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◇二話◇
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オデットは騎士団の本部にむかうとすぐに、わりあてられている研究室にこもった。
ここならそうそう誰も来ないだろう。
しばらくここで書類の整理をしようと考えた。
ここに来るまでにも、政略結婚のことをみんな知っているので、
気の毒にという視線をむけられつづけた。
ランヴァルドにあこがれる少女は多いが、そのほとんどはアンネリースのことがあってあきらめる。
そのなかで結婚することになったオデットは、周囲から見ればお先まっくらに見えるのだろう。
「はぁ……なぜ私だったのでしょう」
思わず本音が唇からこぼれおちた。
せめて姉が想い人でなければ、せめてただの政略結婚なら。
などとくだらないことを考えてしまう。
「オデット、いるんだろ」
「あ、はい」
ノックの音と、よく知っている声が聞こえて、オデットは返事をした。
ランヴァルドでないのなら、誰が来てもかまわない。
「どうしたんです、ユーグ」
入ってきたのは銀色の髪に青い隻眼の騎士、同僚のユーグだった。
同僚であり、幼馴染でもある。
「いやおまえが望まない結婚でおちこんでるんじゃないかと思ってな」
「そりゃ……おちこみますけれど、家同士の問題ではしようがありませんよ」
「もう副団長の屋敷からかよってるんだろ、朝飯は食ってきたのか?
おまえのことだから、逃げだしてきたんじゃないか?」
にやにやと笑うユーグに、オデットはため息を吐いた。
「私はそんなに分かりやすいですか?」
「ながいつきあいだからな」
彼の持っている紙袋からいいにおいがする。
パンかなにかだろう。
「一緒に食おうぜ、っていっても、人妻に手だしてるみたいだがな」
「へんな言いかたしないでください、妻とはいっても、立場だけですから」
「本当にそうかねえ」
「なにか言いましたか?」
「いいや? じゃ、遠慮なく」
テーブルの用意をして、オデットがお茶をいれる。
新婚早々、食事も別々だが、オデットはこれでいいと思っていた。
せめてランヴァルドの重荷にはなりたくない。
彼には好きな人がいるのだから、自分の気持ちをおしつけるつもりはなかった。
「初夜はどうだったんだ?」
とうとつなユーグの発言に、オデットはむせそうになる。
「な、な、な、なにを言うんです! きゅうに!」
「いや、あの生真面目な副団長が手をだせたもんかねえと思ってさ」
「馬鹿言わないでください! ランヴァルド様は私にそんな感情抱きませんよ!」
「え、マジでなにもないのか」
ユーグはきょとんとしてまばたきをした、黒い眼帯に隠れていない目が不思議そうな色をやどしている。
「……こりゃチャンスか? 俺にもまだ希望があるか?」
「ユーグ、あなたはなにか勘違いしています。
これはあくまで政略結婚であって、ランヴァルド様の噂は知っているでしょう」
「いやいやおまえもすごい勘違いをしてると思うけどな。
こんなに無防備にしてるとそのうち副団長がマジでキレるぞ」
「はい?」
ユーグの言葉が理解できずに首を傾げるオデット。
「……まぁ、いいか。俺にとってはチャンスだしな」
オデットには聞きとれないくらい小さな声で彼は呟いた。
食事が終わってから、オデットは書類の整理をはじめ、
ユーグも暇だからとそれを手伝っていた。
「あなたは訓練があるのではないのですか?」
「どーせ弱いのばっかりだ、このあいだもケガさせちまって怒られたよ。
副団長ぐらいでてきてくれないとおもしろくないぜ」
「おもしろい、おもしろくないの話ではないでしょう」
ふうと溜息をついて、オデットは書類を手に仮眠用のベッドに座った。
するとなにを思ったのか、ユーグも隣に座ったかと思うと、
ごろりと寝転んでオデットの膝に頭をのせた。
「ユーグ、なにしてるんです」
「いい枕ができたと思ってさ」
「枕ならありますでしょう」
あきれたようなオデットの視線にも負けることなく、
ユーグは目を閉じてあくびをする。
「ほら、ユーグ! 枕ならこれがありますから――」
そんな問答をしていると、ノックの音が響いた。
驚いて、返事が遅れる。
「オデット、いるかい?」
聞こえたのはランヴァルドの声で、青ざめた彼女が制止の声をあげるまえに――。
扉が開いた。
「――……」
ランヴァルドはその状況をすぐに理解したようで、
青い瞳を見開いて、やがてその表情がけわしいものになる。
「オデット、友達との約束とは、それのことかい?」
とがめるような声に、言葉がみあたらずに喉にひっかかる。
「あ、あの……ちがいます、これは……」
「幼馴染なんですよ俺たち、こんなの日常的とゆうか」
ユーグの言葉にランヴァルドは眉をよせ、鋭い瞳で彼を睨む。
「きみは訓練中のはずだろう、なぜここに?」
「オデットが飯食わないで来たみたいなんで、さしいれついでに」
「訓練に戻りたまえ」
「副団長が相手してくれるならすぐにでも」
にこにこ笑って平気で言うユーグに、オデットが止めるまもなくランヴァルドは頷いた。
「いいだろう」
「ユーグ!」
ランヴァルドは地位にふさわしく強い、運が悪ければ大けがをしかねない。
そう思ったオデットが止めようとするが、ユーグは起きあがってさっさと部屋を出て行こうとする。
「オデット、きみにはあとで話がある」
ランヴァルドの言葉に彼女もかたまった。
嫌な予感がしてならない。
……。
……それはずいぶん昔のことだ。
姉のアンネリースが友人だとつれてきたのがランヴァルドだった。
金髪碧眼で、剣の腕前も素晴らしく。
幼いオデットには王子様のように見えた。
だが同時に、幼少期から他人の感情に敏感だったオデットはきづいてしまった。
ランヴァルドはアンネリースが好きなのだと。
たしかにオデットのことも妹のようにかわいがってくれる、
けれどそれは、あくまでアンネリースのおまけなのだと。
『オデットは私にとっても、いもうとのようなものだよ』
その言葉をいまだに忘れることができないでいる。
みんなそうだった。
オデットは生まれつき魔術の才能があり、魔術師として小さなころから騎士団に出入りしていた。
いっぽうアンネリースはごく普通の少女だったが、美しく清楚であった。
誰もがアンネリースに目を向けた。
オデットのように地味な茶色の髪でもなく、輝くばかりの金髪と宝石のような青い目を持つ彼女に。
騎士団に出入りするような娘ではなく、美しい深窓の令嬢に。
だからオデットは、本当ならその生涯を魔術師としてささげるつもりでいた。
(帰りたくありません……)
オデットはよろよろと研究室を出ると、夕暮れの空をみあげて溜息を吐いた。
ランヴァルドに会いたくない。
話とはなんだろうか。
結婚早々離縁にでもなるのだろうか、それは家のためにさけたいが。
(けれど、このまま帰らなかったらどうなるでしょう……)
しかたなく、オデットは屋敷へ戻ることにした。
帰ってくるのはランヴァルドのほうが遅い。
先に夕食をとるようにと使用人に言われ、気はすすまないものの食事をとる。
入浴をすませて、ワンピースに着替え、ベッドに座って月をみあげた。
(ほんとうに、どうしましょう……とはいえ、どうにもできませんよね)
考えていると、寝室の扉が開いた。
「ただいま、オデット」
戻ってきたランヴァルドは微笑んでいるが、その瞳に怒りがあるのは見てとれた。
「おかえりなさいませ」
声がふるえないように気をつけて、ベッドから立ちあがり一礼する。
彼はオデットに歩みよると、その髪に手を伸ばす。
「今日のことを聞かせてもらおうか、きみとユーグは特別な関係なのかい?」
「た、ただの幼馴染です! 彼の言うとおり、私たちのあいだでは普通で――」
「そう。だけどきみはもう私の妻だ、ほかの男とああいうことをされては困るな」
「……気をつけます」
たしかに、伯爵家にとっていいことではない。
そう考えたのだが、ランヴァルドはオデットの首筋に指をすべらせ、腰に腕をまわすとその耳に口づけた。
「ひぁ、ランヴァルド様? なんでしょう……? ん⁉ んん――」
分からない、という顔をしているオデットにキスをして、ランヴァルドは彼女をベッドに押し倒す。
「気をつけるだけでは、許すことはできないな」
「――な、なにを、なさるのですか」
おびえた瞳で、身体をふるわせながらランヴァルドに問うオデット。
いくら好きな相手とはいえ片思いのはずだ。
先のことを考えて恐怖がわいた。
「私ときみは夫婦だ。普通だろう?」
「ひぁ」
腰を撫でられ、首筋にキスをされてオデットは青ざめる。
なぜ?
ランヴァルドがこんなことをする理由がない。
彼が好きなのは姉なのだから。
「ランヴァルド様っ、待ってください、いや……」
「そんなに嫌がられてしまうと、つらいな、オデット」
「ランヴァルド様、なぜ、ですかっ」
「きみを愛しているから、では、だめかい?」
羞恥と混乱、そして恐怖に涙ぐみ、オデットはなんとか逃れようと身体を動かすが、ランヴァルドの力にかなうはずもない。
(お、おちつくのです私……たしかにいちおう夫婦なのですし、そう、いつかは子を産まねばならないのですが、ですが……)
それが嫁いだオデットの役割だ。
たとえそこに愛がなくとも。
「――っ」
オデットは抵抗をやめた。
そしてただきつく目を閉じる。
「……オデット」
その様子に、ランヴァルドはまたちいさく息を吐いて彼女の髪を撫でる。
「きみはなにか勘違いしている。私が愛しているのはきみであって、
アンネリースではない」
「……」
その言葉自体は、とてもうれしいものであったが、
オデットはずっとそばで見てきた。
最後にランヴァルドとアンネリースが一緒にいるのを見たのは数年もまえだ。
だから今は違うのかもしれない、だが、だからといって、
彼がオデットを好きになる理由がない。
幼少期からふたりを見てきたオデットにとって、たとえ好きでもランヴァルドの言葉を信じることはできなかった。
いや、好きだからこそ信じられないのかもしれない。
彼がそういう嘘をつきそうな、優しい人であるのも知っているからだ。
「信じてはくれないのか」
ランヴァルドは自嘲気味にわらって、オデットの首筋に、胸元にキスをおとしていく。
「君が役割でうけいれるというなら、それでもいい。
私はきみを手放す気はないからね」
ここならそうそう誰も来ないだろう。
しばらくここで書類の整理をしようと考えた。
ここに来るまでにも、政略結婚のことをみんな知っているので、
気の毒にという視線をむけられつづけた。
ランヴァルドにあこがれる少女は多いが、そのほとんどはアンネリースのことがあってあきらめる。
そのなかで結婚することになったオデットは、周囲から見ればお先まっくらに見えるのだろう。
「はぁ……なぜ私だったのでしょう」
思わず本音が唇からこぼれおちた。
せめて姉が想い人でなければ、せめてただの政略結婚なら。
などとくだらないことを考えてしまう。
「オデット、いるんだろ」
「あ、はい」
ノックの音と、よく知っている声が聞こえて、オデットは返事をした。
ランヴァルドでないのなら、誰が来てもかまわない。
「どうしたんです、ユーグ」
入ってきたのは銀色の髪に青い隻眼の騎士、同僚のユーグだった。
同僚であり、幼馴染でもある。
「いやおまえが望まない結婚でおちこんでるんじゃないかと思ってな」
「そりゃ……おちこみますけれど、家同士の問題ではしようがありませんよ」
「もう副団長の屋敷からかよってるんだろ、朝飯は食ってきたのか?
おまえのことだから、逃げだしてきたんじゃないか?」
にやにやと笑うユーグに、オデットはため息を吐いた。
「私はそんなに分かりやすいですか?」
「ながいつきあいだからな」
彼の持っている紙袋からいいにおいがする。
パンかなにかだろう。
「一緒に食おうぜ、っていっても、人妻に手だしてるみたいだがな」
「へんな言いかたしないでください、妻とはいっても、立場だけですから」
「本当にそうかねえ」
「なにか言いましたか?」
「いいや? じゃ、遠慮なく」
テーブルの用意をして、オデットがお茶をいれる。
新婚早々、食事も別々だが、オデットはこれでいいと思っていた。
せめてランヴァルドの重荷にはなりたくない。
彼には好きな人がいるのだから、自分の気持ちをおしつけるつもりはなかった。
「初夜はどうだったんだ?」
とうとつなユーグの発言に、オデットはむせそうになる。
「な、な、な、なにを言うんです! きゅうに!」
「いや、あの生真面目な副団長が手をだせたもんかねえと思ってさ」
「馬鹿言わないでください! ランヴァルド様は私にそんな感情抱きませんよ!」
「え、マジでなにもないのか」
ユーグはきょとんとしてまばたきをした、黒い眼帯に隠れていない目が不思議そうな色をやどしている。
「……こりゃチャンスか? 俺にもまだ希望があるか?」
「ユーグ、あなたはなにか勘違いしています。
これはあくまで政略結婚であって、ランヴァルド様の噂は知っているでしょう」
「いやいやおまえもすごい勘違いをしてると思うけどな。
こんなに無防備にしてるとそのうち副団長がマジでキレるぞ」
「はい?」
ユーグの言葉が理解できずに首を傾げるオデット。
「……まぁ、いいか。俺にとってはチャンスだしな」
オデットには聞きとれないくらい小さな声で彼は呟いた。
食事が終わってから、オデットは書類の整理をはじめ、
ユーグも暇だからとそれを手伝っていた。
「あなたは訓練があるのではないのですか?」
「どーせ弱いのばっかりだ、このあいだもケガさせちまって怒られたよ。
副団長ぐらいでてきてくれないとおもしろくないぜ」
「おもしろい、おもしろくないの話ではないでしょう」
ふうと溜息をついて、オデットは書類を手に仮眠用のベッドに座った。
するとなにを思ったのか、ユーグも隣に座ったかと思うと、
ごろりと寝転んでオデットの膝に頭をのせた。
「ユーグ、なにしてるんです」
「いい枕ができたと思ってさ」
「枕ならありますでしょう」
あきれたようなオデットの視線にも負けることなく、
ユーグは目を閉じてあくびをする。
「ほら、ユーグ! 枕ならこれがありますから――」
そんな問答をしていると、ノックの音が響いた。
驚いて、返事が遅れる。
「オデット、いるかい?」
聞こえたのはランヴァルドの声で、青ざめた彼女が制止の声をあげるまえに――。
扉が開いた。
「――……」
ランヴァルドはその状況をすぐに理解したようで、
青い瞳を見開いて、やがてその表情がけわしいものになる。
「オデット、友達との約束とは、それのことかい?」
とがめるような声に、言葉がみあたらずに喉にひっかかる。
「あ、あの……ちがいます、これは……」
「幼馴染なんですよ俺たち、こんなの日常的とゆうか」
ユーグの言葉にランヴァルドは眉をよせ、鋭い瞳で彼を睨む。
「きみは訓練中のはずだろう、なぜここに?」
「オデットが飯食わないで来たみたいなんで、さしいれついでに」
「訓練に戻りたまえ」
「副団長が相手してくれるならすぐにでも」
にこにこ笑って平気で言うユーグに、オデットが止めるまもなくランヴァルドは頷いた。
「いいだろう」
「ユーグ!」
ランヴァルドは地位にふさわしく強い、運が悪ければ大けがをしかねない。
そう思ったオデットが止めようとするが、ユーグは起きあがってさっさと部屋を出て行こうとする。
「オデット、きみにはあとで話がある」
ランヴァルドの言葉に彼女もかたまった。
嫌な予感がしてならない。
……。
……それはずいぶん昔のことだ。
姉のアンネリースが友人だとつれてきたのがランヴァルドだった。
金髪碧眼で、剣の腕前も素晴らしく。
幼いオデットには王子様のように見えた。
だが同時に、幼少期から他人の感情に敏感だったオデットはきづいてしまった。
ランヴァルドはアンネリースが好きなのだと。
たしかにオデットのことも妹のようにかわいがってくれる、
けれどそれは、あくまでアンネリースのおまけなのだと。
『オデットは私にとっても、いもうとのようなものだよ』
その言葉をいまだに忘れることができないでいる。
みんなそうだった。
オデットは生まれつき魔術の才能があり、魔術師として小さなころから騎士団に出入りしていた。
いっぽうアンネリースはごく普通の少女だったが、美しく清楚であった。
誰もがアンネリースに目を向けた。
オデットのように地味な茶色の髪でもなく、輝くばかりの金髪と宝石のような青い目を持つ彼女に。
騎士団に出入りするような娘ではなく、美しい深窓の令嬢に。
だからオデットは、本当ならその生涯を魔術師としてささげるつもりでいた。
(帰りたくありません……)
オデットはよろよろと研究室を出ると、夕暮れの空をみあげて溜息を吐いた。
ランヴァルドに会いたくない。
話とはなんだろうか。
結婚早々離縁にでもなるのだろうか、それは家のためにさけたいが。
(けれど、このまま帰らなかったらどうなるでしょう……)
しかたなく、オデットは屋敷へ戻ることにした。
帰ってくるのはランヴァルドのほうが遅い。
先に夕食をとるようにと使用人に言われ、気はすすまないものの食事をとる。
入浴をすませて、ワンピースに着替え、ベッドに座って月をみあげた。
(ほんとうに、どうしましょう……とはいえ、どうにもできませんよね)
考えていると、寝室の扉が開いた。
「ただいま、オデット」
戻ってきたランヴァルドは微笑んでいるが、その瞳に怒りがあるのは見てとれた。
「おかえりなさいませ」
声がふるえないように気をつけて、ベッドから立ちあがり一礼する。
彼はオデットに歩みよると、その髪に手を伸ばす。
「今日のことを聞かせてもらおうか、きみとユーグは特別な関係なのかい?」
「た、ただの幼馴染です! 彼の言うとおり、私たちのあいだでは普通で――」
「そう。だけどきみはもう私の妻だ、ほかの男とああいうことをされては困るな」
「……気をつけます」
たしかに、伯爵家にとっていいことではない。
そう考えたのだが、ランヴァルドはオデットの首筋に指をすべらせ、腰に腕をまわすとその耳に口づけた。
「ひぁ、ランヴァルド様? なんでしょう……? ん⁉ んん――」
分からない、という顔をしているオデットにキスをして、ランヴァルドは彼女をベッドに押し倒す。
「気をつけるだけでは、許すことはできないな」
「――な、なにを、なさるのですか」
おびえた瞳で、身体をふるわせながらランヴァルドに問うオデット。
いくら好きな相手とはいえ片思いのはずだ。
先のことを考えて恐怖がわいた。
「私ときみは夫婦だ。普通だろう?」
「ひぁ」
腰を撫でられ、首筋にキスをされてオデットは青ざめる。
なぜ?
ランヴァルドがこんなことをする理由がない。
彼が好きなのは姉なのだから。
「ランヴァルド様っ、待ってください、いや……」
「そんなに嫌がられてしまうと、つらいな、オデット」
「ランヴァルド様、なぜ、ですかっ」
「きみを愛しているから、では、だめかい?」
羞恥と混乱、そして恐怖に涙ぐみ、オデットはなんとか逃れようと身体を動かすが、ランヴァルドの力にかなうはずもない。
(お、おちつくのです私……たしかにいちおう夫婦なのですし、そう、いつかは子を産まねばならないのですが、ですが……)
それが嫁いだオデットの役割だ。
たとえそこに愛がなくとも。
「――っ」
オデットは抵抗をやめた。
そしてただきつく目を閉じる。
「……オデット」
その様子に、ランヴァルドはまたちいさく息を吐いて彼女の髪を撫でる。
「きみはなにか勘違いしている。私が愛しているのはきみであって、
アンネリースではない」
「……」
その言葉自体は、とてもうれしいものであったが、
オデットはずっとそばで見てきた。
最後にランヴァルドとアンネリースが一緒にいるのを見たのは数年もまえだ。
だから今は違うのかもしれない、だが、だからといって、
彼がオデットを好きになる理由がない。
幼少期からふたりを見てきたオデットにとって、たとえ好きでもランヴァルドの言葉を信じることはできなかった。
いや、好きだからこそ信じられないのかもしれない。
彼がそういう嘘をつきそうな、優しい人であるのも知っているからだ。
「信じてはくれないのか」
ランヴァルドは自嘲気味にわらって、オデットの首筋に、胸元にキスをおとしていく。
「君が役割でうけいれるというなら、それでもいい。
私はきみを手放す気はないからね」
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