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第三章
相棒がちょっとデレ始めた
しおりを挟む生意気だった後輩の態度が、ここ最近、少しずつやわらかくなってきている気がする。
「センパイ、今です!」
絢永が遠くからそう叫んだのを合図に、栗丘は脇目も振らずその場から駆け出した。
直後、すぐ後ろで激しい衝突音があり、敵の攻撃が降ってきたことを理解する。
そのまましばらく走ってから振り返ると、音のあった場所には一人のスーツ姿の女性が倒れていた。
日没後の、暗く静まり返った小学校のグラウンド。その真ん中で、あやかしに取り憑かれていたその女性はすでに意識を失っていた。
代わりに体の中から這い出てきたのは、青白い顔をした女のあやかしだった。
長い黒髪に痩せ細った四肢。衣服を一切身につけていないその体は、鎖骨や肋骨などが浮き出ているのが遠目からでもわかる。
「……おいで、坊や。私のもとへ」
掠れた声で女が言う。
しかし、その右肩にはすでに絢永の放った札が貼り付いている。もはや身動きができないその女のあやかしは、未練がましく栗丘に呼びかける。
「怖がらなくていいのよ。ほら、早く……。素敵なところへ連れていってあげるから」
「悪いけど遠慮しとくよ。絢永、頼む!」
栗丘がそう言った瞬間、大型遊具の陰に隠れていた絢永がトドメの銃弾を放った。
ドン、と腹に響く重低音とともに、女のあやかしは木っ端微塵となって霧散する。
それを見届けてから、栗丘は丸めた拳を夜空に突き上げて飛び上がった。
「よっしゃあ! 今日も任務完了! おつかれさん!」
「やりましたね、栗丘センパイ」
やがて歩み寄ってきた絢永が笑顔で右手を差し出してきたので、栗丘もそれに合わせてハイタッチする。
「今回も完璧な命中率だったな、絢永。にしても、さっきの走り出す合図はかなりギリギリだったんじゃないか? あやかしの気配がめちゃくちゃ近かったからヒヤヒヤしたぞ」
「センパイの足なら逃げ切れるとわかっていましたからね」
躊躇いもなくそんなセリフを口にする後輩に、栗丘はちょっと照れ臭くなる。
それを誤魔化すように、未だ意識を失ったままの女性の方へ目をやった。
「まったく。あやかしって本当に人騒がせだよな。年上から逆ナンされる経験なんて初めてだったからびっくりしたよ」
今回あやかしに憑かれていたこの女性は二十代後半の小学校教師で、ここ数日、周囲の児童たちへの接し方に問題があったことから御影がマークしていたのである。
そこへ私服姿の栗丘を囮として彼女に差し向けたところ、見事に食いついてきたのだった。
「あのあやかしは『子とり子とり』といって、子どもを標的にしますからね。憑代になったこの女性も、子どもに対して何かしら執着があったんでしょう」
「だからって俺に小学生のフリをさせるのはちょっと無理があったんじゃないか? いくら身長が低めだからってさ。俺、もう二十三だぞ?」
大きめのフード付きパーカーにハーフパンツを無理やり着せられた栗丘の姿は、絢永からすればどう見ても小学校の高学年くらいにしか思えなかった。
しかしそれを口にすると途端に機嫌を損ねることはわかっているため、あえて言及しない。
「で、今日はこの後どうするんだ? まだ晩飯も食べてないだろ?」
「もちろん、センパイの家に寄っていきますよ」
まるでそれが当たり前だとでもいうように、絢永は迷いなく言う。
栗丘が初めて彼を自宅に招き入れたあの日から、今日で二週間。ここ最近はほぼ毎日のように、仕事終わりには二人そろって栗丘の家のリビングで夕食を済ませていたのだった。
(こいつ、最近ほんとによく笑うようになったよなぁ)
出会った当初はあれだけツンケンしていた生意気な後輩が、ここ数週間ですっかり角が取れて穏やかな表情を見せるようになった。
まるで人間を嫌っていた野良猫が少しずつ警戒を解いて人懐こくなってきたかのようで、意外と可愛いところもあるんだな、と栗丘もこそばゆい気持ちになる。
「あ。でもお前、いつも門限はどうしてるんだ? あんまり遅くなると怒られるだろ」
「そこは御影さんがいつも話をつけてくれているので大丈夫ですよ。なんなら朝帰りでも、おそらくは問題ないです」
絢永が現在身を置いている警察の寮には門限がある。
かつては栗丘も新米時代にそこで生活していたため、規則の厳しさには参っていた覚えがあるが、絢永に至ってはそれ程ではないらしい。
それは彼がキャリア組のエリートで特別扱いされているからなのか、あるいは御影の庇護で自由にさせてもらっているからなのか。
どちらにせよ、可愛げのある後半が伸び伸びと生活できているならそれでいいか、と栗丘は思った。
「そんじゃ、この人の意識が戻ったら、まずは食料の買い出しだな。とその前に、ばあちゃんの所に寄ってってもいいか?」
「もちろんです」
こうして二人肩を並べて病院を訪れるのも、最近の恒例になっている。
そして祖母は絢永の顔を見る度に、
「あら。今日は新しいお友達を連れてきたの? とってもハンサムねえ」
そう言って頬を赤らめるのも、もはやお馴染みの光景となっていた。
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