45 / 62
第三章
君を追って
しおりを挟む◯
それから三日後、美波の臓器提供が決まった。
提供されるのは、心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球の七つだ。
どれも綺麗な状態で、移植には問題なさそうだということだった。
臓器は全て無事なのに、脳だけが助からなかった。脳へのダメージが、美波の命を奪ったのだ。
「美波……」
摘出前に、最後に一度だけ美波の顔を見せてもらった。本来なら親族でさえ対面できないタイミングだったが、院長の孫である特権を使って、特別に会わせてもらった。
すでに脳死判定は済んでいるが、心臓はまだ動いている。
人は死の間際に聴覚だけが残るなんて迷信がある。この声が届くかはわからないが、俺は最後に彼女へ語りかけた。
「美波、俺さ……記憶転移のこと、信じるよ。キミが言っていた、いつか男になれるかもしれないって話。移植された先で、キミの記憶が、魂が、そこに存在するかもしれない。だから俺、捜しにいくよ、美波のこと。どれだけ時間がかかっても、キミが帰ってくるのを待ってるから。だから、また会おうな」
彼女が最期の瞬間に何を思っていたのか、俺は確かめたかった。
彼女の死は自殺だったのか。
それとも不慮の事故だったのか。
あるいは、俺たちに殺されたのか。
その真実を確かめるためにも、もう一度彼女に会いたい。
会って、今度こそ、彼女のことをありのままで受け止めたいと思った。
◯
バラバラになった臓器は、全国のあちこちへと運ばれていった。俺は祖父の権限を秘密裏に利用し、本来なら知ることのできない個人情報を取得して、美波の臓器の行方を追った。
学業の合間に、休日を利用して一人で遠出し、美波の臓器を持つ移植患者の状態を観察する。術後に何か変わったことはないか。何か記憶を思い出す兆候のようなものはないか。
手の込んだストーカーのような気分だった。実際にそうだったのかもしれないが。
移植手術は必ず成功するというわけではない。手術には高度な技術が要求される上、術後に感染症を起こしたり、臓器そのものに対して体が拒絶反応を起こすこともある。
美波の臓器は、幸い手術自体に問題はなかった。
だが、受け入れる側の体が高齢であったり、もともと持病があったりなどで、長く生きられる人間は少なかった。時間の経過とともに、美波の臓器ごと、移植患者たちは一人、また一人とこの世を去っていった。
小腸から始まり、腎臓、心臓と、彼女の臓器がどんどん死んでいく。やがて俺が大学を卒業する頃には、たった一つ、右目の角膜だけが残っている状態だった。
(やっぱり、記憶転移はフィクションの中だけなのか……)
すでに諦めの気持ちが頭の片隅にあった。
右目の角膜を移植された患者——比良坂すずは、どこからどう見ても愛らしい少女だった。見た目も中身も、世間一般的に言う『男らしさ』など欠片もない。仲の良い幼馴染二人に囲まれ、毎日が楽しくて仕方がないという風に笑っていた。
そして、転機が訪れたのは今年の夏。美波の死から十年が経ち、もうじき夏休みのシーズンがやってくるという時期のことだった。
比良坂すずが高校からの帰り道で交通事故に遭い、意識不明に陥った。
その情報を受けて、俺はすぐに彼女の元へ向かった。
また、車との衝突事故だ。俺は十年前の事故を思い出し、絶望的な気持ちになった。
また、彼女を奪われてしまう。命だけでは飽き足らず、臓器まで。なぜそんな不幸ばかりが起こるのかと、俺は神を呪った。
幸い、比良坂すずの命に別状はなく、入院して二日ほどで意識を取り戻した。右目も無事で、俺はホッと胸を撫で下ろす。
良かった。これでまた、彼女の右目を観察する日々は続く。
帰り際にもう一度だけ彼女の様子を見に行こうと、病室の前で聞き耳を立てていたときのことだった。
部屋の中から聞こえてくる会話に、俺は耳を疑った。
「あのさ。僕は、体は女だけど……心は男だった、ってことはない?」
4
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる