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17 竜人の証
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医者はいない、メイドは意地悪。
可哀そうなバートラフ。
途方に暮れて病室に戻る。
バートラフは苦しそうに眉間を顰めて眠っている。
「殿下。お苦しいでしょう」
つぶやいて、胸のボタンに手をかけた。
バートラフは嫌がっていたけど、こんなにきっちり締め付けていたら、呼吸困難になってしまうかもしれない。
シャツの胸元は、ぱっつんぱっつんだった。本当に何でこの子は、こんなにきつく胸元を締め付けているのだろう。
ほとんどはじけ飛びそうになっているボタンを外して、はっとした。顎の下、首筋になにやら固いものがある。
普段は白い肌の色が、今は熱で赤く染まっている。だから、わかった。白い半透明な鱗が、常夜灯のぼんやりとした明かりを反射して、鈍く輝いていた。
首の鱗は、竜人の証。
人間のジュリアさんが自分の命と引き換えにこの世に生み出したバートラフは、紛れもなく竜の子なんだ。
あの、禍々しいワッツァ皇帝の子。
「バートラフはどうしても、父の息子であることを否定できなかった」
小説「ツェデイの聖女」の一説が頭の中でこだまする。
聖女アンジェリカからどんなに頼みにされようと、仲間の騎士たちとどんなに親しくなろうと、彼には絶対に越えられない一線があった。
自分が竜の子だという誇りだ。
それが彼を、悲劇へ導いていく。
だが、それはまだ遠い先の話だ。
わたしが救ってあげる。あなたを、破滅から。人と竜の間の子であるという呪いから。
その晩は、明け方まで、バートラフの枕元で不安な気持ちで過ごした。
呼吸は苦しげだったが、胸がぜいぜいいう気配がないのだけが、心の支えだった。
「お父様」
何度もうわごとのように、バートラフがつぶやく。
わたしは本当に、ほんとうにいたたまれなかった。
熱は、朝になっても下がらなかった。
バートラフが目を覚ました。ぽっかりと目を空けたが、何も見てはいないようだ。潤んだ瞳が痛々しい。
そっとドアを開けて、執事のマティルドが入ってきた。
年老いているとはいえ、竜人である彼は、バートラフが弱っている時は、そばにいないように心掛けているのだ。
私は目で合図をして、彼を控えの間に連れ出した。
「皇帝に会いたがっている。夜中に、何度も名前を呼んでいたわ」
マティルドははっとしたようだった。
だが、何も言わない。
「ワッツァを呼んできてほしいの。肉親である父親に甘えたいんだわ。凄い高熱よ。なのに医者も呼べない。このままじゃバートラフがかわいそうだわ」
実の親なら、子どもが病気の時ぐらい、そばにいるべきだと思う。
「それは、皇帝陛下のご下命に背きます」
しばらく無言でいた後、マティルドは応じた。
「下命?」
「バートラフ殿下に関しては、いかなることが起きようとも、自分を煩わせてはならない。陛下はそう、命じられました」
「なんですって?」
こういうのを、切れるっていうのね。
わたしはニブイから、今まで本気で腹を立てたことはなかった。
祖国メレンクールで、義母と異腹の妹たちからどんなに蔑まれても、素知らぬ顔で受け流していた。和を破るのはいけないことだから。それが家族であればなおさら。
でも、今度ばかりは違った。自分のことは平気でも、バートラフをなおざりにされるのは許せない。
「何が何でもワッツァをここに連れて来て」
歯をぎりぎり噛み締め、わたしは繰り返す。
途方に暮れ、マティルドがおずおずと尋ねる。
「陛下には、皇妃様がお呼びになっているとお伝えしてよろしいですか?」
「それは逆効果よ」
だってわたしは、子守りの為だけに連れて来られた、雇われ妻に過ぎないのだから。
「そんなことはござません。皇妃様の輿入れは、国と国との盟約でございますから。そもそも竜に妃は必要ないのです。それをあえて妃殿下を娶られたわけをお考えください」
こんな時に、マティルドはなにをぐだぐだ言っているのだろう。
「なんでもいいから、とにかくワッツァをここへ。バートラフに会わせるのよ」
バートラフの為には一歩も譲れないし、引くつもりもない。
わたしの目を見て、何かを感じたのだろうか。
朝のうちにマティルドは、コンディエンヌ城へ向かった。
可哀そうなバートラフ。
途方に暮れて病室に戻る。
バートラフは苦しそうに眉間を顰めて眠っている。
「殿下。お苦しいでしょう」
つぶやいて、胸のボタンに手をかけた。
バートラフは嫌がっていたけど、こんなにきっちり締め付けていたら、呼吸困難になってしまうかもしれない。
シャツの胸元は、ぱっつんぱっつんだった。本当に何でこの子は、こんなにきつく胸元を締め付けているのだろう。
ほとんどはじけ飛びそうになっているボタンを外して、はっとした。顎の下、首筋になにやら固いものがある。
普段は白い肌の色が、今は熱で赤く染まっている。だから、わかった。白い半透明な鱗が、常夜灯のぼんやりとした明かりを反射して、鈍く輝いていた。
首の鱗は、竜人の証。
人間のジュリアさんが自分の命と引き換えにこの世に生み出したバートラフは、紛れもなく竜の子なんだ。
あの、禍々しいワッツァ皇帝の子。
「バートラフはどうしても、父の息子であることを否定できなかった」
小説「ツェデイの聖女」の一説が頭の中でこだまする。
聖女アンジェリカからどんなに頼みにされようと、仲間の騎士たちとどんなに親しくなろうと、彼には絶対に越えられない一線があった。
自分が竜の子だという誇りだ。
それが彼を、悲劇へ導いていく。
だが、それはまだ遠い先の話だ。
わたしが救ってあげる。あなたを、破滅から。人と竜の間の子であるという呪いから。
その晩は、明け方まで、バートラフの枕元で不安な気持ちで過ごした。
呼吸は苦しげだったが、胸がぜいぜいいう気配がないのだけが、心の支えだった。
「お父様」
何度もうわごとのように、バートラフがつぶやく。
わたしは本当に、ほんとうにいたたまれなかった。
熱は、朝になっても下がらなかった。
バートラフが目を覚ました。ぽっかりと目を空けたが、何も見てはいないようだ。潤んだ瞳が痛々しい。
そっとドアを開けて、執事のマティルドが入ってきた。
年老いているとはいえ、竜人である彼は、バートラフが弱っている時は、そばにいないように心掛けているのだ。
私は目で合図をして、彼を控えの間に連れ出した。
「皇帝に会いたがっている。夜中に、何度も名前を呼んでいたわ」
マティルドははっとしたようだった。
だが、何も言わない。
「ワッツァを呼んできてほしいの。肉親である父親に甘えたいんだわ。凄い高熱よ。なのに医者も呼べない。このままじゃバートラフがかわいそうだわ」
実の親なら、子どもが病気の時ぐらい、そばにいるべきだと思う。
「それは、皇帝陛下のご下命に背きます」
しばらく無言でいた後、マティルドは応じた。
「下命?」
「バートラフ殿下に関しては、いかなることが起きようとも、自分を煩わせてはならない。陛下はそう、命じられました」
「なんですって?」
こういうのを、切れるっていうのね。
わたしはニブイから、今まで本気で腹を立てたことはなかった。
祖国メレンクールで、義母と異腹の妹たちからどんなに蔑まれても、素知らぬ顔で受け流していた。和を破るのはいけないことだから。それが家族であればなおさら。
でも、今度ばかりは違った。自分のことは平気でも、バートラフをなおざりにされるのは許せない。
「何が何でもワッツァをここに連れて来て」
歯をぎりぎり噛み締め、わたしは繰り返す。
途方に暮れ、マティルドがおずおずと尋ねる。
「陛下には、皇妃様がお呼びになっているとお伝えしてよろしいですか?」
「それは逆効果よ」
だってわたしは、子守りの為だけに連れて来られた、雇われ妻に過ぎないのだから。
「そんなことはござません。皇妃様の輿入れは、国と国との盟約でございますから。そもそも竜に妃は必要ないのです。それをあえて妃殿下を娶られたわけをお考えください」
こんな時に、マティルドはなにをぐだぐだ言っているのだろう。
「なんでもいいから、とにかくワッツァをここへ。バートラフに会わせるのよ」
バートラフの為には一歩も譲れないし、引くつもりもない。
わたしの目を見て、何かを感じたのだろうか。
朝のうちにマティルドは、コンディエンヌ城へ向かった。
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