本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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四皿目 絵画王子

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 どうしてだろう、吐き気がする。
 この息苦しさと身を裂かれる思いはなんだ?

 あぁ……きっと、悲しいんだろう。
 当て付けじゃなく俺を見てほしいんだ。

 そうに決まってる。

 俺が信じさせてあげよう。
 俺は縛られてお前を愛してるわけないと。この気持ちは真実だと。

 そうだろう?
 この気持ちがお前の言う、真実の愛なんだろう?

 リシャールは微笑み、アゼルに見せつけるように向かい合わせになり俺の腰を抱く。

『さぁ、かわいいかわいい姫。諦めの悪い彼に、誰を愛しているのか教えてあげて?』
「あぁ……もちろん、俺の愛する人……」

 じっと、微笑む彼を見つめて、口元を緩める。

「──愛してるよ、リシャール。」
 ──返してくれ、俺の心を。

 ドクン、と高鳴る鼓動。
 愛を告げることの幸福。

 ニコリと幸せそうに笑顔を見せて告げたと同時に、リシャールは目を見開く。

 俺の頬を、一筋の真実が流れ落ちた。

 ポタ、ポタ、と滴る涙。

 俺を愛する王子。
 俺も、愛してる。俺は、お前の姫。

 ───なのに。

「シャル……ッ」
「あ、れ?」

 焦り一歩踏み出すアゼルを、リシャールが困惑しながらも視線で制した。

 なぜか、胸の奥が痛い。
 まるで深海に一人きりで取り残されてしまったかのように、息苦しい。

 この雫はなんだ?
 どうして俺は、泣いている。

 頬に触れると、確かに湿っている。
 いいや。手の上にも滴る雫は、今尚俺の目から降り注いでいる。

 突然溢れた止まることのない涙。
 俺は悲しくないのに、こんなに笑顔なのに。

『姫、どうした? 姫は王子の腕の中で泣いたりしないよ? 止めなさい』
「あぁ、そうだな」

 リシャールは俺の涙に、酷く顔を顰めた。

 すぐに優しい笑顔でそう声をかけられたが、その声はどう聞いても苛立っている。

 愛する人を苛立たせるなんて、だめな俺だな。

 急いで手の甲で涙をぬぐって何度も拭き取るが、それでもとめどなく涙が溢れてしまう。

 なんでだろう?
 苦しい。助けて、リシャール。助けて……リシャール、……リシャー、ル。

「とまらないよ、リシャール」

 縋るように半透明な体に擦り寄る。

 俺を助けてくれるのはリシャールの筈だ。
 胸に頬を預けて甘えるが、涙は止まることがない。

 だが、リシャールは涙する俺を、抱きしめてはくれなかった。

『なんだ……? 天使の聖法は抗えない。どんな人も姫になる。私だけのモノになるのに……』
「リシャール、どうしよう?」
『止めるんだ。心の残りカスなんてあってはならない』
「んッ、ぐ……」

 苛立つリシャールは濡れそぼった俺の瞳を、乱暴にゴシゴシと強く擦る。

 俺の心を得るにつれ、確かな実体を持ち始めたリシャールの手は、薄いまぶたに擦れて痛い。

 それでも涙は止まらない。

 ん、痛いな、痛いよ。
 そんなに強く擦ったら目が取れそうだ。

 でも構わない。お前のすることなら。愛しているから、構わないのだ。

 ──しかしそうしていると、突然体が動き、リシャールの前に出る。

「危ない……っ」

 ピシピシッ、と途端に見えない細かな刃が俺の服や髪を切りつけ、咄嗟に声が出た。
 幸い体には傷がついていないようだ。

 抑えられないアゼルの魔力の暴走がリシャールに襲いかかったようで、俺はどうにか庇い立つことができた。




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