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第七話 顛末
──守って見せる!
それが、戻って来た私の決心。
私の揺るぎない態度に、魔女は考え込んでいる。
そのときだった。
「……面倒くさい娘ね、ほんとに」
顎をあげて、王妃は腕を組んだ。
「もういいわ。王家に伝わる秘宝を渡すから、ジルナードの体を戻して!」
私の喉が鳴った、空気が張りつめる。
「それは……王妃の物ではない」
魔女の声が、低く落ちる。
けれど王妃はまったく怯まず、むしろ怒りを露わにした。
「じゃあ何が欲しいのよ!? なんでも出すわよ! 早くジルナードを元の姿に戻して! あの子こそ、王にふさわしいの!」
「なんでも?」
魔女の金色の眼が光る。
「ええ、サイラスはこの手で、消してやるわ」
──そのとき、気づいた。
王妃の手に、短剣があった。
私も、背後に隠していた短剣を抜き、前へ出る。
「そうよ、フィリス! それをサイラスの心臓に突き立てなさい!」
「いいえ、夫は、私が守ります。これでも、護身術くらいは嗜んでおりますので」
王妃は大きく目を見開いた。
「小癪な……!」
同時に、短剣を振り上げ、
私も、構える。
でも――
「ギャッ!」
悲鳴が響いて、
王妃の手から、短剣が落ちた。
……その刹那、そこに立っていたのは、たしかに眠っていたはずの――
「魔女と関わった者は、死罪だったな」
サイラス様。
彼の手には、私から奪った短剣があった。
「母上の仇だ!」
そのまま、ためらいなく剣を振り上げる。
けれど。
「ひっ、ああ、あああっ……!」
王妃が、引き裂かれるような、悲鳴をあげる。
その身体が、みるみる変わっていった。
金色の髪は真っ白に。肌は深く皺を刻み、骨ばった指が震える。
「ど……どうして」
しわがれた声。老婆となった王妃が、背を丸めて茫然と座り込んでいた。
「ひひ、お前の寿命と取引だ。ジルナードの足は回復してやろう」
「魔女め!!」
サイラス様が、刃を魔女に向かって振り下ろした。
でも、その姿は霧のように揺らぎ、ふっと消えた。
「……逃げたか。フィリス、怪我はないか?」
「……はい。サイラス様、目を覚ましていたのですか?」
「ん、ああ。金縛りにあって、焦った。お前の枕の下の短剣も、気になったから」
ああ、もう。
どうして、あなたはそうやって……私なんかを、信じることが出来るの。
「……サイラス様」
名前を呼ぶと、彼は両手でやさしく私の顔を挟んだ。
「……話してくれるな? 何があったのかを」
その瞳は、真直ぐ誠実で、今の私には眩しかった。
* * *
「どうして、早く話してくれなかった!」
サイラス様は怒っていた。
「なんて馬鹿な事を!」
私が、自分の命を賭けて魔女と取引しようとしていたことに。
私は全部、正直に話した。
言いたくない事も、とにかく隠さずに、すべてを。
「巻き戻って来た?……信じられないな」
半信半疑な顔。
まぁ、仕方ないわよね。
私だって、まだ夢みたいだもの。
けれど、サイラス様はこうして生きている。
それに、お腹の子も──無事だ。
「あなたは……私を、許せないでしょうね。毒を盛って、命を奪ったんだもの」
「許すも何も、そんな話を信じろって方が、無理だろう」
受け入れない、絶対に信じようとしない……
裏切った私なんかの為に、認めようとしない。
「ジルナードを……今も愛しているのか?」
「いいえ、貴方だけを愛しています」
サイラス様は、私をそっと抱き寄せ、膝の上にのせた。
ぬくもりが、ひどくやさしい。
──そんな風に甘いから、
そんなふうに、私の愛を信じてしまうから……
貴方は簡単に……私の手で……
「本当に、ごめんなさい」
「謝るな。もう秘密はナシだ。夫婦だろ。お腹の子のためにもな」
「……ええ、ごめ…分かったわ」
それで終わりだった。サイラス様は、何も責めなかった。
本当に、あなたは甘すぎる。
罰してくれた方が、よっぽど楽だったのに。
* * *
その後、王太子の座は動かなかった。
ペナードとの戦争も回避され、事態は静かに収束した。
ジルナード様の足は癒えた。けれど、母の罪を背負い臣下に下り、子爵令嬢エリーンと結婚した。
あの日、事件が起きたのは私たちの寝所だった──それが何を意味するのか、誰にも説明する必要はなかった。
真実は、ただそこにあった。
「……王妃が魔女と取引をした」
息子を想う母の行動。それは都合よく、美談にすり替えられていた。
命をかけて息子を救おうとした王妃は、死罪を免れた。
「放っておいても、一年は持たないだろう」
そう評されて、遠くへ幽閉された。
魔女と取引すれば、待っているのは自身の破滅。
それを、王妃はどこまで理解していたのか。
そしてあの日、老婆の姿になった王妃を、サイラス様は剣にかけなかった。
「生き残った方が、苦しむと思ったんだ」
その決断だって、貴方にとってどれほど苦しかったか、私は知っている。
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