【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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24 ミミ

 バートラフが泣いている!
 そう思った途端、わたしは、飛び上がった。

 普段なら、こんな風に垂直に切り立った岩を上っていけるわけがない。しかも、ザイルもなしに。

 その上、何度も言うようだが、わたしはドレス姿だ。いくらロシュフォイユのドレスが軽いと言ったって、足に絡まりついて邪魔なことに代わりはない。

 それなのに、気がついたら、岩をよじ登っていた。小さな突起に手をかけ、窪みを探って足先をねじ込み。
 到底、王族のやることではない。

 前世が庶民でよかった。実は、どうしてもやってみたくて、ボルダリングを体験しに行ったこともある。足元に注意を払い、梯子を上るようによじ登っていくのだ。ほんの出来心で体験したのだけれど、経験しておいてよかった。

 ぜいぜいと息を切らし、岩のてっぺんに上りついた。

 そこは意外と広く、奥から、庇のように別の岩が出張っていた。庇の陰は、洞窟のようになっている。
 泣き声は、奥から聞こえた。

「バートラフ!」

 手に付いた砂を払って、わたしは、庇の下へ入っていった。中は薄暗かったが、辺りが見えないというほどではない。
 彼は、暗がりに蹲っていた。

「バートラフ?」

「死んじゃった」
涙声でバートラフが言う。
「ミミが死んじゃった」

「ミミ?」

 彼は白い何かを抱いていた。
 近寄って覗き込んでみる。
 ウサギの子だった。
 死んでから、時間が経つのだろう。固く硬直している。

「その子がミミ?」
「うわぁーん」

声を上げて、バートラフは泣き出した。



 泣き止まないバートラフを宥め、どうにか聞き出したことによると、彼は、この洞窟で、ウサギを飼っていたという 執事にも使用人たちにも、もちろん、わたしにも内緒で。

「だって、取られたくなかったから。ミミはとてもかわいいから、隠しておかなくちゃいけなかったんだ。そうしないと、取られちゃう」
 泣きながらバートラフが言う。

 宮殿の外の野原で、偶然、ウサギの子を見つけた。その子を連れて帰って、岩場に隠した。

 水や餌などは、バートラフ自ら運んだ。リュックを背負って、毎日、岩場を攀じ登ったという。
 一人でこなしたのだ。かなりの重労働だったろう。

「なぜ、教えてくれなかったの? お手伝いできたのに」

 宮殿には、マティルドの他にも、竜人が何人かいる。皆、お年を召しているけど、彼らなら空を飛べる。

「ミミのこと、秘密にしておきたかったから!」

 ところが、バートラフは熱を出し、寝込んでしまった。数日間、ミミの世話ができなかった。
 岩場には、水も草もない。ウサギが食べられる物はなにもない。

 熱が下がって真っ先に駆け付けたバートラフだが、手遅れだった。
 水も餌も途絶えたウサギは、死んでいた。

「僕が、ミミを殺したんだ。ごはんもお水もあげなくて。僕がミミを殺した!」

 ひときわ大きな声で泣き出した。
 この子がこんな風に泣くのは初めてだ。
 わたしの胸が、きりきりと痛んだ。

「ミミが死んだのはあなたのせいじゃないわ。だってあなたは、わざとお熱を出したんじゃないもの」

 わたしは必死で説得した。
 だって、誰かの死の責任を負うなんて、あまりに過酷だ。

 相変わらず触れると嫌がるので抱きしめることは諦め、背中をとんとんと叩く。
 そうしているうちに、ふと、強烈な既視感を感じた。

 大好きな子を、誰も知らないところへ隠してしまう。
 それはまさに、小説の中でバートラフが、聖女アンジェリカに対してやったことだ。

 彼は、好きになったアンジェリカにどう接していいかわからず、彼女を城に連れ帰り、監禁してしまう。

 幸い、すぐに聖騎士団の勇者達が彼女を救い出し、事なきを得た。しかし、この一件で、彼は仲間達から憎まれるようになってしまう。
 そしてついに、殺されてしまうのだ。

 聖女アンジェリカの拉致監禁は、いわば、バートラフ没落の引き金になった事件といえる。

 「バートラフ」
つばを飲み込み、固い背中に話しかけた。
「大事なものをなくしたくないという気持ちはよくわかるわ。でも、相手が生き物だったら、隠したらダメ。だって、わかったでしょ? あなた一人ができることは限りがある」

 涙でいっぱいの顔を、バートラフはわたしに向けた。

「でも、ミミはとても可愛かったんだ。そのままにしていたら、よその竜や人に、盗られちゃったに違いない!」

「他の人が可愛いって思ってもね。ミミはその人の所へ行ったりはしないよ。ミミもきっと、あなたを大事に思っていたはずだから」

 希望的観測だ。
 でも、子どもにとって、誰かに愛され、大事にされていると知ることは、大切なことだ。それが、将来の自信へと繋がる。

「僕を大事におもってくれる人なんて、いるもんか」
「いるわよ」
「たとえば?」

 ワッツァはダメだけど、少なくともわたしは、誰よりも彼を大切にしている。そのことをわかってほしい。でも、今、わたしがそう言っても、しらじらしく聞こえるのではないかと危惧した。

「たとえば、マティルド。彼は、自分の腕をなくしても、あなたに仕え続けているわ」
「他には?」
「あなたは知っているはずよ? エミーガルもそうだったでしょ?」

「……妃殿下はどうなの? 僕を大事に思ってる?」
 上目づかいでおずおずと問いかけてくる。

「もちろんよ。誰よりも大切だわ」

 衝動的にわたしは彼を抱きしめた。
 バートラフは、なお一層大声を上げて泣いた。



 冷たくなったミミを、岩場の間の僅かな砂地に埋め、石を何個か積み上げた。
 体を動かし、バートラフも、少しは気が晴れたのだろう。説得に応じて、宮殿へ戻ることになった。

 立ち上がった彼を見て、わたしは首を傾げた。

「バートラフ、背が伸びた?」
「ううん」
力なくバートラフが首を横に振る。

 可愛がっていたウサギの死から、まだ立ち直っていないのだろう。

 歩こうとして、顔を顰めた。
「膝が痛い」
「え?」
「時々膝が痛くなる」

 わたしは動揺した。せっかく鱗が生えて来たのに、重い病気だったらどうしよう。
「ダメよ。そういうことは、ちゃんと言わなくては。宮殿に帰ったら、よく見せてね」

「あのね」
項垂れたまま、バートラフが言う。
「ミミのこと、妃殿下になら、見せてあげてもいいと思ったんだ。ちらっと見せるだけなら」

 やっぱりここへ来る途中、彼は走る速度を調整してくれてたんだ。だからわたしは、彼を見失わずに済んだ。

 胸がいっぱいになった。
 バートラフはもう泣き止んでいるけど、今度はわたしの方が泣きそう。

 無言でバートラフは崖を下りようとする。
 わたしは慌てた。

「ダメ、先にわたしが行く」

 つまり、ドレスだ。先に彼が下りるのは、いろいろまずい。それにもし万が一、彼が足を滑らせた場合、わたしがクッションになれるしね。

 有無を言わさず、岩を下り出す。

 足先に注意を集中して、一歩一歩……あれ? 窪みがない!

 手のひらに脂汗が滲んだ。小石がてのひらに食い込む感触がする。ぐっと両手に力を入れた。はずなのに。

「きゃっ!」

 右手が滑り、続いて、左手も岩の突起から離れた。
 大岩の上部から、わたしは真っ逆さまに転落していった。


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