43 / 51
第四章
選んだ道
しおりを挟む◯
二〇二五年十二月二十五日、正午。
その日は明け方から雪が降っていた。
「にしても、まさかクリスマスまでお前と一緒に過ごすことになるとはなぁ」
色気もへったくれもないな、とぼやく栗丘の隣で、絢永は胸の前で合わせていた両手を下ろし、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
「しかも場所も場所ですしね。こんな日に神社で神頼みだなんて」
二人の前には古びた賽銭箱と、天井から吊るされた鈴緒があった。
わざわざこんな日に神社を訪れる人の数は少なく、境内はしんとした静けさに包まれ、そこへ音もなく雪がちらちらと舞い降りてくる。
栗丘と絢永はいつものスーツ姿ではなく、それぞれ私服で、厚手の上着やマフラーなどで寒さを凌いでいた。
「それで、お前はもう決めたのか?」
「当然です」
絢永は体ごと栗丘へ向き直ると、曇りのない瞳をまっすぐに向けて言った。
「僕も、御影さんと共に行きます」
「だろうな。お前ならそう言うと思ってたよ」
ははっと困った顔で笑う栗丘に、絢永も言い返す。
「あなたもそのつもりでしょう。わかってるんですよ」
「へいへい。御影さんが用意してくれた、またとないチャンスだもんな」
御影が考えた二つ目の案。
それは、『門』の周囲に結界を張り、その内側で栗丘瑛太を迎え討つ、というものだった。
——例の巨大なあやかしが門を通れるのは、せいぜい指先程度。栗丘瑛太の体さえこちらに取り返せば、奴を無力化することができる。
御影の言葉を思い出しながら、栗丘は頷く。
「俺を囮にすれば、俺の父親は必ず門のこっち側に現れるってことだな」
絢永も同じように頷いて言う。
「御影さん自身の体を結界の札とするので、制限時間は、御影さんの体が焼き切れるまでです。短時間でケリを付けることができれば、それだけ全員の生存率は上がります」
これまで栗丘たちが使用してきた紙の呪符は、効力を失うと共に燃え尽きて灰になった。
今回は御影の体を札の代わりとするので、彼を生還させるためにも出来るだけ早く決着をつけなければならない。
「失敗すれば僕らが全滅するだけでなく、御影さんという盾を失ったこちらの世界は、これまで以上に深刻な被害を受けるかもしれない。いわば世界を道連れにする選択になりますが、それでもやりますか?」
「御影さんだって端からそのつもりだろ。この選択をすれば、お前は家族の仇を討つことができるし、俺は自分の父親と再会することができる」
「再会したそばから、また失うことになるかもしれないんですよ。それでもいいんですか?」
「自分の息子とその相棒の手で引導を渡されるなら、父さんも本望だろうさ」
言いながら、栗丘は頭上の空を仰ぐ。
「あとは、『門』の出現する場所だな。さすがに御影さんでも、出現場所までは事前に特定できないって言ってたし」
「マツリカさんの能力があれば、あるいは予測できたのかもしれませんけどね」
「……ふーん。そんなにあたしのことが必要なら、特別に一緒に行ってあげないこともないけど?」
と、そこへ聞き慣れた生意気な声が届く。
二人がほぼ同時に後ろを振り返ると、参道の先には一人の少女——マツリカが立っていた。
相変わらずパンク系ファッションに身を包んだ彼女は、まるで寒さなど感じていないかのように白い太ももを露わにしている。
「マ、マツリカ。お前いつのまに? ……まさか俺たちの話を聞いてたのか?」
気まずい顔で栗丘が尋ねると、彼女はイタズラっぽく八重歯を覗かせて笑った。
「別にあんたたちの会話を盗み聞きしたんじゃなくて、ミカゲから全部聞いたんだよ。十年ごとに開く特別な『門』の話も、あんたの父親のこともぜーんぶ」
その発言から、絢永は推察する。
「ということは、御影さんも、マツリカさんを一緒に連れて行くことに決めたのでしょうね」
直前まで、御影はマツリカの身を危険に晒すことに消極的だった。
しかし門の場所を予測するには彼女の嗅覚が不可欠である。
さらに言えば、彼女が常々望んでいた『門の向こう側』へ干渉する機会を、このまま彼女に黙っているべきかどうかで悩んでいたのだ。
「マツリカさんの意思を尊重するなら、僕も、彼女を一緒に連れて行くことに賛成です」
「そういうこと! 十年に一度しか開かないなら、このチャンスを逃す手はないでしょ。十年後なんて、自分が生きてる保証だってないんだから」
彼女本人がその気であり、後見人である御影が了承しているのなら、それを否定する理由はないと栗丘は思った。
「なら、みんなで行くか。大晦日のあやかし退治。もとい、栗丘瑛太の奪還作戦!」
「何そのネーミング。超ダサいんですけど」
「いっ、いいだろ別に!」
そんなやり取りを見て、絢永はくすりと小さく笑った。
「ちなみにミカゲはまだICUに入ってるから面会はできないよ。連絡を入れるならスマホに、だってさ。でも大晦日の昼までには何が何でも退院するって」
「また無茶ばっかりしてあの人は……」
「俺たちも当日は万全の態勢で臨めるようにしなきゃな。ってわけで、ちゃんと体力を付けるためにもまずは腹ごしらえしようぜ!」
わいわいと明るい声を響かせながら、彼らは肩を並べてその場を後にする。
やがて境内には雪がしんしんと降り積もり、世界は白一色で満たされる。
さらにそこから数日をかけ、雪が完全に解ける頃、一年の最後を飾る運命の日は、太陽と共にやってきた。
0
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
あばらやカフェの魔法使い
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる