40 / 62
第三章
巡る季節
しおりを挟む◯
中学に入って二度目の夏休みがやってきた。
今年こそは、美波と二人で花火大会に行けると思っていた。
けれど当日はあいにくの雨模様で、それも台風に見舞われた大荒れの天気だった。
『残念だけど、今年の花火は中止だって』
約束の時間ギリギリまで自宅で待機していた俺の元に、美波からSNSのメッセージが届く。
雨天中止。覚悟はしていたことだが、この一年間ずっと楽しみにしていた分、落胆は大きかった。
せめて彼女の声だけでも聞きたくなって、俺はすぐに電話をかけた。そうして「来年こそは一緒に行こうな」と、去年と同じ約束をした。
やがて夏休みが明けると、今度は生徒会選挙の時期がやってくる。
この頃には俺の成績もかなり上がっており、兄には到底及ばないものの、両親からの期待値もゼロではなかった。「生徒会長に立候補しなさい」と父から急に言われたのもこの頃だった。
俺は話半分に聞き流していたが、それを美波に打ち明けると、
「いいじゃん、生徒会長。やってみなよ」
彼女の口からそう言われると、単純な俺はついやる気を出してしまった。
結果はまさかの当選。
俺は晴れて生徒会長となり、柄にもなく在校生のリーダーとなったのだった。
「……なんか、凪がどんどん遠くにいっちゃうような気がする」
夏の残暑も過ぎ去り、木枯らしが吹き始めた頃。
美波は少しだけ寂しそうに電話でそんなことを言った。
生徒会活動が忙しくなってから、俺はロクに演劇同好会の方へ顔を出さなくなっていた。いつのまにかメンバーはさらに増えたらしく、もうじき同好会から部活動へと昇格するらしい。
もともとは俺と美波とで立ち上げた二人だけの同好会が、俺の知らぬ間にどんどん大きくなっていく。
「凪はもう進路とか決めてるの? やっぱり将来はお医者さん?」
「そうだな……。気は進まないけど多分、親が無理矢理にでも医者にしようとすると思う。兄貴ほど良い大学には行けないだろうけど、俺も俺なりに勉強はするつもり」
「そっか。じゃあ将来は『井澤先生』だね」
先生、という響きは何だかくすぐったかった。もともとは学校の授業もサボりまくる問題児だったのに、そんな男が先生だなんて呼ばれる立場になれるのだろうか。
そうして季節はどんどん巡り、気づけば俺たちは中学三年生になっていた。
美波とはクラスが離れ、ただでさえ彼女と会う機会が減っていたのに、これでは教室で顔を合わせることもなくなってしまう。
ただ一つの救いは、生徒会活動の中に『朝の挨拶運動』があることだった。
生徒会役員は皆、毎朝校門前に立ち、登校してくる生徒たちに挨拶をする運動があるのだ。
「おはよう、美波」
「うん。おはよう、凪」
毎朝この時間だけは、必ず美波と会える。
それが俺にとってどれだけ大きな意味を持っていたか、彼女はきっと知らないだろう。
「そういえばさ。僕、このあいだの誕生日に臓器提供の意思表示をしたんだ」
ゴールデンウィークに入り、久方ぶりに美波と顔を合わせた日。彼女は晴れやかな笑みを浮かべてそんなことを言った。
「意思表示? って、あれか。保険証の裏とかにあるやつ」
「そ。保険証を持ってる人は、あそこに丸とサインをするだけで意思表示になるからね。あとは年齢制限があったけど、僕もやっと十五歳になったから」
十五歳になれば、臓器提供の意思表示ができる——それを俺が教えたのは、確か二年前の夏だった。
俺たちがまだ一年生だった頃。
部活動見学で映画鑑賞部を訪ね、『僕《わたし》は誰でしょう』の映画を観て、美波は記憶転移の物語に魅せられていた。
「もしかして、まだ記憶転移のことを信じてるのか?」
「別に本気で信じてるわけじゃないよ。でも、いずれ僕が死んだら、どうせなら誰かにこの心臓を使ってほしいと思うし、あわよくば男性の体に移植されたらいいなって。それぐらい夢を見てもバチは当たらないでしょ?」
彼女のその思いは、一体どこまで本気だったのだろう。
男になりたい。
そう願ってきた彼女は、最後まで俺の想いに気づくことはなかった。
そして迎えた、中学三年の夏休み。
約束の花火大会を目前にした頃、運命の日は唐突にやってきたのだった。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる