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22 父子対面
しおりを挟むワッツァは、バートラフの寝台の傍らにいた。
バートラフは目をつむり、眠っているようだ。熱が引いたのか、顔の赤みが取れたように見える。気のせいかもしれないけど。
ワッツァが腰の剣に手をやった。
鞘から抜こうとするその腕に、わたしは飛びついた。
「止めて! バートラフを殺さないで」
「邪魔だ、退け」
「いやです!」
「お前もともに切って捨てるぞ」
「構いません! でも、バートラフだけは助けて」
竜王の目が赤味を増した。
「出来損ないには出来損ないの子守りがふさわしいのか。だが、お前の役目もこれで終わりだ」
そんな場合ではないが、わたしはかっとした。
わたし自身はかまわない。だってわたしは、ずっと出来損ないだったから。父はわたしを見捨て、新しい妃と彼女が産んだ異母妹ばかりを大切にした。それに対し、わたしは、ただ、どうでもいいと思っただけだ。
わたしは諦めてしまった。自分という存在を。自分の生き方を。だから、竜の瘴気で早死にするとわかっていて、ロシュフォイユに輿入れした。
でも、バートラフは違う。
彼は、父親から疎まれ、辺鄙な地にある離宮に隔離されてしまった。魔力検定で失敗した彼を、父親は蔑み、今まで以上に遠ざけるようになった。
それなのに彼は、わたしと違って、絶望したり、意固地になったりしなかった。
逆だ。
なおいっそう、真摯に努力している。一日も早く、立派な竜になれるように。
「出来損ない出来損ないってうるさいわよ。あなたに、いいえ、世界中の誰にだって、彼のことをそんな風に言う資格はないわ。バートラフは半分人間なんだから、他の竜とは違って当たり前でしょ。そもそも彼に、そんな風に不安定な体を与えたのはあなたでしょうが」
「ふうん。それが、夫である皇帝に向かって言う言葉か?」
「わたしは竜じゃないわ。相手が皇帝だからって、言いたいことを我慢するようなことはしない」
ワッツァの赤い目が、すうーっと細くなった。
「威勢のいい女だ」
威勢がいい? 初めて言われたわ。わたしはおとなしいので有名だったのに。
「こんな……こんな寂しい離宮に閉じ込めて。ろくに会いにも来ないで」
それで父親だって言えるのか?
「ほほう。寂しかったか。俺が会いに来なくて?」
「もちろんよ! 周りは使用人ばかりで、頼れる人はない。夜寝るときだって、ひとりぼっちだったのよ」
それは、バートラフがわたしを拒んだからだ。本当は絵本を読んだり、昔話をしたりしてあげたかったのに、彼は、わたしが同じ部屋にいることを嫌がった。
「寂しかったのだな」
「そうに決まってるでしょ!」
「なるほど」
驚いたことに、ワッツァの目の赤みが薄れ始めた。本来の目の色に戻って、彼が言う。
「お前の為でもあったのだ。ジュリアは耐えたが、すぐに死んでしまった。お前はジュリアより遥かに貧弱だからな。だから、カミラに代役を頼んだ」
どうやらワッツァは、言い訳をしているようだ。
ジュリアというのはバートラフのお母さんで、カミラは、結婚の儀に立ち会った女官。
ん?
言い訳? 何の?
「そうだな。バートラフがいなくなれば、次のが必要だ。半竜といえど、木の又から生まれてくるわけではない。だが幸い、ここにお前というものがいる。お前はジュリアと違って、単なる公爵令嬢ではない。メレンクールの王女だ。ふむ。悪くない」
?
何が悪くないというのだろう?
尊大に威張り返って、本当に嫌な奴だ。
「とにかく、バートラフから離れて。彼を殺さないで!」
「それはできないな。まあ、いいではないか。すぐに次を作るから」
意味不明なことを口走っている。
わたしは喚いた。
「バートラフ! 起きて! 逃げるのよ。バートラフ!」
「お静かに」
わたしの口を、宮殿付きの衛兵が塞いだ。彼とは顔見知りだ。
「うぐぐ」
「お静かになさいませ。眠ったまま、摂理に任せるのが、バートラフ様の幸せというものです」
幸せ?
父親に殺されることのどこが幸せと?
口を塞いでいる兵士の手に思いっきり噛みついた。
「うわっ!」
悲鳴を上げ、兵士が手を放す。
「バートラフ! バートラフ! 起きるのよ! 起きて!」
必死の金切り声でわたしは叫んだ。
もぞもぞと布団が動いた。
「あなたは無能な竜なんかじゃない。すごく頑張って修行を続けている。だから尻尾が生えたし、首の鱗だって……」
言いかけた時だった。
「鱗だと?」
ワッツァが声を上げた。
「こやつの首に、鱗が生えてきたというのか?」
ひどく焦ったように問い詰める。
「そうよ。だから彼は間違いなく竜の子よ」
「マティルドはそんなことは一言も言っていなかった。首の鱗は、1日や2日で出てくるようなものではない。いくら執事が無能でも、全く気がつかないなどということがあるわけがない」
「マティルドは無能なんかじゃないわ」
マティルド。ワッツァを迎えに行った彼は、どうしてしまったのだろう。彼なら、ワッツァを止められるかもしれないのに。
「ならば、裏切り者と呼べと? あいつは、半竜を庇った。バートラフの命乞いをしやがったから、片腕を切り落としてやった」
思わず息を飲んだ。それが、長年使えた忠実な老いた従者に対する仕打ちだろうか。
やっぱりこの人は、人ではない。
「その上、鱗に気がつかなかったとは。もう一本の腕も切り落としてやらねばならない。それとも足にすべきか」
「白い鱗だから見逃したのよ!」
金切声でわたしは叫んだ。
「マティルドは彼に触れることがなかったから、わからなかったのよ。それが、執事の礼儀というものでしょ? でも、お熱が出て、肌が赤く蒸気したから、わたしにはわかったの」
ワッツァは聞いていないようだ。いきなりバートラフの布団を剥いだ。
「何するのよ!」
わたしは金切り声を上げて、ワッツァに飛びついた。だが、頑丈な竜人は、びくともしない。
腕の一振りで、簡単にわたしを弾き飛ばす。
こんな大騒ぎの中で、バートラフはまだ、すやすやと眠っていた。
お熱が下がって、消耗した体を回復させるために必要な眠りなのだろう。
わたしを突き飛ばして自由になった両手で、ワッツァは、熟睡している彼の襟元を広げた。
「……」
深刻な沈黙が落ちる。
「なるほど」
とだけ、ワッツァは言った。
「あるでしょ、鱗!」
じれったいので、わたしはワッツァの脇から寝台の上のバートラフを覗き込んだ。
その時、瞼が開いて、グレーに潤んだつぶらな瞳が表れた。
「ひでんか」
と聞こえた。意味が伝わらないくらい、ぼんやりした声。
でも彼は、すぐに気づいた。
「お父様! 来て下さったのですね!」
慌てて起き上がろうとする。
「よい」
ワッツァが言った。
きちんと起き上がり、はだけた胸元に気がつき、急いで調えてから、バートラフは続けた。
「僕、信じてました。お父様はきっと、来て下さるって」
「公務を残してきた。すぐに帰る」
「はい。お忙しいのに来て下さって、ありがとうございました」
ベッドの上で、礼儀正しくバートラフはお辞儀をした。
大股で、ワッツァは部屋を出て行った。
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