罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

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第三章

第三章 ~『燃える麦畑』~

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 クラウスの屋敷を後にする頃には、辺り一帯はすっかり夕闇に沈んでいた。雲の切れ間からは星が顔を覗かせ、冷え込んだ風が馬の鬣をそっと揺らしている。

 黒塗りの馬車の中で、ヴェルスタンは腕を組んで黙り込んでいた。顔は怒気を押し殺しているが、そのこめかみはピクリと痙攣している。

「まただ……また奴らに恥をかかされた……それにあの商人め。私を裏切りおって……」

 対面の席で背筋を伸ばしていたマルコが、すっと顔を上げる。車内を照らすランタンの淡い光が彼の端正な横顔を照らしている。

「裏切り者は、どこにでもいるものです」

 淡々とした声で応じると、ヴァルスタンは苛立たしげに鼻を鳴らす。

「ふん、まぁいい。成果がまったくなかったわけでもないからな」
「というと?」
「この領地の奴らは信用できん。少なくとも、民衆からの支持を奪い取らないことには、このような策謀は決して成功しないと分かったからな」
「民心を崩す。そこが鍵ということですね」
「そういうことだ」

 ヴェルスタンが頷くと二人の会話が止まる。車内が静まり返り、車輪の音だけが響く中、マルコは窓の外に目を向ける。

「綺麗ですね……」

 その言葉に釣られて、ヴェルスタンも窓の外を見やる。月の淡い光を受けて、金色に染まる麦畑。風が吹き抜け、麦の穂が波のように揺れる様はどこか幻想的だった。

「あれが噂の自動農具ですね」

 麦畑の一角では、銀に輝く農業用の魔道具が稼働している。昼夜問わず、せっせと麦の刈り取りを続ける姿に、ヴェルスタンは鼻を鳴らす。

「人間と違い、魔道具は休まず働く。まるで夢でも見ているような光景だな」
「ですね」
「だが幻想には終わりがある。起死回生の策が浮かんだぞ」

 その声には熱がこもっていた。マルコが軽く目を伏せる。

「策とはいったい?」
「その前に……馬車を止めろ!」

 ヴェルスタンが突然そう命じると、御者は慌てて手綱を引く。馬車が急停止し、車輪が砂利を巻き上げる。

 完全に停止すると、ヴェルスタンはためらいもなく馬車の扉を開けて、外へと降り立つ。

 冷たい夜気が頬を打ち、麦の香りが風に乗って鼻をくすぐる。車内の小さな窓から見ていた麦畑とは異なり、地面に足を下ろして見る景色は迫力を帯びていた。

「壮観だな……悔しいと感じるほどだ……」

 ヴェルスタンが薄く笑みを浮かべたまま、麦畑の広がりを見渡す。後ろから降りてきたマルコも一歩遅れて隣に立った。

「それで……策とは?」
「辺境領の繁栄は、この麦によるところが大きい。領民の支持もこの黄金の穂があってこそだ……ならば、畑を潰せばいい。民心は崩れ、領地は混乱する」

 彼が何を言いたいのか分からず、マルコは困惑する。だがすぐにヴェルスタンは重々しい言葉を切り出した。

「この畑に火をつけるのだ」
「それは……あまりにも――」
「うるさい!」

 その一喝に、マルコは肩をすくめる。ヴェルスタンの瞳は狂気に取り憑かれていた。

「いいか、マルコ、貴様は何も分かっていない。もしこのまま成果を挙げなければ、我々はアストレア殿下に粛清される。納得できるだけの結果がいるのだ。分かるな?」

 マルコは黙り込む。だが視線はなお畑を見つめ続けている。

「で、ですが、すぐに我々がやったと露呈するのでは?」
「心配無用。広大な農地だ。夜間に突然炎が上がったとしても、我々が目撃されるリスクは小さい」
「それはそうかもしれませんが……」
「それにだ。もしかしたら魔道具の誤作動が発火原因だと思ってくれるかもしれない。そうなればエリスを責める材料にもなる。一石二鳥というわけだ」

 彼の提案は成功を前提に語られている。マルコはまだ及び腰なのか、不安げに問いかける。

「……火を使えば、証拠が残るんじゃありませんか?」
「道具を使えば痕跡が残るかもな。だが魔術ならどうだ?」

 ヴェルスタンは鋭い視線をマルコへと向ける。

「確か、貴様は炎魔術の使い手だったな?」

 マルコの顔に一瞬、驚愕の色が走る。

「……なぜ、それを?」
「調査したのだ。部下の素性を知るのは上に立つ者の基本だからな」

 魔術はたとえ上官であっても秘匿する者が多い。自分の能力を知られれば弱点が明るみになり、対策も容易になるからだ。

「安心しろ。知るのは私だけだ」
「他の方には他言無用でお願いします」
「口は堅いほうだ。心配するな。それよりどうだ? やってくれるか?」

 魔力でゼロから炎を生み出せば、道具を使った痕跡を残すこともない。能力を見込まれての頼みを受けて、彼は唇を噛みしめる。

 しばらくの間、沈黙を貫き、やがて小さく頷いた。

「上官の命令には逆らえませんね」
「いい返事だ」

 ヴェルスタンの期待に答えるため、マルコは指先を麦畑に向ける。詠唱する声が夜に溶けると、炎が弾丸となって畑の中心に放たれる。

 鈍い音とともに、乾いた麦に火が走る。一筋の火が瞬く間に帯となり、畑全体へと広がっていく。

「よし……もっとだ、もっと燃えろ……!」

 ヴェルスタンが興奮した様子で叫び、拳を握りしめる。

「見ているがいい……クラウス、エリス。これが貴様らの信頼崩壊の始まりだ!」

 赤い炎は激しく燃え上がりながら、麦畑を容赦なく焼き尽くしていくのだった。

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