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16 意地悪なメイド
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ひどい熱だった。
慌てふためき、とりあえずバートラフを寝床に寝かせる。
「もっと楽な服に着替えましょう」
「いい」
寝巻着を探そうとすると遮られた。
「でも、そのお洋服は、首のあたりがきつそうです。寝巻着に着替えた方がいいんじゃないかしら」
「いいったら」
「せめて、ボタンを外しましょう」
第一ボタンまできっちりとめられているのを外そうとすると、突き飛ばされた。
「いいって言ってる!」
強い力だった。
床に立ち膝になっていたので、軽く尻餅をついたくらいだ。
「あ、ごめんなさい」
小さい声が詫びた。
こんな時まで、なんて素直で礼儀正しい子だろう。
「いやっておっしゃってるのを、無理に着替えさせようとしたわたしが悪かったのです。ごめんなさい」
わたしもバートラフに謝った。
赤い顔の中で、灰色の目が潤んだようになっている。
「殿下。お水をお飲みください。そして、眠ってしまうといいわ」
熱がある時は、とにかく水分だ。
それは鉄則。
上半身だけ起こして、バートラフは、わたしが差し出す碗を受け取った。ほんの少しだけ口に含むと、碗を返してきた。
再び、横になった彼の上に、わたしは、ふとんをこれでもかとかけた。
「汗をかけば、熱は引きます」
「うん」
すでに眠そうな声だ。
水差しとお椀を盆に乗せ、部屋を出る。
冷たい水を入れた手桶と布を持って戻ってくると、彼はもう、眠ってしまっていた。
一晩中、わたしは彼のそばにいた。
熱は、一向に下がらない。
布を手桶の水に浸して、額に乗せる。それを、何度も繰り返す。水で湿らせた布は、すぐに熱くなった。びっくりするほどの高熱だ。
大丈夫かしら。
体温計がないのでわからないが、熱は40度を超えていそうだ。
熱で、脳がやられたら? 竜だから、人間より耐久性があるのかしら。でも、竜は水棲だし。もし、逆に、人間より熱に弱かったとしたら?
心配で、いても経ってもいられなくなった。
竜の宮殿にも侍医はいるだろう。真夜中だけど、バートラフは王子だ。呼べばすっとんで来てくれるに違いない。
熱くなってしまった布を、もう一度、水に浸す。固く絞って額に乗せ、そっと立ち上がった。
バートラフは赤い顔をしていて、呼吸が荒い。本当に苦しそうだ。
長いまつ毛が目の下に陰を作っていて、不吉な気がする。
「すぐに戻ってきますね」
眠っているのを起こさないように小声でつぶやき、立ち去ろうとした。
「行かないで」
え?
今、行かないでって言った?
行きません行きません、どこにも行かないわ。ずっとあなたのそばにいるから!
「行かないで、お父様」
おとうさまって……ワッツァ?
なんてこと。あの冷酷な皇帝龍を呼んでいるの?
憮然として、わたしは、部屋の外へ出た。
広間で呼び鈴を鳴らすと、メイドがやってきた。
人間のメイドで、夜勤にもかかわらず、もう結構な年齢のようだ。
「バートラフ殿下が熱を出されたの。とてもひどいお熱よ。侍医の先生はいらっしゃるかしら」
「お医者様はいらっしゃいません」
「え?」
医者がいないの? どういうこと?
「ご自分の体はご自分でメンテナンスするというのが、皇帝陛下のご流儀ですから。殿下も、お体の御不調は、ご自身で対処しなければなりません」
「そんな」
なんて薄情な親だろう。
バートラフは高熱の床で、父親を呼んでいるというのに。
「大丈夫ですよ、皇妃様。竜人は、我々よりもずっと丈夫なものです」
宥めるようにメイドが言った。どちらかというと、竜に対して経験の少ないわたしを教え諭すような言い方だ。
「でも、バートラフの半分は人間よ? もし万が一のことがあったら?」
「その場合は、あの方の苦しみも終わるという事です」
「あなた、何を言ってるの?」
不穏な感じがした。思わず問い質す。
メイドは平然としていた。
「人と竜の間にお生まれになられた殿下は、竜達からは人の子と蔑まれ、人間達からは、竜の御業を恐れられています。彼は、どちらに属すこともできません。一人ぼっちなのです。このまま大人になられても、辛い日々を送るだけでしょう。いっそのこと、完全に竜化する前に、身罷られた方が、殿下のお為かと」
「お黙り!」
初めて、人を怒鳴りつけた。
バートラフは、宮殿に仕える人間たちの為に家庭教師を断り、一人、苦しい修行に耐えている。それなのに、大人になる前に死ねばいいとは、なんという言い草か。彼に守られている人間が言っていいことではない。
わたしが怒っても、メイドは平然としていた。むしろ、そんなこともわからないのかという風だ。
大きく息を吸って、気持ちを落ち着けた。
「あなた、名前は?」
彼女は、バートラフを害するかもしれない。
「ヨハンナ」
「ヨハンナ。下がりなさい」
一礼して、メイドは去っていった。
慌てふためき、とりあえずバートラフを寝床に寝かせる。
「もっと楽な服に着替えましょう」
「いい」
寝巻着を探そうとすると遮られた。
「でも、そのお洋服は、首のあたりがきつそうです。寝巻着に着替えた方がいいんじゃないかしら」
「いいったら」
「せめて、ボタンを外しましょう」
第一ボタンまできっちりとめられているのを外そうとすると、突き飛ばされた。
「いいって言ってる!」
強い力だった。
床に立ち膝になっていたので、軽く尻餅をついたくらいだ。
「あ、ごめんなさい」
小さい声が詫びた。
こんな時まで、なんて素直で礼儀正しい子だろう。
「いやっておっしゃってるのを、無理に着替えさせようとしたわたしが悪かったのです。ごめんなさい」
わたしもバートラフに謝った。
赤い顔の中で、灰色の目が潤んだようになっている。
「殿下。お水をお飲みください。そして、眠ってしまうといいわ」
熱がある時は、とにかく水分だ。
それは鉄則。
上半身だけ起こして、バートラフは、わたしが差し出す碗を受け取った。ほんの少しだけ口に含むと、碗を返してきた。
再び、横になった彼の上に、わたしは、ふとんをこれでもかとかけた。
「汗をかけば、熱は引きます」
「うん」
すでに眠そうな声だ。
水差しとお椀を盆に乗せ、部屋を出る。
冷たい水を入れた手桶と布を持って戻ってくると、彼はもう、眠ってしまっていた。
一晩中、わたしは彼のそばにいた。
熱は、一向に下がらない。
布を手桶の水に浸して、額に乗せる。それを、何度も繰り返す。水で湿らせた布は、すぐに熱くなった。びっくりするほどの高熱だ。
大丈夫かしら。
体温計がないのでわからないが、熱は40度を超えていそうだ。
熱で、脳がやられたら? 竜だから、人間より耐久性があるのかしら。でも、竜は水棲だし。もし、逆に、人間より熱に弱かったとしたら?
心配で、いても経ってもいられなくなった。
竜の宮殿にも侍医はいるだろう。真夜中だけど、バートラフは王子だ。呼べばすっとんで来てくれるに違いない。
熱くなってしまった布を、もう一度、水に浸す。固く絞って額に乗せ、そっと立ち上がった。
バートラフは赤い顔をしていて、呼吸が荒い。本当に苦しそうだ。
長いまつ毛が目の下に陰を作っていて、不吉な気がする。
「すぐに戻ってきますね」
眠っているのを起こさないように小声でつぶやき、立ち去ろうとした。
「行かないで」
え?
今、行かないでって言った?
行きません行きません、どこにも行かないわ。ずっとあなたのそばにいるから!
「行かないで、お父様」
おとうさまって……ワッツァ?
なんてこと。あの冷酷な皇帝龍を呼んでいるの?
憮然として、わたしは、部屋の外へ出た。
広間で呼び鈴を鳴らすと、メイドがやってきた。
人間のメイドで、夜勤にもかかわらず、もう結構な年齢のようだ。
「バートラフ殿下が熱を出されたの。とてもひどいお熱よ。侍医の先生はいらっしゃるかしら」
「お医者様はいらっしゃいません」
「え?」
医者がいないの? どういうこと?
「ご自分の体はご自分でメンテナンスするというのが、皇帝陛下のご流儀ですから。殿下も、お体の御不調は、ご自身で対処しなければなりません」
「そんな」
なんて薄情な親だろう。
バートラフは高熱の床で、父親を呼んでいるというのに。
「大丈夫ですよ、皇妃様。竜人は、我々よりもずっと丈夫なものです」
宥めるようにメイドが言った。どちらかというと、竜に対して経験の少ないわたしを教え諭すような言い方だ。
「でも、バートラフの半分は人間よ? もし万が一のことがあったら?」
「その場合は、あの方の苦しみも終わるという事です」
「あなた、何を言ってるの?」
不穏な感じがした。思わず問い質す。
メイドは平然としていた。
「人と竜の間にお生まれになられた殿下は、竜達からは人の子と蔑まれ、人間達からは、竜の御業を恐れられています。彼は、どちらに属すこともできません。一人ぼっちなのです。このまま大人になられても、辛い日々を送るだけでしょう。いっそのこと、完全に竜化する前に、身罷られた方が、殿下のお為かと」
「お黙り!」
初めて、人を怒鳴りつけた。
バートラフは、宮殿に仕える人間たちの為に家庭教師を断り、一人、苦しい修行に耐えている。それなのに、大人になる前に死ねばいいとは、なんという言い草か。彼に守られている人間が言っていいことではない。
わたしが怒っても、メイドは平然としていた。むしろ、そんなこともわからないのかという風だ。
大きく息を吸って、気持ちを落ち着けた。
「あなた、名前は?」
彼女は、バートラフを害するかもしれない。
「ヨハンナ」
「ヨハンナ。下がりなさい」
一礼して、メイドは去っていった。
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