9 / 9
第九話 ジルナードとヘイワード
領地のこと、母の死、いろいろ重なったせいか、
私、ジルナードは、ある日突然、倒れた。
医者は心臓が弱っていると言った。もう大丈夫だと思っていた体は、簡単に裏切った。
回復したはずが、また寝込む日々だ。
常用の睡眠薬がないと眠れない。
エリーンが、毎晩のように用意してくれる。オブラートに包んで、声もやさしく。
「早く元気になってくださいね」
健気な妻。
フィリスも、そうだった。
私を深く愛していた。なのに今は、サイラスの妻だ。
王太子妃として、王宮の中心に立っている。
* * *
フィリスは、かつてこう言った。
──ジルナード様を王にする、と。
なのに、現実は、違った。
彼女はサイラスと結婚した。望まぬ婚姻だったのは知っている。だが、半年経っても動きがなく、聞こえてきたのは「懐妊した」という話だった。
私はベッドの中で、もがいていた。体は動かず、気持ちだけが先走った。
そんな中、私を癒してくれたのがエリーンだった。
バーモット公爵の遠縁の子爵令嬢。最初は胡散臭く思っていた。
だが、接するうち、あまりにも自然で、素直で、私は少しずつ心を許し、気づけば、彼女を求めていた。
そんなある日、フィリスの兄が現れた。
『お加減は如何ですか』
ヘイワード。冷たく、無表情で、昔から好きになれない男だ。
『今日は何の用だ? まさか吉報か』
無表情に、彼は言った。
王妃が魔女と手を組んだ。サイラスを消し、私を治すために。
『そうか。やはり、頼れるのは母だけだ』
思わず口に出した。
『王となられるよう、私も祈っております』
それだけ言って、ハワードは帰って行った。
だが、確信した。私が正当な王太子だ。蛮族のサイラスなど、誰も認めてはいない。誰もが私の帰還を待っている。
*
母は本当に、私の体を元に戻してくれた。だが、サイラスは生きていた。
娘が生まれたと聞いて、エリーンと祝福に赴いた。
サイラスも、フィリスも、私を警戒していた。
フィリスとは、目を合わせても、睨み合うだけだった。
昔のような愛情など、彼女の中には、もう残っていなかった。
──私を王にするのではなかったのか?
視線で問うても、拒絶された。
後悔させてやる。
王太子の座は、必ず取り戻す。どんな手を使ってでも。
すると、先手を打つように、サイラスは私に忠告した。
『王妃のような野望を持つ者が現れたら、魔女はまた現れるだろう』
そのときは焦ったが、あとで、ふと思った。
うまく、魔女を利用できないか。
母は、どうやって魔女に会ったのだろう。調べるうちに、ひとつの答えに辿り着いた。
──破滅が、魔女を呼ぶ。
ならば、呼んでやろう。
サイラスを破滅に追い込んでやる。
味方になりそうな貴族を洗い出した。
サイラスを疎む者は思ったより多かった。
クーデターを考えた。支援者も集めた。金も動かした。
王宮の侍女を買収して、毒を仕込ませようとしたこともある。
だが、どれも上手くいかなかった。
壁のように立ちはだかったのは、バーモット公爵家だった。
どの手も、裏をかかれた。
どの策も、潰された。
公爵家は、まるでこちらの手の内をすべて読んでいたかのように、動いた。
そのとき、ようやく理解した。
破滅したのは、私のほうだった。
何もかも──最初から仕組まれていたのだ。
ヘイワードが屋敷を訪ねてきた、あの日から。
* * *
バーモット公爵も、同じ病に倒れたと聞いた。
死期を悟った私は、ヘイワードを呼んだ。
「……盛ったのか」
「用意したのは、亡き王妃殿下です」
つまり、常用の睡眠薬に毒を。
「まさか、エリーンも共犯か?」
「いいえ。混ぜたのは私です。彼女は知らずに、渡しただけです」
「そうか」
皮肉なものだと思った。
母の使った手口で、私が終わる。
「……皮肉だな」
ヘイワードは、何ひとつ表情を変えずに言った。
「貴方が、王妃殿下を止めてくだされば、こんなことには」
「よくも言えたな。サイラスの指示か?」
「違います。私の独断です。貴方は、この国に破滅をもたらす存在だと判断しました」
耐え難い衝動を、無理に飲み込んだ。
「なら、最後まで守れ。この国を」
「妹と、サイラス殿下が守っていくでしょう」
……すべてを奪われたと思った。だが、それでも残したものがある。
「私の子に──ヘルミナには、手を出すな」
「約束はできません」
「……そう言うな。エリーンのことも頼む。あれには、何の罪もない」
「私の監視下に置いて、面倒を見ろと?」
「そうだ。私を殺した罰だ」
「承知しました」
それでも怒りが収まらなかった。
「許さないぞ。お前も、フィリスも、サイラスも……」
それに対する返答は、冷ややかだった。
「感謝して欲しいですね。貴方は、何ひとつ成し遂げなかった。だからこそ、神に許されるはずです」
ヘイワードは、自分の父まで手にかけた男だ。
……許されるはずがない。
それでも後悔など、彼はしないだろう。どこまでも非情な男だ。
*
残された時間で、遺書を書いた。
私財のすべてはヘルミナに残した。
後見人には、ヘイワードの名を記した。
サイラスには、託したくなかった。それが、私に残された最後の矜持だった。
破滅へと、一歩ずつ足を進めていたのに──魔女は、現れなかった。
「何一つ成し遂げなかった」
そんな私の破滅など、魔女にとっては、取るに足りなかったのか。
ああ、私は、王の器ではなかった。
……それだけのことだ。
ただ、普通に、エリーンと過ごしていればよかった。
幸福を、望んでいればよかった。
そんな当たり前のこと。
終わりが近づいて、やっと気づいた。
────おわり。
最後まで読んで下さって、本当に有難うございました!
私、ジルナードは、ある日突然、倒れた。
医者は心臓が弱っていると言った。もう大丈夫だと思っていた体は、簡単に裏切った。
回復したはずが、また寝込む日々だ。
常用の睡眠薬がないと眠れない。
エリーンが、毎晩のように用意してくれる。オブラートに包んで、声もやさしく。
「早く元気になってくださいね」
健気な妻。
フィリスも、そうだった。
私を深く愛していた。なのに今は、サイラスの妻だ。
王太子妃として、王宮の中心に立っている。
* * *
フィリスは、かつてこう言った。
──ジルナード様を王にする、と。
なのに、現実は、違った。
彼女はサイラスと結婚した。望まぬ婚姻だったのは知っている。だが、半年経っても動きがなく、聞こえてきたのは「懐妊した」という話だった。
私はベッドの中で、もがいていた。体は動かず、気持ちだけが先走った。
そんな中、私を癒してくれたのがエリーンだった。
バーモット公爵の遠縁の子爵令嬢。最初は胡散臭く思っていた。
だが、接するうち、あまりにも自然で、素直で、私は少しずつ心を許し、気づけば、彼女を求めていた。
そんなある日、フィリスの兄が現れた。
『お加減は如何ですか』
ヘイワード。冷たく、無表情で、昔から好きになれない男だ。
『今日は何の用だ? まさか吉報か』
無表情に、彼は言った。
王妃が魔女と手を組んだ。サイラスを消し、私を治すために。
『そうか。やはり、頼れるのは母だけだ』
思わず口に出した。
『王となられるよう、私も祈っております』
それだけ言って、ハワードは帰って行った。
だが、確信した。私が正当な王太子だ。蛮族のサイラスなど、誰も認めてはいない。誰もが私の帰還を待っている。
*
母は本当に、私の体を元に戻してくれた。だが、サイラスは生きていた。
娘が生まれたと聞いて、エリーンと祝福に赴いた。
サイラスも、フィリスも、私を警戒していた。
フィリスとは、目を合わせても、睨み合うだけだった。
昔のような愛情など、彼女の中には、もう残っていなかった。
──私を王にするのではなかったのか?
視線で問うても、拒絶された。
後悔させてやる。
王太子の座は、必ず取り戻す。どんな手を使ってでも。
すると、先手を打つように、サイラスは私に忠告した。
『王妃のような野望を持つ者が現れたら、魔女はまた現れるだろう』
そのときは焦ったが、あとで、ふと思った。
うまく、魔女を利用できないか。
母は、どうやって魔女に会ったのだろう。調べるうちに、ひとつの答えに辿り着いた。
──破滅が、魔女を呼ぶ。
ならば、呼んでやろう。
サイラスを破滅に追い込んでやる。
味方になりそうな貴族を洗い出した。
サイラスを疎む者は思ったより多かった。
クーデターを考えた。支援者も集めた。金も動かした。
王宮の侍女を買収して、毒を仕込ませようとしたこともある。
だが、どれも上手くいかなかった。
壁のように立ちはだかったのは、バーモット公爵家だった。
どの手も、裏をかかれた。
どの策も、潰された。
公爵家は、まるでこちらの手の内をすべて読んでいたかのように、動いた。
そのとき、ようやく理解した。
破滅したのは、私のほうだった。
何もかも──最初から仕組まれていたのだ。
ヘイワードが屋敷を訪ねてきた、あの日から。
* * *
バーモット公爵も、同じ病に倒れたと聞いた。
死期を悟った私は、ヘイワードを呼んだ。
「……盛ったのか」
「用意したのは、亡き王妃殿下です」
つまり、常用の睡眠薬に毒を。
「まさか、エリーンも共犯か?」
「いいえ。混ぜたのは私です。彼女は知らずに、渡しただけです」
「そうか」
皮肉なものだと思った。
母の使った手口で、私が終わる。
「……皮肉だな」
ヘイワードは、何ひとつ表情を変えずに言った。
「貴方が、王妃殿下を止めてくだされば、こんなことには」
「よくも言えたな。サイラスの指示か?」
「違います。私の独断です。貴方は、この国に破滅をもたらす存在だと判断しました」
耐え難い衝動を、無理に飲み込んだ。
「なら、最後まで守れ。この国を」
「妹と、サイラス殿下が守っていくでしょう」
……すべてを奪われたと思った。だが、それでも残したものがある。
「私の子に──ヘルミナには、手を出すな」
「約束はできません」
「……そう言うな。エリーンのことも頼む。あれには、何の罪もない」
「私の監視下に置いて、面倒を見ろと?」
「そうだ。私を殺した罰だ」
「承知しました」
それでも怒りが収まらなかった。
「許さないぞ。お前も、フィリスも、サイラスも……」
それに対する返答は、冷ややかだった。
「感謝して欲しいですね。貴方は、何ひとつ成し遂げなかった。だからこそ、神に許されるはずです」
ヘイワードは、自分の父まで手にかけた男だ。
……許されるはずがない。
それでも後悔など、彼はしないだろう。どこまでも非情な男だ。
*
残された時間で、遺書を書いた。
私財のすべてはヘルミナに残した。
後見人には、ヘイワードの名を記した。
サイラスには、託したくなかった。それが、私に残された最後の矜持だった。
破滅へと、一歩ずつ足を進めていたのに──魔女は、現れなかった。
「何一つ成し遂げなかった」
そんな私の破滅など、魔女にとっては、取るに足りなかったのか。
ああ、私は、王の器ではなかった。
……それだけのことだ。
ただ、普通に、エリーンと過ごしていればよかった。
幸福を、望んでいればよかった。
そんな当たり前のこと。
終わりが近づいて、やっと気づいた。
────おわり。
最後まで読んで下さって、本当に有難うございました!
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない
有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。
魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。
「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
あなたは愛を誓えますか?
縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。
だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。
皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか?
でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。
これはすれ違い愛の物語です。
もう何も信じられない
ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。
ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。
その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。
「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」
あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。
あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
真実の愛は水晶の中に
立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。
しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。
※「なろう」にも重複投稿しています。