僕《わたし》は誰でしょう

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第三章

巡る季節

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          ◯


 中学に入って二度目の夏休みがやってきた。

 今年こそは、美波と二人で花火大会に行けると思っていた。
 けれど当日はあいにくの雨模様で、それも台風に見舞われた大荒れの天気だった。

『残念だけど、今年の花火は中止だって』

 約束の時間ギリギリまで自宅で待機していた俺の元に、美波からSNSのメッセージが届く。

 雨天中止。覚悟はしていたことだが、この一年間ずっと楽しみにしていた分、落胆は大きかった。

 せめて彼女の声だけでも聞きたくなって、俺はすぐに電話をかけた。そうして「来年こそは一緒に行こうな」と、去年と同じ約束をした。



 やがて夏休みが明けると、今度は生徒会選挙の時期がやってくる。

 この頃には俺の成績もかなり上がっており、兄には到底及ばないものの、両親からの期待値もゼロではなかった。「生徒会長に立候補しなさい」と父から急に言われたのもこの頃だった。
 俺は話半分に聞き流していたが、それを美波に打ち明けると、

「いいじゃん、生徒会長。やってみなよ」

 彼女の口からそう言われると、単純な俺はついやる気を出してしまった。

 結果はまさかの当選。
 俺は晴れて生徒会長となり、柄にもなく在校生のリーダーとなったのだった。



「……なんか、凪がどんどん遠くにいっちゃうような気がする」

 夏の残暑も過ぎ去り、木枯らしが吹き始めた頃。
 美波は少しだけ寂しそうに電話でそんなことを言った。

 生徒会活動が忙しくなってから、俺はロクに演劇同好会の方へ顔を出さなくなっていた。いつのまにかメンバーはさらに増えたらしく、もうじき同好会から部活動へと昇格するらしい。
 もともとは俺と美波とで立ち上げた二人だけの同好会が、俺の知らぬ間にどんどん大きくなっていく。

「凪はもう進路とか決めてるの? やっぱり将来はお医者さん?」

「そうだな……。気は進まないけど多分、親が無理矢理にでも医者にしようとすると思う。兄貴ほど良い大学には行けないだろうけど、俺も俺なりに勉強はするつもり」

「そっか。じゃあ将来は『井澤先生』だね」

 先生、という響きは何だかくすぐったかった。もともとは学校の授業もサボりまくる問題児だったのに、そんな男が先生だなんて呼ばれる立場になれるのだろうか。



 そうして季節はどんどん巡り、気づけば俺たちは中学三年生になっていた。
 美波とはクラスが離れ、ただでさえ彼女と会う機会が減っていたのに、これでは教室で顔を合わせることもなくなってしまう。

 ただ一つの救いは、生徒会活動の中に『朝の挨拶運動』があることだった。
 生徒会役員は皆、毎朝校門前に立ち、登校してくる生徒たちに挨拶をする運動があるのだ。

「おはよう、美波」

「うん。おはよう、凪」

 毎朝この時間だけは、必ず美波と会える。
 それが俺にとってどれだけ大きな意味を持っていたか、彼女はきっと知らないだろう。



「そういえばさ。僕、このあいだの誕生日に臓器提供の意思表示をしたんだ」

 ゴールデンウィークに入り、久方ぶりに美波と顔を合わせた日。彼女は晴れやかな笑みを浮かべてそんなことを言った。

「意思表示? って、あれか。保険証の裏とかにあるやつ」

「そ。保険証を持ってる人は、あそこに丸とサインをするだけで意思表示になるからね。あとは年齢制限があったけど、僕もやっと十五歳になったから」

 十五歳になれば、臓器提供の意思表示ができる——それを俺が教えたのは、確か二年前の夏だった。

 俺たちがまだ一年生だった頃。
 部活動見学で映画鑑賞部を訪ね、『僕《わたし》は誰でしょう』の映画を観て、美波は記憶転移の物語に魅せられていた。

「もしかして、まだ記憶転移のことを信じてるのか?」

「別に本気で信じてるわけじゃないよ。でも、いずれ僕が死んだら、どうせなら誰かにこの心臓を使ってほしいと思うし、あわよくば男性の体に移植されたらいいなって。それぐらい夢を見てもバチは当たらないでしょ?」

 彼女のその思いは、一体どこまで本気だったのだろう。

 男になりたい。
 そう願ってきた彼女は、最後まで俺の想いに気づくことはなかった。



 そして迎えた、中学三年の夏休み。
 約束の花火大会を目前にした頃、運命の日は唐突にやってきたのだった。
 
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