僕《わたし》は誰でしょう

紫音

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第二章

魂の在処

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 人の記憶は体のどこに宿るのだろう?
 脳か、心臓か。はたまた体の全ての細胞か。

 もしも細胞に記憶が宿るなら、他人の角膜を移植された人間は、その他人の記憶を引き継ぐことができるのかもしれない。

 ぼくはいま、自らの身をもって、それを実証しようとしている……。



「あっ、かき氷の屋台だ! 井澤さーん。あれも欲しい!」

「遠慮ってものを知らんのか、キミは」

 甘い声の沙耶に強請られ、井澤さんは渋々と財布を取り出す。
 そんな彼らの後方で、桃ちゃんはひとり明後日の方向を向いていた。心ここに在らず、といった様子でぼんやりと空を眺めている。きっと、今のぼくが『比良坂すず』ではないことに強いショックを受けているのだろう。大事な幼馴染、それも密かに想いを寄せている相手が別人と入れ替わっているなんて知ったら、こんな風になってしまうのもわかる。

「キミは何も食べないのか?」

 いつのまにか、井澤さんが隣に立っていた。彼の手元にはたこ焼きの載ったトレーが二つあり、そのうちの一つをこちらへ差し出してくれる。

「育ち盛りだろ。食べとけ。途中で倒れられても困るからな」

 彼は有無を言わさずトレーをこちらに押し付けて、今度は桃ちゃんのもとへと向かう。そうして同じようにたこ焼きを勧めたが、彼には断られたようで、仕方なく自らそれを食べ始めた。

「それで、どうだ? そろそろ何か思い出せそうか?」

 出来立てアツアツのたこ焼きを口に頬張りながら、彼は聞く。
 ぼくの中に存在する、比良坂すずとは別人の記憶。
 しかし今はまだ、決定的なことは何も思い出せない。この町を見て『懐かしい』という感覚は確かにあるけれど、ぼんやりとそう感じるだけだ。この右目の所有者が一体どんな人物だったのかはまだ何も見えてこない。

「あの……。井澤さんが知っているその人は臓器提供者ドナーで、実際に角膜を提供してくれたわけだから……今はもう、この世にはいないってことですよね?」

 十年前、比良坂すずに角膜を提供したドナー。ということは、その人は十年前の時点ですでに亡くなっていたということだ。

「俺に質問ばかりしていると、ただの推理ゲームになってしまうぞ。問いかけるなら、自分の胸に聞いた方がいい」

 その通りだった。彼から情報をせがんでばかりでは、ただの人当てクイズになってしまう。さながら『私は誰でしょうゲーム』だ。

ぼくは……。たぶん、お祭りが好きだったんですよね。ここの景色を見ているだけで、とてもワクワクするんです」

 確信を持って言えるのはそれだけだった。生前の『ぼく』はきっと、一年に一度のこの花火大会のことを毎年心待ちにしていたのだと思う。

「そうだな。……あいつは祭りが好きだった。十年前のあの日だって、直前まで楽しみにしてたんだ」

 そう言った彼の声は優しかった。まるで大切な人のことを思い起こすような、確かな慈しみの心がそこに滲んでいた。

「井澤さんにとって、その人はどんな存在だったんですか?」

「そうだなぁ。俺にとっては、かけがえのない存在だったよ。キミが俺のことをどう思っていたのかはわからないけどな」

 彼のその言い方は、ぼくとその人を完全に同一視していた。
 ぼくの中にはその人の記憶があり、そして記憶の中に、その人の魂が宿っている——暗にそう言われたような気がして、ぼくはそのとき初めて、『自分』の居場所がここにあるような気がした。
 
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