僕《わたし》は誰でしょう

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第二章

十年の空白

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「臓器移植で記憶が移るなんてこと、本当にあるんですね」

 ぼくはまだ夢見心地だった。
 赤の他人から角膜を移植されたことで、その人の記憶が転移する。そんな現象は、映画やドラマなどのフィクションの中だけのお話だと思っていた。

「正直、俺もびっくりしてるよ。この十年間、あるかどうかもわからない記憶転移の可能性だけを信じて、キミの臓器を追ってきたけれど……。キミのその角膜以外の臓器はみんな、すでに役目を終えてしまった。肺も、心臓も、もう一つの角膜も。移植された移植患者レシピエントとともに、すでに亡くなってしまった。誰もがキミの記憶を思い出すことはなかった。たった一人、比良坂すずキミだけを除いて」

 井澤さんを十年も動かしてきたそれは、おそらく執念だった。現実に起こるかどうかもわからない記憶転移を信じて、そんな長いあいだぼくを追いつづけるなんて、正気の沙汰ではないと思う。

 やがて祭り会場を一通り見て回ると、今度は少し道を逸れて、街の方へ繰り出してみることにした。

 ぼくはきっと、この土地の出身なのだと思う。
 今はまだはっきりとは思い出せなくても、街のいたる所に見覚えのある場所が存在する。だからこうして街を散策していれば、いずれは決定的な事柄を思い出せるかもしれない。

「おっ! ショッピングモールはっけーん!」

 と、沙耶が道の先を見てテンションを上げる。桃ちゃんと違って、彼女は今のこの状況下でも楽しんでいるようだ。いや、もしかしたらそういう風に明るく振る舞っているだけかもしれないが。

「あっ。あっちは昔ながらの商店街! 今じゃ絶滅危惧種だよねぇ」

 ショッピングモールに商店街。どちらもかなりの年季を感じさせる佇まいで、今も現役であることがむしろ不思議なくらいだった。そして、どちらも例によってぼくには見覚えがある。

「この辺りにも、ぼくは来たことがあると思う。というより、日常的にここを利用してた……のかな」

 朧げな記憶の中で、この辺りを歩いていた感覚を思い出す。
 老朽化の進んだアーケード。道の途中で急に姿を現す石造りの鳥居。疎らな人通り。

 と、そこへチリン、と鈴を鳴らしながら自転車が通りかかった。
 白いセーラー服に紺色のスカートとリボンを付けた、中学生くらいの女の子。今は夏休みの時期なので、部活の帰りだろうか。

 走り去る彼女の後ろ姿を、ぼくは半ば無意識のまま目で追っていた。律儀にヘルメットを被るその姿に、強い既視感を覚える。

「あの制服も、見覚えがある……」

 どこかの中学校の制服。夏仕様の、紺色のスカートとリボン。ふわりと風に舞うスカートの裾が、記憶のどこかでフラッシュバックする。

 ぼくは自転車の少女から目を離すと、今度は彼女が通ってきた道の先を見つめた。

「こっちの方角に、中学校があるよね。ここからそう遠くない。歩いていける距離の所に」

 ぼくはフラッシュバックした記憶を頼りに足を踏み出して、やがて走り出した。
 この先に、学校がある。
 おそらくはぼくが通っていた場所。

 十年前に死んだぼくの、まだ生きていた頃の思い出が、そこにあるような気がした。
 
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