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21 竜の摂理と人間の情
しおりを挟むいったいワッツァは何を言っているのだろう。
理解できない。
ワッツァは、バートラフの父親だ。
なのに、息子を殺そうと?
無能だからと決めつけて?
そもそも、ただの伝聞じゃないか。彼は自分の目で確かめてもいない。
「プリンスは、無能なんかじゃありません!」
渾身の力を込めてわたしが主張すると、ワッツァの目が赤く光った。
「魔力のない竜は、摂理に反した存在だ。生きる価値がない。遅からず死ぬであろう。だが、天命に先駆けて無能な竜を殺すのは、皇帝の役割りでもある」
「殺す? バートラフを?」
信じられない。
「だってあの子は、あなたの息子でしょう?」
ワッツァは冷静だった。
「息子であるか否かは関係ない。無能な輩に生きる資格はない」
「そんな……」
あまりのことに、言葉もない。
自分の子どもなのに? バートラフは幼児なのよ? 無能かどうかなんて、まだわからないじゃない。
それにワッツァは、自分の目で確かめてさえいない。ただ、義弟の言ったことを鵜呑みにしているだけだ。
「あなたは狂ってるわ」
「俺が狂ってるだと?」
ワッツァは爆笑した。
「面白いことを言う。摂理に従おうとする俺が、狂人? 太古の昔から、竜は、欲望ではなく、自らの知性で数を制御してきたのだ」
「ついでに、その摂理とやらも間違ってます! バートラフは無能じゃないけど、無能な者にだって生きる権利はあるのよ!」
「ふん」
馬鹿にしたようにワッツァは鼻を鳴らした。
「竜も人も、従わねばならぬ天命というものがある。無能な半竜を殺すのは、俺の義務だ。口を出さないでもらおうか」
くるりと向きを変え、さっさと歩き始めた。
残されたわたしは、呆然と立ち尽くした。
セティは捕まり、ワッツァは狂っている。嵐のような狂気が、この国を支配している。それが、(形式的に)わたしが嫁いだロシュフォイユ帝国だ。ただただ、感情が恐怖を紡ぎ出す。
少しして、ようやく頭が働き始めた。
今、ワッツァは、バートラフの部屋へ向かっている。
バートラフが殺されてしまう!
わたしは飛び上がった。怖がってる場合じゃない!
邪魔なドレスを胸の辺りまでたくし上げ、高いヒールの靴を脱ぎ捨てて、走り始めた。
水色の髪、銀色の目。
「いやだ」「あっち行け」が口癖で。
でも、自分が悪いと思ったら、すぐにごめんなさいと謝ってしまう。
生えたばかりの尻尾を完全に制御することができず、何かに気を取られると、すぐに尻尾が出てしまう。
この頃は、気に入らないことがあると、ぱた、ぱた、と無意識に尻尾で床を叩いて、でも、直接文句を言ったりしなくなった。
彼は成長しているんだ。
気持ちの上で成長すれば、それは間違いなく、体の成長にも繋がる。
いずれバートラフは、竜に変化できるだろう。
彼は、竜の国の摂理に反してなんかいない。
半竜であろうと、間違いなく、彼は竜だ。
迅速な行動が必要だった。
さっき、ほんの一瞬、わたしはセティに気持ちを移した。
そのわずかな時間差で、バートラフにもしものことがあったら?
わたしは生涯、自分を許さない。
ペティコートを覗かせ、裸足の足で半狂乱に走るわたしを、すれ違った従者たちが、呆気に取られて見ている。
「妃殿下」
前に立ち塞がったのは、ヨハンナだ。バートラフは、完全に竜化する前に死んだ方がいいと言い放ったメイドだ。
彼女のことは、いずれ降格か罷免かするつもりだったけど、未だにわたしにはその権限がない。
「どいて!」
思いっきり押しのけようとする。
ヨハンナは微動だにしない。口を歪め、非難する。
「そのように足を見せるなど、はしたない、淑女にあるまじき振舞いです。お国での噂を肯定なさるようなものですよ」
メレンクールでの噂?
そういえば、わたしは淫乱と評判だったのよね。
いったいなぜそんな噂が?
いや、そんなことはどうでもいい。
「どいてったら!」
「お方様は、帝国の妃殿下であらせられます。そのようなあられもない姿で走り回るなど、もってのほか。ロシュフォイユ帝国の威信を傷つけるようなことは許されません」
「妃が足を見せたくらいで揺らぐような威信なら、初めからないほうがいいわ!」
わたしはじたばたと足踏みをした。
「それどころじゃないのよ! ワッツァがバートラフの部屋へ向かったの!」
「ようやく父君がおいでなさいましたか」
見当違いにも、ヨハンナはほっとしたようだ。
「これで殿下も安心して、ご養生できるでしょう」
「何のんきなこと言ってんのよ! ワッツァはバートラフを殺すって言ってるのよ!」
「なんですって!?」
ヨハンナの声が裏返った。
苛立ちに、わたしは気が狂いそうだ。
「竜の国の掟よ! あれ、摂理だったかな? どっちでもいいわ。とにかくバートラフを助けなくちゃ。そこをどいて!」
「妃殿下に何がおできになりますやら」
傲岸不遜にもヨハンナは腰に手を当てた。
わたしは死ぬほど腹が立った。
「なにもできなかったら、せめてバートラフの盾になる」
「人間の盾なぞ何の役に立ちましょうや。竜の光を浴びて、妃殿下の体は、すぐに蒸発してしまうでしょう」
ヨハンナがあざ笑う。
今何か、恐ろしいことを聞いた気が……。
でも、だから何だって言うの?
わたしは、バートラフの元へ行かなければならない。
ヨハンナの肩を衝いて、思いっきり突き飛ばした。
「なら、せめて彼の死体がバラバラにならないようにしてあげる。わたしの執念でよ! あとは、貴方たちがきちんと弔うのよ」
不吉なことを話しているという自覚はなかった。
自分のことはどうでもいい。
とにかく、彼の傍らにいることが大事なのだと、メイドに伝えたかった。
「皆の者、壁に向かって目を閉じよ!」
不意に大声でヨハンナが叫んだ。
「妃殿下を見てはならない。妃殿下がプリンスのお部屋に入られるまで、今いる場所を動いてはいけない」
こうしてわたしはスカートをたくし上げ、、石になったように立ち竦む従者たちの背中に見送られて、バートラフの部屋に踊り込んだ。
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