本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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閑話 ガドと愉快な仲間たち

27(NOside)

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「!」
「しー……。怖かったろう? よく頑張ったな。後少しだけ、我慢できるか?」

 声を潜めて優しくそう言うと、タローは懸命に唇を噛んで嗚咽を我慢しながら、何度も頷いた。

 涙は我慢できないようでこれまで以上に決壊しているが、幼児のラストスパートとしては上等だ。

 シャルはタローに少し後ろへ下がるよう、伝える。

 スキル行使中、足音や声は聞こえない。

 気配察知スキルを持つ者には聞こえてしまうので小声だが、リンドブルムたちは持っていないようで、誰もシャルには気がつかなかった。

「あー……モテねぇからって野郎に、いいこと思いついたぜ。こんだけいるんだ。もうお前ら同士でくっつけばいいだろォ?」
「脳みそにカビ生えてんのかトンチキが! リンドブルムの雄はガタイがいいんだよッ! 俺らは幼年趣味だッ!」

「不可視、切断」

 フォン、と魔法陣が現れる僅かな反応が、ちょうどガドの飄々とした煽りでかき消される。

 おかげでシャルは、うまく見えない魔法陣を二枚形成できた。

 その頃にはシャルの周りのリンドブルムはみんな動きを止め、目を見開いているだけだ。

 ものの見事に僅かに瞳を震わせることしかできない、ただの木偶となっていた。

 ガドの掴みどころのない会話に噛み付くグルガーは、それに気づかない。

 仮に気がついていても、タローの奪還を阻止することはできないだろう。

 動けるものがシャルに飛びかかるより、彼が娘を抱き上げて身を隠すほうが、ずっと早い。

 バツンッ、と檻の鉄柵が綺麗に切断される。

 それと同時にシャルがなでるように鉄柵に触れると、ただの鉄の棒になったそれは、落下音をたてる前に召喚魔法域へ消えていった。

 魔法陣の効果を重ねることや、順に魔法を空白時間なく使用すること。

 魔力がブレたり混ざる可能性があるのにも関わらず、システムのような正確さだ。

 人間とはいえ、真面目で勤勉なシャルの丁寧さありきだろう。

 この愉快なパーティーで、彼には一切チートと言われる能力はないのだ。

 使える魔法陣の膨大な種類は、強制。
 多少多めの魔力量は、強引に引き上げられただけ。

 残る剣技も体術も魔法も、ひたむきに鍛錬した結果だった。

 故にシャルは正面から戦えば負けてしまう上に、属性魔法も使えない。

 それでも勤勉故の記憶力と経験から基づく動きは、十分馬鹿らしい。

 職業がお菓子屋さんでは、絶対に使用しない戦闘力だ。
 戦うお菓子屋さんなんて聞いたことがない。

 シャルの周りは魔族だらけで、唯一仲間の人間は勇者。

 基準を破壊するお馬鹿な天才に囲まれている為、常識のボーダーラインがひっちゃかめっちゃか。

 しかしこの場の誰も、本人すら全く気がついていないが──彼もまた異常な人間なのだ。

 ガドが連れてきた愉快な仲間たちは、実はトンデモ夫夫である。

 類友で概ね間違いない。

 シャルの魔法陣によって、タローが囚われていた檻には、子どもが這い出るには十分な出口ができた。

 怪我はないタローは、自分で出ることができる。

 しかしシャルはあえてそうしなかった。



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