あやかし警察おとり捜査課

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第四章

最後の願いと親子の約束

 
 式神の作り方は単純だ。
 対象となる者の全身の血を抜いて、そこに使役者の血を注ぎ込めばそれで完成する。
 
 あやかしの式神と化した栗丘の母親は、もはや人間と呼べる存在ではなかった。
 だから警察は、彼女を見捨てるしかなかったのだ。

「そうだ。警察はお前の母さんを見殺しにした。二十年前の、あの日に」

 父は険しい顔でこちらを見つめながら、遠い日の記憶を辿る。

「大晦日の夜に『門』が開いて、あの巨大な手が母さんを襲った。俺が現場に駆けつけた時には、すでに遅かった。全身の血を抜かれ、あやかしの血を注がれた母さんの体はもう、母さんのものじゃなかった。だから『始末しろ』と上から言われたんだ。警察の連中から。自分の妻を、この手で殺せと」

 言いながら、彼は両手で頭を抱え込んだ。ぎょろりとした目を足下に向け、怒りとも悲しみともつかない顔で、がしがしと髪をかき乱す。
 その様はまるで自我を失いかけた獣のようで、栗丘はその悲痛な胸の内を思った。

「それが、父さんの持つ『恨み』の感情なんだね。あやかしに憑かれて、憑代になった父さんが十年前にも人を襲ったのは、母さんの復讐のためだったんだ」

「ああ、そうさ。警察という組織全体、そしてその上に立つ総理大臣も含めて、みんな同じ目に遭わせてやろうと思った。ご丁寧に十年前のあの日は、首相が身近な人間を集めて呑気にパーティーなんて開いていたからな。一網打尽にするには丁度良かったよ」

 絢永の誕生日パーティーのことを言っているのだろう。当時の首相の孫である絢永は、十年前の大晦日の夜に家族を失ったのだ。

「あいつらは母さんにどんな仕打ちをしたと思う? 二十年前のあの日、あいつらは慈悲を乞う俺と御影を押し退けて、四方八方から母さんを囲んで銃撃したんだ。どれだけ凄惨な光景だったかわかるか。あんなものを目の前で見せられて、狂わない方がどうかしてる」

 母親の遺体は、当時まだ幼かった栗丘の目に触れさせられることはなかった。爆発に巻き込まれた、と警察からは聞いていたが、実際には蜂の巣状態だったのだろう。

「お前なら、俺の悲しみをわかってくれるよな。警察あいつらは人殺しで、誰よりも野蛮なんだ。都合の悪いことは隠蔽して、何食わぬ顔で正義ヅラする。俺の妻を殺したのだって、世の中のためだったんだと。そんな腐り切った組織なんて、存在しない方がいい。今すぐにでも、俺がこの手で壊してやりたい」

 言いながら、わなわなと震える両手を見つめる。
 そんな父の姿に、栗丘は目を伏せた。

「父さんの気持ちは、よくわかったよ。誰だって、大事な家族を殺されたら心穏やかにはいられない。復讐したくなる気持ちは、俺にだってわかる」

「みつき……」

「だからこそ——」

 栗丘は再びゆっくりと瞳を開くと、正面から向けられた、父親の縋るような視線を受け止める。

「だからこそ、俺に止めてほしいんだろ? 恨みの心で復讐の鬼と化した自分を」

 その言葉に、栗丘瑛太は一度大きく目を見開いて、そして、心底嬉しそうに口元を綻ばせた。

「さすがは、俺の息子だな」

 それは肯定の意だった。

 親馬鹿な笑みを向けてくる父親に、栗丘は「ううん」と首を横に振った。

「俺じゃなくて、あんたの相棒のおかげだよ。御影さんは、あんたのことを何もかもお見通しだったんだ」

「なら話が早い」

 栗丘瑛太はその場に立ち上がると、両手を広げ、自らの息子をまっすぐに見つめて言った。

「俺の恨みの心はもう止まらない。たとえ実の息子であるお前が相手でも、手加減は一切できないだろう。だから全力で来い、みつき。必ず、俺の息の根を止めてくれ」

 父の覚悟は決まっていた。
 おそらくはずっと前から。

 門の向こう側で、時間の影響を受けない体と心とを持て余しながら、今日という日を心待ちにしていたのだ。

「わかったよ、父さん。俺が必ず、全部終わらせてやる」

 母のぬくもりに別れを告げ、栗丘もその場に立ち上がる。

 やがて眩い光が辺りを包み、そこで再び意識は途切れた。


          ◯


「……けてください、栗丘センパイ!!」

 鬼気迫るその声で、栗丘はハッと目を開いた。

 気づいたときには、銃口がすぐ目の前にあった。
 いつのまにか床に倒れ込んでいた栗丘の鼻先に、見慣れた黒い拳銃が突きつけられている。
 その持ち主は、つい先ほどまで話し込んでいた栗丘瑛太その人だった。

 彼は今やくたびれたパジャマ姿ではなく、全身に返り血を浴びたスーツ姿でそこに立っていた。おそらくは十年前か、あるいは二十年前に浴びた同胞たちの血だろう。
 虚ろな目で、にたりと笑うその顔は、もはや自我が残っていないようにも見える。

 栗丘は事態を把握した瞬間、全身を跳ねさせるようにして横へ飛び退いた。

 直後、ドン、と至近距離から銃声が響く。
 間一髪のところでそれを避けると、慣性の力を利用して立ち上がり、距離を取った。

 すかさず後ろに控えていた絢永が敵の心臓を目掛けて発砲する。
 しかし相手はひらりと体を傾けてそれをかわす。

 栗丘のずば抜けた運動神経は父親譲りである。その身のこなしには目を見張るものがあった。

「助かったよ、絢永」

 栗丘は懐から取り出した銃を構えながら、絢永の方へ歩み寄る。

「ギリギリでしたね。さすがにもう駄目かと思いましたよ」

 絢永もまた銃口を栗丘瑛太へと向けたまま答える。

「それにしても、ここは一体……」

 栗丘は改めて周囲を確認した。
 薄闇に包まれたその場所は、見渡す限り何もなかった。床はコンクリートのように固く、頭上には空も天井もない。ただ薄暗い空間がどこまでも広がっているだけ。

「もしかして俺たち、門の向こう側に来ちまったのか?」

「その可能性は高いです。ですが、まだ微かに御影さんの気配があります。おそらくはまだ彼の結界の中です。この結界が破れない限り、元の世界へ帰る方法はあります」

 あの巨大なあやかしの手に招かれて、彼らは門の向こう側へと引き込まれてしまった。しかし御影の結界の内側にいる彼らは、まだ完全に『あちらの世界』に到達したわけではないらしい。

「ここは、いわば境界の最たる場所。人間もあやかしも、僕ら以外にここへ入り込める者はいないでしょう。あの巨大なあやかしも、あなたの父親の体を介してしか接触してこないはず」

「なら、思う存分あいつとやり合えるってことか! ……って、マツリカはどこに行ったんだ?」

「あの子なら、きっと大丈夫でしょう。誰よりも悪知恵の働く子ですから。きっと安全な場所から高みの見物でもしているんじゃないですか?」

「それもそうだな!」

 マツリカに対する二人の評価は散々なものだったが、言い換えればそれだけ彼女を信用しているともいえる。

「御影さんの結界も、あとどれくらい保つのかわかりません。あまり時間は残されていませんよ」

「ああ。さっさとケリを付けてやる!」
 
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