1 / 25
◇一話◇
しおりを挟む
それは、彼女たちの結婚式から始まる。
茶色の長い髪を綺麗に結って、ヴェールの先にのぞく紫色の瞳を持つ花嫁は、
華やかな舞台と裏腹に緊張した表情をしている。
(なぜ、ねえさんではなく私が……)
彼女、オデット=バダンテールは夫となるランヴァルド・アーノルト伯爵のことを好いていた。
だがそれは同時に、片思いでもあったのだ。
彼が好いているのはオデットの姉、アンネリースだから。
なのになぜか今日、式場に花嫁としているのはたしかに妹のオデットなのだ。
――いわゆる、政略結婚のすえに。
好きでは、ある。
だが、うれしくはない。
むしろむなしさが胸を占めていた。
あきらめるつもりでいた恋がこんな形で叶うだなんて、最悪の気分だった。
なぜならオデットが愛されることは、ないのだろうから。
……。
オデットとランヴァルドは騎士団の同僚でもあった。
前者は魔術師として、後者は騎士として。
そこでも、ランヴァルドの想い人については有名な噂だった。
十歳のころから男にまざって騎士団に入隊したオデット。
姉のアンネリースはみごとなまでに美しく清らかな伯爵令嬢。
比べることさえできないのはオデット自身が一番よく分かっていた。
姉はプラチナブロンドの髪に青い瞳、
金髪碧眼のランヴァルドと並んでどちらがつりあうかというのも、
オデットが一番よく分かっていたのに。
(なぜ、こんなことに……)
だが、相手方が指名してきたのはオデットだった。
この結婚はオデットにとって地獄のようなものだ。
――……。
そうして迎えることになった結婚式の夜だが、
オデットはとくに気にもしていなかった。
ランヴァルドが自分に興味を持つとは思えない、ので、彼女はさっさとベッドにはいって目を閉じた。
はやく朝になればいい、朝になって、騎士団に顔をだして。
いつものように書類整理をして、巡回にでて。
「オデット」
名前を呼ばれてひやっとしたが、オデットは目を閉じたまま返事をしなかった。
しばらくランヴァルドは起きていたようだが、先に彼女の意識が眠りにおちる。
すうすうと寝息をたてはじめた妻に、ランヴァルドは青い瞳を細めて、
そっと眠る彼女の頬に触れてため息を吐いた。
――翌朝。
オデットは目をさますなり硬直した。
「――あの」
ちょうど額にキスをされたのだろう、頬をするりと撫でるおおきな手に鼓動がはやくなる。
期待しても無駄だというのを重々承知しているのに。
「おはよう、よく眠っていたね」
「は、はい、おかげさまで」
気まずい。
オデットはそそくさとベッドからおりた。
なぜランヴァルドがそうした行動をするのかがわからない。
「もう行くのかい?」
背にかかる言葉に緊張しながら、オデットは頷いた。
「今日は早めに来るよう言われているので」
嘘だが。
「私はそんな話、聞いていないが」
副団長をつとめているランヴァルドにそう言われてしまうと返す言葉がない。
失敗したと思いながら次の言葉を探す。
「お、お友達の手伝いがあるのです」
「……そうか」
なんだか小さなため息が聞こえた気がする。
(安心なさったのでしょうか)
好きでもない女と夫婦の演技をするのは疲れるだろう。
ついつい卑屈に考えながら、オデットは別室に移動して制服に着替え、
朝食もとらずに屋敷をとびだした。
……。
「……彼女は私を好きではないのだろうね。
以前いないと言っていたが、本当は誰か心に決めた相手がいたのだろうか」
オデットが早々に屋敷を出て行ったあと、ランヴァルドは執事にそう呟いた。
「仮にいらしたとしても、旦那様はあきらめになられないのでしょう?」
「まあね」
しれっとこたえた主人に、執事は苦笑をこぼす。
「旦那様にはアンネリース様との噂話もありますし、
オデット様はそれを信じていらっしゃるのでは?」
「……まぁ、たしかに彼女が初恋の相手ではあるよ、だがありえないだろう、
私とアンネリースがそんなに仲良く見えるかい?
このあいだだって「よくも私のかわいいオデットを」と殴られたばかりだよ。
彼女が天使のように清楚で美しいのは妹の前だけだ」
ほとんどの男がそれで騙されるけどね、と彼はつけたした。
「オデット様はそれをご存知ないでしょう」
「そうだろうね、アンネリースが妹の前で化けの皮をはがすとは思えないよ。
……なんとかオデットの気をひきたいものだね。
妻に手をだせないのも、夫としてはつらいものがあるし」
頭痛がするよ、とランヴァルドはまたひとつため息をはいた。
茶色の長い髪を綺麗に結って、ヴェールの先にのぞく紫色の瞳を持つ花嫁は、
華やかな舞台と裏腹に緊張した表情をしている。
(なぜ、ねえさんではなく私が……)
彼女、オデット=バダンテールは夫となるランヴァルド・アーノルト伯爵のことを好いていた。
だがそれは同時に、片思いでもあったのだ。
彼が好いているのはオデットの姉、アンネリースだから。
なのになぜか今日、式場に花嫁としているのはたしかに妹のオデットなのだ。
――いわゆる、政略結婚のすえに。
好きでは、ある。
だが、うれしくはない。
むしろむなしさが胸を占めていた。
あきらめるつもりでいた恋がこんな形で叶うだなんて、最悪の気分だった。
なぜならオデットが愛されることは、ないのだろうから。
……。
オデットとランヴァルドは騎士団の同僚でもあった。
前者は魔術師として、後者は騎士として。
そこでも、ランヴァルドの想い人については有名な噂だった。
十歳のころから男にまざって騎士団に入隊したオデット。
姉のアンネリースはみごとなまでに美しく清らかな伯爵令嬢。
比べることさえできないのはオデット自身が一番よく分かっていた。
姉はプラチナブロンドの髪に青い瞳、
金髪碧眼のランヴァルドと並んでどちらがつりあうかというのも、
オデットが一番よく分かっていたのに。
(なぜ、こんなことに……)
だが、相手方が指名してきたのはオデットだった。
この結婚はオデットにとって地獄のようなものだ。
――……。
そうして迎えることになった結婚式の夜だが、
オデットはとくに気にもしていなかった。
ランヴァルドが自分に興味を持つとは思えない、ので、彼女はさっさとベッドにはいって目を閉じた。
はやく朝になればいい、朝になって、騎士団に顔をだして。
いつものように書類整理をして、巡回にでて。
「オデット」
名前を呼ばれてひやっとしたが、オデットは目を閉じたまま返事をしなかった。
しばらくランヴァルドは起きていたようだが、先に彼女の意識が眠りにおちる。
すうすうと寝息をたてはじめた妻に、ランヴァルドは青い瞳を細めて、
そっと眠る彼女の頬に触れてため息を吐いた。
――翌朝。
オデットは目をさますなり硬直した。
「――あの」
ちょうど額にキスをされたのだろう、頬をするりと撫でるおおきな手に鼓動がはやくなる。
期待しても無駄だというのを重々承知しているのに。
「おはよう、よく眠っていたね」
「は、はい、おかげさまで」
気まずい。
オデットはそそくさとベッドからおりた。
なぜランヴァルドがそうした行動をするのかがわからない。
「もう行くのかい?」
背にかかる言葉に緊張しながら、オデットは頷いた。
「今日は早めに来るよう言われているので」
嘘だが。
「私はそんな話、聞いていないが」
副団長をつとめているランヴァルドにそう言われてしまうと返す言葉がない。
失敗したと思いながら次の言葉を探す。
「お、お友達の手伝いがあるのです」
「……そうか」
なんだか小さなため息が聞こえた気がする。
(安心なさったのでしょうか)
好きでもない女と夫婦の演技をするのは疲れるだろう。
ついつい卑屈に考えながら、オデットは別室に移動して制服に着替え、
朝食もとらずに屋敷をとびだした。
……。
「……彼女は私を好きではないのだろうね。
以前いないと言っていたが、本当は誰か心に決めた相手がいたのだろうか」
オデットが早々に屋敷を出て行ったあと、ランヴァルドは執事にそう呟いた。
「仮にいらしたとしても、旦那様はあきらめになられないのでしょう?」
「まあね」
しれっとこたえた主人に、執事は苦笑をこぼす。
「旦那様にはアンネリース様との噂話もありますし、
オデット様はそれを信じていらっしゃるのでは?」
「……まぁ、たしかに彼女が初恋の相手ではあるよ、だがありえないだろう、
私とアンネリースがそんなに仲良く見えるかい?
このあいだだって「よくも私のかわいいオデットを」と殴られたばかりだよ。
彼女が天使のように清楚で美しいのは妹の前だけだ」
ほとんどの男がそれで騙されるけどね、と彼はつけたした。
「オデット様はそれをご存知ないでしょう」
「そうだろうね、アンネリースが妹の前で化けの皮をはがすとは思えないよ。
……なんとかオデットの気をひきたいものだね。
妻に手をだせないのも、夫としてはつらいものがあるし」
頭痛がするよ、とランヴァルドはまたひとつため息をはいた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる