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23 戻ってきた日常と新たな習慣
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◇
バートラフの熱が下がり、ワッツァも帝都へ帰り。
大変な一日が終わった。
その晩。
こっそりと城の地階へ続く階段を下りる。
セティ。
わたしを迎えに来て、彼はワッツァに見つかり、捕えられてしまった。
監禁されている地下牢は、じめじめした不快なところだという。暗がりと湿気で、頑丈な竜人でさえ、病気になってしまうらしい。
一刻も早くセティを外に出さなければならない。
誰に聞いても、牢獄の場所はわからなかった。ヨハンナも首を横に振った。
ワッツァは地下牢だと言った。ならば、地下をしらみつぶしに当たるしかない。
けれど、間に合うだろうか。
不安で仕方がない。
階段の先は行き止まりだった。
まただ。ここではない。
セティ。いったいどこにいるの?
◇
「お父様が来て下さった」
あれからバートラフは大得意だ。
「僕がお熱を出したら、お父様は公務をほったらかして、すっ飛んできて下さった」
「よかったわね」
棒読みのようにわたしは言う。
「お父様は、僕を大事に思って下さっているんだ」
「そうね。間違いないわ」
本当は大違いだ。
ワッツァはバートラフを殺そうとした。
でも、首に鱗が生え始めたので、すんでのところで、止めた。
後から聞いた話では、鱗が生えてきたら、成竜になるのは時間の問題だという。竜の時間だから、いったいどのくらいなのかは見当もつかないけど。
ワッツァは、バートラフが、一人前の竜になる可能性が出て来たから、息子を生かしておくことにしたのだ。
バートラフが眠っていた間の出来事を、わたしは話していない。
だって彼は、父親を、心の底から尊敬し、慕っているんだもの。孤独な少年の、たった一つの拠り所を奪うことは、わたしにはできない。
窓辺では、些かぎこちない動作で、マティルドが鉢植えの花に水をやっている。彼の右の袖は、空洞だ。残忍なワッツァは、利き腕を切り落としたのだ。
本来なら、体に欠損のある従者は解雇される。けれどバートラフは、マティルドを城に置き続けた。目にいっぱい涙をためて、自分の側にいてくれと懇願した。マティルドも、目を潤ませて、それを受け容れた。
……。
「おや、バートラフ殿下。おでかけですか?」
マティルドが声をかけた。
バートラフが、抜き足でドアから出ようとしている。
わたしは慌てた。
「ダメよ。あれだけお熱があったのだから、まだもう少し、お部屋にいましょう」
ぎろりとバートラフがわたしを睨んだ。
「僕に指図するな」
「どこへ行かれるの?」
「僕の勝手だ」
「なら、わたしも同行しましょう」
「断る」
いきなり走り出した。ぱたぱたと軽い足音が、楽し気に響き渡る。
「もうすっかりお元気になったようですね。お熱が引いてから、また一段と成長されたようです。今は、殿下の御意思を尊重することが大切です」
マティルドが断言する。バートラフが城に留まってくれと哀願した時に目を赤くした以外は、彼は全くいつも通りだ。
そうはいっても、幼児を一人で外へ出すわけにはいかない。放っておくと、普段着のまま、帽子も被らずに、宮殿の外へ出ていってしまうのだ。
「待ちなさい。こら、バートラフ!」
わたしは、彼の後を追った。
しっぽをぱたぱた振りながら(また、しっぽを隠し忘れてる!)、バートラフが向かったのは、庭園の奥にある岩場だった。
国内の奇岩を集めたという、悪趣味な場所だ。竜は空を飛ぶからいいのかもしれないが、ごつごつした岩場は、歩くのさえ容易ではない。
さすがに今度は、バートラフが近くにいるので、はしたない真似はできない。踵の高い靴で、ドレスはちょっと絡げただけで走るしかない。
可愛い尻尾を追いかけながら、何度も転びそうになった。
それなのに、バートラフを見失うことはなかった。なんだか、走る速度を調整してくれているみたい。さもなければ、ここまでついてこれなかったと思う。
けれど、屏風のように聳え立った大岩の辺りで、とうとう見失ってしまった。
「バートラフ! どこにいるの? バートラフ!」
返事はない。
そもそも、わたしがついてくるのを嫌がっていたのだから、返事などするわけがない。
「バートラフったら!」
気のせいだろうか。すすり泣く声が聞こえた。
「バートラフ?」
声は、頭上から聞こえる。岩の上だ。
確かに泣いている。
バートラフの声だ。
バートラフの熱が下がり、ワッツァも帝都へ帰り。
大変な一日が終わった。
その晩。
こっそりと城の地階へ続く階段を下りる。
セティ。
わたしを迎えに来て、彼はワッツァに見つかり、捕えられてしまった。
監禁されている地下牢は、じめじめした不快なところだという。暗がりと湿気で、頑丈な竜人でさえ、病気になってしまうらしい。
一刻も早くセティを外に出さなければならない。
誰に聞いても、牢獄の場所はわからなかった。ヨハンナも首を横に振った。
ワッツァは地下牢だと言った。ならば、地下をしらみつぶしに当たるしかない。
けれど、間に合うだろうか。
不安で仕方がない。
階段の先は行き止まりだった。
まただ。ここではない。
セティ。いったいどこにいるの?
◇
「お父様が来て下さった」
あれからバートラフは大得意だ。
「僕がお熱を出したら、お父様は公務をほったらかして、すっ飛んできて下さった」
「よかったわね」
棒読みのようにわたしは言う。
「お父様は、僕を大事に思って下さっているんだ」
「そうね。間違いないわ」
本当は大違いだ。
ワッツァはバートラフを殺そうとした。
でも、首に鱗が生え始めたので、すんでのところで、止めた。
後から聞いた話では、鱗が生えてきたら、成竜になるのは時間の問題だという。竜の時間だから、いったいどのくらいなのかは見当もつかないけど。
ワッツァは、バートラフが、一人前の竜になる可能性が出て来たから、息子を生かしておくことにしたのだ。
バートラフが眠っていた間の出来事を、わたしは話していない。
だって彼は、父親を、心の底から尊敬し、慕っているんだもの。孤独な少年の、たった一つの拠り所を奪うことは、わたしにはできない。
窓辺では、些かぎこちない動作で、マティルドが鉢植えの花に水をやっている。彼の右の袖は、空洞だ。残忍なワッツァは、利き腕を切り落としたのだ。
本来なら、体に欠損のある従者は解雇される。けれどバートラフは、マティルドを城に置き続けた。目にいっぱい涙をためて、自分の側にいてくれと懇願した。マティルドも、目を潤ませて、それを受け容れた。
……。
「おや、バートラフ殿下。おでかけですか?」
マティルドが声をかけた。
バートラフが、抜き足でドアから出ようとしている。
わたしは慌てた。
「ダメよ。あれだけお熱があったのだから、まだもう少し、お部屋にいましょう」
ぎろりとバートラフがわたしを睨んだ。
「僕に指図するな」
「どこへ行かれるの?」
「僕の勝手だ」
「なら、わたしも同行しましょう」
「断る」
いきなり走り出した。ぱたぱたと軽い足音が、楽し気に響き渡る。
「もうすっかりお元気になったようですね。お熱が引いてから、また一段と成長されたようです。今は、殿下の御意思を尊重することが大切です」
マティルドが断言する。バートラフが城に留まってくれと哀願した時に目を赤くした以外は、彼は全くいつも通りだ。
そうはいっても、幼児を一人で外へ出すわけにはいかない。放っておくと、普段着のまま、帽子も被らずに、宮殿の外へ出ていってしまうのだ。
「待ちなさい。こら、バートラフ!」
わたしは、彼の後を追った。
しっぽをぱたぱた振りながら(また、しっぽを隠し忘れてる!)、バートラフが向かったのは、庭園の奥にある岩場だった。
国内の奇岩を集めたという、悪趣味な場所だ。竜は空を飛ぶからいいのかもしれないが、ごつごつした岩場は、歩くのさえ容易ではない。
さすがに今度は、バートラフが近くにいるので、はしたない真似はできない。踵の高い靴で、ドレスはちょっと絡げただけで走るしかない。
可愛い尻尾を追いかけながら、何度も転びそうになった。
それなのに、バートラフを見失うことはなかった。なんだか、走る速度を調整してくれているみたい。さもなければ、ここまでついてこれなかったと思う。
けれど、屏風のように聳え立った大岩の辺りで、とうとう見失ってしまった。
「バートラフ! どこにいるの? バートラフ!」
返事はない。
そもそも、わたしがついてくるのを嫌がっていたのだから、返事などするわけがない。
「バートラフったら!」
気のせいだろうか。すすり泣く声が聞こえた。
「バートラフ?」
声は、頭上から聞こえる。岩の上だ。
確かに泣いている。
バートラフの声だ。
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