(それなのに、どうして私は、この人を信じたいと思っているのかしら……)
アイリスの中に、つかみようのない感情が生まれていて、彼女は戸惑っている。
「ああ、そうだな。完全に僕のエゴだよ」
「ふふ、なんですの、それ」
ルシフェルがあまりに正直すぎて、アイリスは思わず笑ってしまった。
「しょうがないだろう。君のいない人生なんて、考えられないんだから」
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