巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります

ミカン♬

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第八話 完結

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 無事に誕生した私たちの娘は、健康で、元気な女の子。
 真っ黒な髪と、日焼けしたような肌。サイラス様にそっくり。

「美人になる。顔立ちは、フィリスに似てるな」
 そう言って、夫は悩んだ末に「アイリス」と名付けた。

 一度は、手放した子。
 今度こそ、ずっと抱きしめて離さない。


 ジルナード公爵夫妻がお祝いに宮殿を訪れた。
 エリーンは幸せそうに笑いながら、
「可愛い、可愛い」って、アイリスを抱きしめた。
 彼女は今妊娠中だ、お腹も少し目立ってきた。

 対して、ジルナード様の視線はちがった。
 無言のまま、私を見据えていた。

 《——王にすると、誓ったではないか?》
 《——私を、愛していたのでは、なかったのか?》

 その目に、責めるような感情が宿っていた。
 もう、お互いに、愛情は欠片も残っていない。

 負けずに、私も冷たく睨み返した。

 《——あなたは、この国を壊す元凶だった》
 《——私は、王太子妃。無礼は、許さない》

 目を伏せたジルナード様に、エリーンが絡みつくように腕をとって、はしゃぐ。

「ねぇねぇ、ジルナード様。アイリス王女様と、うちの子が仲良くなってくれたら、いいですね」

「あ、ああ……そうだな」

 肯定のわりには、声に重みがなかった。

 そんな未来が来るかどうかは、正直なところ不透明だ。

 夫も同じようなことを考えていたのだろう。

「もし王妃のような野望を持つ者が現れたら、魔女はまた現れるだろう」

 それらしい口調だった。王太子として、順当な意見だった。


 ジルナード様は目に見えて動揺していた。

「野望……そんなこと、あるわけが……」

 部屋が静まり返る。

 エリーンが空気を読んで、早めに区切りをつけようとする。

「今日はお祝いに来ただけなので……わ、私たち、もう帰りますね」

 そのとき、不意に彼女のお腹が目に入った。

 不安がよぎった。

 ……私が、自分の子を差し出したように──

「エリーン、待って」

 とっさに声をかけていた。

「もし困ったことが起きたら、相談して。迷わずに」

 エリーンは、キョトンとした顔をした。

「お腹の子を、大切にね」

「有難うございます。妃殿下」

 声は明るく、表情は柔らかい。

「だって、この子は私の命より大切なんですもの」

 エリーンは、愛おしそうにお腹に手を添えていた。
 その姿は聖母のようで、彼女はきっと大丈夫。 

 ジルナード様が、わずかに顔をしかめた。
 彼が、野望を望まないことを、心から祈った。

 *

 
 ──数か月後。

 王妃が亡くなり、ジルナード様も心臓の病で倒れた。

 毒ではないかという噂もでて、調べられたが、結局は病と判断された。

 妻のエリーンは、取り乱すこともなく、荒れるジルナード様のそばで看病を続けていた。

 私達は見舞いを伺ったが、丁重に断られた。


 その翌月、父が倒れた。同じ心臓の病。
 急遽、兄のヘイワードが家督を継いだ。

 魔女と関わった結果としての罰。
 
 このことが外に漏れれば、公爵家は終わる。
 だから兄は、父を密かに切り捨てたのだ。

「お兄様……」

 預けた秘薬が招いた結果だった。 
 私が兄に相談した、あの時から──兄は既に動き出していた。

 そんな兄だからこそ、私は頼ったのだ。
 この罪は、私の罪でもある。

 ジルナード様が亡くなったあと、兄はエリーンを妻とし、生まれた娘を養女とした。

 兄とエリーン。
 二人の間に何があったのかは、もうわからない。
 ただ、エリーンは母として、お腹の子を守った。

 それだけは理解できる。


 * * *


 ──数年後。

 アイリスとヘルミナは、宮殿の庭で、よく遊んでいた。
 従姉妹同士、気が合うらしい。

 アイリスは三歳の誕生日に、サイラス様に頼んで猫を買ってもらった。
 それが羨ましくて、猫好きのヘルミナは、毎日のように遊びに来る。

 私は、義姉となったエリーンと親しくなっていた。
 かつてはジルナード様を愛した者同士。こうして穏やかに向かい合っているのが、不思議だった。

「兄は気難しいから、扱いにくいでしょう?」

「そうですね。でも……ヘルミナを、娘をとても大切にしてくれるんです。今度の誕生日には猫を買うって。あの子、とても楽しみにしています」

「そう、あの兄がねぇ……」

「陛下は、お優しいですから。どう、ですか?」

 最後の一言は、少し声を落として聞いてきた。

「ふふ、少しうるさいところもあるけれど、良き夫。とても幸せよ」

* 

 サイラス様は、王位を継いだ。
 ペナード国を併合し、戦力を整え、ヘリアム国との同盟に向けて尽力している。

 私も王妃としての仕事が山積みで、サイラス様と共に、多忙な日々を送っていた。

 兄は陛下の側近となり、次の宰相候補に名が挙がっている。

 これが、神が選んだ未来なのだろうか。
 私が過去に戻ったあの日から、焼け落ちていたはずの国は、着実に形を変えていった。



 やがて、私とサイラス様の間には、二人の王子が生まれた。

 アイリスは美しく成長し、ヘリアム国の王太子と恋に落ちた。
 その絆は国と国とをつなぎ、平和な同盟が築かれていくだろう。

 けれど、そこに至るまでには、越えねばならない試練があった。

 ヘリアム国で。

 ──王太子妃の座を狙う侯爵令嬢と、アイリスの睨み合い。
 愛する人を巡って、熱い火花を散らす日々。

 ──王位を狙う大公。
 そして、再び姿を現す滅びの魔女。


 でも、もう私の役目は、とっくに終わっていた。

 振り返れば、後悔ばかりの日々。罪をたくさん重ねて来た。
 寿命が尽きたのち、私はきっと夫と同じ場所には、昇れないだろう。

 そっとサイラス様の手を握る。

 与えられた試練──今ならわかる。
 それは、夫と子どもを愛することだった。

 その為だけに、時間を越えて、彼の元に戻って来た。
 夫は国を守り、子ども達は未来を開拓していく。


 これからは、次の世代が試される番だ。
 その歩みを、私はサイラス様と並んで、静かに見守っていこう。

 子どもたちが描く未来が、どうか輝きに満ちていますように。
 そう願いながら。


 ──本編終わり。
 読んで頂いて有難うございました。

 
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