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第四章
手加減はなしで
しおりを挟むとは言ったものの、今はお互いに銃を向けて牽制し合っている状態である。
ここから次の行動に移るのは難しい。
それに気になるのは、父の持つ弾数。
一体いつから所持しているのかもわからない彼の銃には、何発の弾丸が装填されているのか。
(弾の残数を気にしながら闘うなら、そう安易には撃ってこないはずだ)
そう確信して、一旦心を落ち着けるためにも深呼吸をしようとした栗丘の正面で、引き金にかけられた父の指が不意に動く。
「え? ちょっ……」
ドン! とためらいもなく二発目が放たれ、栗丘は咄嗟に首を傾けてそれを避ける。
危うく顔面を貫かれるところだったが、弾丸は頬を掠めて後方の闇の中へと消えていった。
「おいおいおいおい、冗談だろ!?」
危険を察してすぐさま後退を始めた栗丘に、父は再び狙いを定める。
間もなく三度目の銃声が上がり、今度はスーツの裾部分が乾いた音を立てて弾け飛んだ。
その隙に、絢永もまた手元の銃を発砲する。
しかし栗丘瑛太は無駄のない動きでそれをかわすと、低い姿勢のまま絢永の方へ突進した。
「なっ……——かはッ!」
目にも止まらぬ速さで絢永の懐へと潜り込んだ栗丘瑛太は、勢いのまま腹に膝蹴りを入れる。
絢永はたまらず息を詰まらせ、銃を取り落とす。
それを空中でキャッチし、栗丘瑛太は一歩後ろへ飛び退くと、改めて二丁の銃を構えた。
「だめだ、父さん!」
このままでは絢永が撃たれてしまう。
栗丘もまた銃を構え、父親の手元に狙いを定める。
即座に発砲し、それは見事に父の右手に命中した。
血飛沫とともに片方の銃が弾け飛ぶ。
薄闇に舞った鮮やかな赤を目にして、栗丘は怯んだ。
絢永は腹の痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちて咳き込む。
対して栗丘瑛太は特に痛みを感じている様子もなく、血塗れの右手をじっと見つめた。
栗丘は手元の銃を両手で握り直し、今度は父の脳天に狙いを定める。
しかし、
「ひどいじゃないか、みつき。父さんにこんなことをするなんて」
うすら寒い微笑みを浮かべながら、父が言った。
「そんな言葉に騙されないぞ。俺は父さんと約束したんだ。必ず、父さんを止めてみせるって」
「なら、あやかしを撃てばいいだろう。わざわざ俺を殺さなくたっていいじゃないか」
言いながら、こちらに体を向ける父の背後で、ゆらりと黒い影が立ち上る。それはサイズこそ小さいが、父に取り憑いているあの巨大なあやかしの一部で間違いなかった。
あのあやかしを撃てば、父の体は解放されるかもしれない。
(いや、惑わされるな!)
いま栗丘が手にしているのは対人間用の銃であり、あやかしを撃つには懐に忍ばせた専用の銃に持ち替える必要がある。
そんなことをすれば、その隙に父は間違いなく撃ってくるだろう。敵はそれを狙っているのだ。
騙されてなるものか、と栗丘は歯を食いしばる。
だが、
(あのあやかしだけを撃てば、父さんは助かるかもしれないのに……)
もはや捨て去ったはずのわずかな希望が、栗丘の胸に陰を落とす。
「栗丘センパイ!!」
と、その声で栗丘はハッと我に返った。
気がついた時には、父は引き金を引いていた。
ドッ、と右腕に重い衝撃が走る。
父の放った弾丸は、栗丘の二の腕を貫通していた。
「…………ぅぐあッ……!」
呻き声を上げながら、栗丘はその場にうずくまった。激痛の中、銃を手放さなかったのは意地だった。
「ありゃ。心臓を狙ったんだけどな。やっぱり利き腕じゃないと上手くいかないな」
へらへらと笑いながら言う彼の隙をついて、絢永は床に転がっていた銃を回収しようとしたが、すぐに気づかれて再び蹴りを入れられる。
「がはっ!」
床に倒れ込み、力なく咳をした絢永の腹に、さらなる蹴りが飛んでくる。三度、四度と繰り返され、やがて呻き声すら上がらなくなった。
「ははっ。どうした、もう終わりか? 俺を殺すんじゃなかったのか? 俺を生かしたまま御影の結界が破れたら、今度こそ日本は終わりかもしれないぞ?」
父の言う通り、この結界が破れたらどれだけの被害が出るかわからない。
父の血を手に入れ、強大な力を持ったあのあやかしが、こちらの世界へやっくる。
たとえ『門』を通れるのが指先程度だけだったとしても、多くの人間を食すのは簡単なことだろう。
なんとしても、ここで父を仕留めなければならない。
栗丘はその場にうずくまったまま、利き腕ではない左手で銃を構え、半ばヤケになって引き金を引いた。一発、二発と連続で撃つが、いずれもあらぬ方向へと軌道が逸れる。
父は何食わぬ顔でそれらを見送りながら、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。
やがて一発も命中させられないまま、ついに弾切れを起こした。
栗丘は慌てて腰のポーチから弾倉を取り出そうとしたが、負傷した右腕は思うように力が入らない。震える手でなんとか装填できたと思った頃には、父はすぐ目の前まで迫っていた。
「まだまだだな、みつき。お前が警察の犬なんかにならなければ、命ぐらいは見逃してやったんだけどな」
言い終えるが早いか、父は息子の顔に横蹴りを入れ、床に薙ぎ倒す。
負傷した右腕が下敷きになり、栗丘は低い呻き声を上げたが、そこへさらに父の靴底が患部を踏みつけた。
「があああああぁぁ……ッ!!」
二の腕が熱い。
心臓が脈打つのに合わせて、ドクドクと血が溢れ出ていくのがわかる。
口の中も切れたようで、鉄の味が広がる。
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