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4 誤解
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廊下の暗がりから出て来たのは、白髪に青い目の男性だった。深紅の長いローブをまとっている。
ふと、嗅ぎ慣れない、でも、よく知ってるはずの匂いが鼻を衝いた。それは、部屋に焚き染められた香の匂いに紛れ、すぐにわからなくなった。
「お前が、メレンクール王からの貢物か」
男性が聞いた。
貢物? 私は首を傾げる。
「花嫁かと聞いている」
「は、はい!」
慌てて答える。
すると、この人がロシュフォイユ皇帝ワッツァ?
「初めまして。皇帝陛下にはご機嫌麗しゅう何よりに存じます」
「御託は無しだ」
尊大にワッツァは言い放った。
「早急に、お前の雇い主の元へ向かってほしい」
「雇い主?」
「そうだ。メレンクール王には、息子につける女を寄越せと言ったのだ。一応は、我が息子だからな。養育係がいい加減な女では困る。ところがやつは、花嫁を送り込んできた」
……それがわたし? え? 養育係って?
「な、何か誤解があったようですね」
「誤解もくそもあるか。子どものめんどうを見るのは、母親でなくちゃならない。息子の母親なら俺の妻であるはずだと、あの老いぼれは言い張ってな」
自分の妻なら、残酷に殺すことはないと、父は踏んだのだろうか。あるいは、皇帝の妃の祖国となれば、メレンクールが征服されることはないと目論んだのかもしれない。
「やれ、式はちゃんと挙げろ、結婚の儀礼《プロトコル》はきちんと守れって、うるさいったらありゃしない。お前は、そんなに大したタマか?」
赤味を帯びたブルネットの癖の強い髪。伏し目がちでいつもまつ毛に隠れている茶色の瞳。小柄で、起伏の乏しい体形。
自分がきれいでも可愛くもないことは、よく知っている。思わず俯いてしまった。
ワッツァは肩を竦めた
「だが、まあ、息子を育てる女は必要だ。それも人間の。だから、この話に乗ることにした」
どうやらすぐに殺されることはなさそうだと、胸をなでおろした。
わたしは、竜王の息子のお守り役として連れて来られたらしい。頑張って、その務めを果たせば、当分は、生きていられるかもしれない。
「任せて下さい。息子さんのことは、大切にお世話させて頂きます」
ワッツァは鼻を鳴らした。
「結婚式は挙げて来たのか」
「代理結婚式を。叔父のフリート・ド・クラシーが花婿の代役を務めました」
ワッツァは目を眇めた。
「フリートか。騎士団長のあの男を殺せなかったのは残念だった」
ぞっとした。ワッツァは、わたしの叔父を殺したかったと言い放ったのだ。
「メレンクールで結婚を済ませたのなら、ロシュフォイユでの式典は不要だな。外国から客を呼んだり、花や菓子やらを誂えるのはめんどうだ。お前にくだらんドレスやら宝飾品やらのガラクタを与える気もない」
「はい」
きれいなドレスや宝飾品。そんなものに興味はない。わたしはただ、当座生きられればそれでいい。
「ならお前は、わがロシュフォイユの皇妃だ。しっかりわが息子を養育するように」
「……はい」
「本当に人間というのはわずらわしいな。儀式だの身分だの。そんなものがなければ、己の尊厳を保てないのか」
ワッツァは、「妻」というものにまるでこだわっていない。どうやら竜にとって婚姻は、それほど大切なものではなさそうだ。
帝王の妻であってもそれは変わらないようだ。だから息子の養育係に過ぎない女に、あっさりと皇妃の身分をくれてやったりするのだ。
「お前、肺は丈夫なほうか?」
唐突にそんなことを問う。
「特に虚弱だと言われたことはありません」
「そうか。だが、せっかく見つけた人間の付き人にあっさり死なれたら、また次のを探さなくちゃならん。めんどうだから、予防策をとっておこう」
ワッツァは、いきなり腰に帯びていた剣を抜いた。現れた刀身が、ぬめりを帯びたように白い。
血の気が引いた。
やっぱり。
やっぱりわたしは殺されるんだわ。異母妹のロゼッタの代わりにロシュフォイユに送り込まれて、それなのに宮殿に着きもしないうちに。
でも、受け入れなければ。わたしは王女。メレンクールの人々の為なら、この命を捧げても惜しくはない。
禍々しい刀身を、ワッツァは横に構えた。長い刃が、ぎろりと光る。
ふと、嗅ぎ慣れない、でも、よく知ってるはずの匂いが鼻を衝いた。それは、部屋に焚き染められた香の匂いに紛れ、すぐにわからなくなった。
「お前が、メレンクール王からの貢物か」
男性が聞いた。
貢物? 私は首を傾げる。
「花嫁かと聞いている」
「は、はい!」
慌てて答える。
すると、この人がロシュフォイユ皇帝ワッツァ?
「初めまして。皇帝陛下にはご機嫌麗しゅう何よりに存じます」
「御託は無しだ」
尊大にワッツァは言い放った。
「早急に、お前の雇い主の元へ向かってほしい」
「雇い主?」
「そうだ。メレンクール王には、息子につける女を寄越せと言ったのだ。一応は、我が息子だからな。養育係がいい加減な女では困る。ところがやつは、花嫁を送り込んできた」
……それがわたし? え? 養育係って?
「な、何か誤解があったようですね」
「誤解もくそもあるか。子どものめんどうを見るのは、母親でなくちゃならない。息子の母親なら俺の妻であるはずだと、あの老いぼれは言い張ってな」
自分の妻なら、残酷に殺すことはないと、父は踏んだのだろうか。あるいは、皇帝の妃の祖国となれば、メレンクールが征服されることはないと目論んだのかもしれない。
「やれ、式はちゃんと挙げろ、結婚の儀礼《プロトコル》はきちんと守れって、うるさいったらありゃしない。お前は、そんなに大したタマか?」
赤味を帯びたブルネットの癖の強い髪。伏し目がちでいつもまつ毛に隠れている茶色の瞳。小柄で、起伏の乏しい体形。
自分がきれいでも可愛くもないことは、よく知っている。思わず俯いてしまった。
ワッツァは肩を竦めた
「だが、まあ、息子を育てる女は必要だ。それも人間の。だから、この話に乗ることにした」
どうやらすぐに殺されることはなさそうだと、胸をなでおろした。
わたしは、竜王の息子のお守り役として連れて来られたらしい。頑張って、その務めを果たせば、当分は、生きていられるかもしれない。
「任せて下さい。息子さんのことは、大切にお世話させて頂きます」
ワッツァは鼻を鳴らした。
「結婚式は挙げて来たのか」
「代理結婚式を。叔父のフリート・ド・クラシーが花婿の代役を務めました」
ワッツァは目を眇めた。
「フリートか。騎士団長のあの男を殺せなかったのは残念だった」
ぞっとした。ワッツァは、わたしの叔父を殺したかったと言い放ったのだ。
「メレンクールで結婚を済ませたのなら、ロシュフォイユでの式典は不要だな。外国から客を呼んだり、花や菓子やらを誂えるのはめんどうだ。お前にくだらんドレスやら宝飾品やらのガラクタを与える気もない」
「はい」
きれいなドレスや宝飾品。そんなものに興味はない。わたしはただ、当座生きられればそれでいい。
「ならお前は、わがロシュフォイユの皇妃だ。しっかりわが息子を養育するように」
「……はい」
「本当に人間というのはわずらわしいな。儀式だの身分だの。そんなものがなければ、己の尊厳を保てないのか」
ワッツァは、「妻」というものにまるでこだわっていない。どうやら竜にとって婚姻は、それほど大切なものではなさそうだ。
帝王の妻であってもそれは変わらないようだ。だから息子の養育係に過ぎない女に、あっさりと皇妃の身分をくれてやったりするのだ。
「お前、肺は丈夫なほうか?」
唐突にそんなことを問う。
「特に虚弱だと言われたことはありません」
「そうか。だが、せっかく見つけた人間の付き人にあっさり死なれたら、また次のを探さなくちゃならん。めんどうだから、予防策をとっておこう」
ワッツァは、いきなり腰に帯びていた剣を抜いた。現れた刀身が、ぬめりを帯びたように白い。
血の気が引いた。
やっぱり。
やっぱりわたしは殺されるんだわ。異母妹のロゼッタの代わりにロシュフォイユに送り込まれて、それなのに宮殿に着きもしないうちに。
でも、受け入れなければ。わたしは王女。メレンクールの人々の為なら、この命を捧げても惜しくはない。
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