僕《わたし》は誰でしょう

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第一章

比良坂すずと、その周辺

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          ◯


 井澤先生ともっとお話ししたかったな、と思う。
 あの人といれば、じきに何かを思い出せるかもしれない。

(にしても、さっきはなんであんなに急いで帰っていったんだろう?)

 共用トイレで手を洗いながら顔を上げると、目の前の鏡にはぼくの顔が映っていた。

 比良坂すず。女。高校二年生。
 透き通るような白い肌に、肩下まで伸びるやわらかな髪。わずかに垂れ目がちで可憐な瞳は、どことなく庇護欲を掻き立てる。

(これはそこそこモテるだろうなぁ)

 誰もが見惚れるような美人、というよりは、もっぱら男性受けに特化した『可愛い子』という印象だった。

 もしかしたら井澤先生も、この容姿に釣られてつい過保護な扱いをしているのかもしれない。でなければ、わざわざ自分の担当でもないクラスの生徒の見舞いになんて来るだろうか。

 まあ、あの人がただ優しい先生だというだけの可能性もあるけど——と、あれこれ考えながら廊下に出たところで、

「あっ。やっと見つけた! すず——っ!!」

 甲高い声が、勢いよくこちらへと迫ってくる。
 ハッとして目を向けると、廊下の奥から一人の少女が全速力で走ってくるのが見えた。どこかの学校の制服を着ているので、高校生だろうか。長く伸びた髪はポニーテールにしている。

「えっ。ちょっ……」

 数秒と経たない内に、彼女はタックルするかのごとくぼくの体にぶつかってきた。勢いで後ろへ弾き飛ばされそうになったが、彼女がこちらの背中に腕を回して抱き留めたことで、ギュッとハグをされる形で静止する。

「もー! 部屋にいないから心配したよ! ていうか、この三日間ずっと心配してたんだから!!」

「えっと、キミは……?」

 廊下の真ん中で熱い抱擁を披露したまま、ぼくは恐る恐る尋ねる。

「えっ。あたしのことわかんない!? やっぱり記憶喪失って本当なの!?」

 声がデカい。
 さすがにこんな所で個人情報を叫ばれると困るので、ひとまず中庭にでも出ないかと提案する。

「うんうん。行こう、中庭! すずと話したいこといっぱいあるんだよ。……あっ、でもちょっと待って。ももちゃんも今すずのこと捜してるから、合流しないと!」

 言うが早いか、彼女は手にしたスマホを操作する。どうやら『桃ちゃん』なる人物も見舞いに来てくれているらしい。
 学校の友達だろうか。この様子だと、二人とも普段から一緒にいる仲良しグループなのかもしれない。

 桃ちゃんは一体どんな子だろう。彼女とつるんでいるということは、その子もやはりテンションが高いのだろうか。期待と不安とが入り混じる複雑な気持ちで待っていると、

「あっ。桃ちゃん、こっちだよー! こっちこっち!」

 そう手招きされた先にいたのは、制服に身を包んだ女子高生……ではなかった。
 廊下の先から現れたのは、白いワイシャツに濃紺のスラックスを纏った、一人の男子生徒だった。
 
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