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十五皿目 正論論破愛情論
62(sideガル)
しおりを挟む事の発端は精霊族が千年に一度行う儀式──〝神霊封じ〟。
精霊城の中央には、ぽっかりと空いた広い空間がある。
そこに建つ光焔万丈とした神殿の奥には、〝神扉〟という宙に浮かんだ扉があるのだ。
その扉のむこうには、かつて精霊族が封じた神々の末端に属する神霊が封じられている。
末端とはいえ神だ。無碍にもできず、侮るなんてもってのほか。
だからこそ用心深く、扉には厳重な鎖がかけられ、二重になっていた。
扉の奥では神が精霊族に報復しようと機を見ていたが、精霊族の叡智を結した封印は、並大抵のことで内側から壊せるわけがない。
人々は畏怖した。
故に神として祭り上げ、溢れ出る霊力の恩恵を受けるべく、崇め鎮めた。
盲目的な信仰と敬意を持って、漠然と思考停止し、暮らすことにしたのだ。
だからこそ、普段は危険ではなかった。
神とて、とても打ち破れない封印を満身創痍で引き裂き、自分を崇める存在を破滅に追い込むのはめんどうだ。
それよりも信仰を得て力をつけ、おとなしくしているほうがずっと良かったのだろう。
──だがしかし。
二重扉の奥の封印が、強力すぎるが故に持続できず、千年周期で緩むことに気がついた。
その時ばかりは、封じられた神が優位に立てたのだ。
完全に外へ出られずとも、あたりを蹴散らす程度は容易なくらい、拘束が緩む。
怯え恐る精霊族は、封印を施錠しなおすために、鍵を作った。
そしてその鍵をかける役目として、鍵をかける時に神霊の餌食になるだろう、哀れな一つの卵を作った。
どの種族の能力も──神霊の持つ呪いの能力をも受け付けない、特別な卵を。
鍵を携えて、内部に侵入できる存在を。
精霊族の世界を守るための、千年に一度の供物を。
その名を、〝ジズ〟という。
十年前までの自分を、ガルは典型的な精霊族の姿だと思っている。
四大精霊であるガルは次期精霊王の第一候補だった。そうなるものだと思っていたし、そうなろうとも考えていた。
だが、精霊族はしばしば、人間が魔法を使う時に、使い魔として呼び出されることがあるのだ。
そうしてガルは出会った。
虫のように弱く、哀れなほど孤独で、されどひたむきな、人間の少女の契約者に。
そして──彼女から、学んだのだ。
『生贄になるために生まれてくる同族の命に疑問を抱かないなら、あなたはきっと、他種族の私がここでこうして死ぬことも、自然の理だと受け入れられるわね』
細く小さな手をガルの頬にあてて、優しい笑顔で冷たくなっていく彼女に。
『よかった……大切なおともだちを、泣かせずにすんだわ』
友達を失う息苦しさを。
それが効力を発したのは、怪我を負って時期精霊王の権利を失った時だった。
典型的な精霊族の思考回路にバグが生じたガルが、ジズの卵を密かに渡り鳥に託して逃がしたのは、当てつけだったのかもしれない。
懺悔だったのかもしれないし、供養だったのかもしれないし、宣戦布告だったのかもしれない。
ガルはジズの卵に最低限の教育を施した。言葉を教え、ジズという存在、精霊族や神、扉のことも教えた。
そして、彼女の教えを最優先に伝えた。
『弱く、孤独で、生きる未来を持たないジズ。それでもお前は、お前が死んで心から涙する友人を、仲間を、家族を作れ』
──世界を敵に回すエゴを押し通せ。
ガルは、ジズを生贄にさせないと決めたのだ。
それが大勢の人間に魔物だと蔑まれ殺された彼女を守れず、使い魔の契約を破棄された自分の、まだ取り返せる間違いである気がしたから。
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