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第四章

決戦、百鬼夜行

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 二〇二三年十二月三十一日、午後四時半。
 日没を前に栗丘たちが集まったのは、警視庁本部庁舎の前だった。

「うん。やっぱり、ここだけあやかしのニオイがとんでもないことになってる。『門』が開くのはここで間違いないよ」

 マツリカが言った。
 彼女はいつものパンク系ファッションの上から大きめのパーカージャケットを羽織っており、その内側には御影から渡された防弾チョッキが仕込まれていた。

「ありがとう、マツリカ。君を巻き込むのは不本意なんだけれどね」

 掠れた声でそう弱々しく言う御影はまだ本調子ではなく、自力で立ち上がることもできないため、車椅子に身を預けていた。

「一番死にかけてる奴が何言ってんの? ていうか、こんな時まで仮面を被る必要ある? あんたの素顔はもうみんな知ってるのに」

 彼女の言うように、御影はこの期に及んで狐の面を顔に貼り付けていた。

「だって気味が悪いだろう。体はどう見ても初老の男なのに、首から上だけは二十年前から何も変わっていないんだ。あの事件で、門の向こう側からの干渉を受けたこの顔の皮膚は、当時のまま時間が止まってしまっている。どうせ奇異な目で見られるのなら、ふざけた面でも被っていた方が無難だよ」

 門の向こうにある『あちらの世界』では、時間の流れがこちらとは異なるらしい。
 その影響を受けた御影の顔は、当時負った傷とともに不変のものと化してしまったのだ。

 しかしそれを抜きにしても、もともと女顔がコンプレックスだった御影は面を被ることを好み、素顔を隠すことで他者との会話が良くも悪くも適当になった——というのは、平泉からの評である。

「そういうわけだから、栗丘くん。君の父親も、おそらくは二十年前から姿は変わっていない。十年前もそうだったからね。私と違って全身に影響を受けている彼は、君の幼い頃の記憶に残る父親そのものだ。そんな彼を、君はためらいもなく撃つことができるのかな?」

 御影は車椅子に腰掛けたまま、首だけを振り向かせて背後を見る。
 すぐ後ろに待機していた栗丘と絢永はいつものスーツ姿だったが、腰に提げたポーチにはありったけの弾倉を詰め込んでいた。
 
「できます。きっと本人だって、それを望んでいるでしょうから」

「そうだね。憑代となった彼の原動力である『恨み』の心も、きっと本人が正気なら否定したいだろうから。わざわざこの警視庁舎で門が開こうとしているのも、彼の意思が影響しているのかもしれない」

 敷地の周りには他部署から応援で駆けつけた警察官たちが配置されているが、残念ながらあやかしを見ることのできない彼らは戦力外である。
 もしも結界を破られれば、どれほどの被害が出るかはわからない。

「日の入り予定時刻まで、あと五分です」

 絢永が腕時計を確認しながら言った。

「それじゃあ、そろそろ始めようか」

 言うなり、御影は狐の面をそっと外す。
 そうして現れた美しい顔の表面には、彼自身の血で書かれた文字が連なっていた。
 さらに着物の襟をはだけさせると、その胸元にもびっしりと血文字が綴られている。

「これより私の体は、結界の呪符となる。この警視庁舎の敷地の内外は、何人なんびとたりとも出入りすることは許されない」

 御影が胸の前で両手を組むと、途端に全身の血文字が青い光を放ち、それは敷地全体を包み込むように広がっていく。
 そうして薄闇に包まれた夕暮れの景色は、一瞬にして赤から青へと塗り替えられた。

「来るよ!」

 マツリカが空を見上げ、栗丘と絢永も同じように頭上を仰ぐ。
 すると、それまであやかしの気配すらなかった冬の空気がぐにゃりと歪んで、今まで感じたことのない、身のすくむような重苦しい霊気が二人を包んだ。

 この世ならざるモノ。
 それも、おびただしい数を凝縮させた濃厚な気配。

 やがて太陽の沈んだ西の空の雲間から、ぞろぞろと迫り来る百鬼夜行が見えた。

「いくぞ、絢永!」

「言われなくても!」

 二人はそう掛け合いながら前に出る。
 懐の銃に手をかけるが、まだ抜きはしない。

 あやかしの大半は、素手で触れればたちまち消えてしまうようなひ弱なものである。
 銃を抜くのは最終手段。
 それまでは、出来る限り体術での応戦を試みる。

「ガアアアアァァッ!!」

 有象無象の物の怪は、そのほとんどが栗丘に牙を向けた。
 あやかしにとって有益な血。
 それを求めて、彼らは栗丘の小さな体を四方八方から取り囲む。

「よし、来い! まとめて返り討ちにしてやる!」

 その宣言通り、栗丘があやかしの群れに回し蹴りをお見舞いすると、足先に触れたモノからたちまち蒸発するようにして消えていく。

「なんだ。思った以上に楽勝じゃねーか」

「調子に乗らないでくださいよ。あやかしはまだまだ襲ってきます。できるだけ体力を温存させておかないと、年明けまで保ちませんよ」

「わかってるって!」

 『門』が閉じるのは大晦日の終わり——新年の明ける午前零時ちょうどである。
 それまでの約七時間、あるいは栗丘瑛太の体を奪還するまで、二人は戦闘を続けなければならない。

 と、さっそく油断した栗丘の右脚に、どこからともなく伸びてきた細長いものが絡みついた。
 そのまま勢いよく引っ張られて、栗丘はたまらず尻餅をつく。

 見ると、その細長いものは束になった黒い髪の毛だった。
 それはあやかしの群れの奥から伸びており、本体の居場所までは目で確認することはできない。

「わっ……。あ、絢永、助けてくれ!!」

 ずるずると足を引っ張られ、転んだままあやかしの群れに吸い込まれていく栗丘を見て、絢永はチッと舌打ちする。

「言ってるそばから、あなたって人は!」

 すかさず髪の根元がある方へと走り、絢永は大きく腕をしならせてあやかしの群れを払う。
 しかしその正体を暴く前に、さらに奥から伸びてきた髪の束が絢永の上半身に絡みついた。
 
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