罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

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第三章

第三章 ~『評判を落とすのが目的』~

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 朝霧がまだ街道にうっすらと残る中、クラウスとエリスを乗せた馬車は、軽やかに石畳の上を進んでいた。

 車内には揺れに合わせて微かな軋む音が響き、カーテンの隙間から差し込む朝日が、二人の表情を優しく照らしている。

「盗賊が出たなんて驚きですね……」
「私も驚いている。なにせ、ここ数年で一件も盗賊事件は報告されていないからな」

 武勇に秀でたシュトラール辺境領で暴れる愚か者は今までいなかった。クラウスがそう続けると、エリスが頷く。

「それが急に発生するなんて、不自然ですね……偶然とは思えません……」
「犯人は、おおよその想像がつくな」
「まぁ、きっと、あの人でしょうね」

 言葉にしなくとも、二人の頭に浮かんだ人物は同じだった。王都から派遣された男、ヴェルスタン。過剰な自尊心と陰険な手段で、過去にも領地を揺さぶろうとしてきた。

「そろそろ引導を渡すべき時が来たのかもな……」
「そのためにも証拠が必要ですね」

 ヴェルスタンは王家からの命を受けて派遣されている。確実な物証がなければ、問い詰めても言い逃れされだけであり、領地から追い出すまでには至らないだろう。

 しばらく車内が無言になる。やがて馬車は街道を進み、街の中心部に到着した。

 車輪の音が止まり、扉が開くと、朝の市場は騒然としていた。人々がざわめき、あちこちで不安の声が飛び交っている。

「盗賊が出たってよ」
「王都への仕入れも安心してできないね」
「護衛を雇うしかないか……でも出費がなぁ……」

 声はどんどんと大きくなっていく。それはある人物を中心としたものだった。

「民の不安を煽っているのはやはり奴か……」
「案の定、ヴェルスタン様でしたね」

 二人が眉をひそめて見据える先には、やたらと身振り手振りを交えて群衆に語っている男の姿があった。

「昨夜、街道で盗賊が現れた! 治安が良いと評判のこの地でこのような事件が起きるとは……これもすべて領主の管理能力が不足のせいだと、私は考えている」

 ヴェルスタンは真っ向からクラウスを否定する。そんな彼の様子に、エリスは呆れたように息をつく。

「やっぱりいましたね、あの人」
「いるとは思っていたが、予想通りだったな」

 二人が近づくと、群衆の視線が一斉に彼らに向く。ざわめきが広がり、空気が張りつめていく。

 その気配に気づいたヴェルスタンが、演説を中断して振り返った。

「おや、閣下ではありませんか」

 ヴェルスタンは薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。だが、その目には明らかな挑発の光が宿っていた。

「聞きましたよ。昨夜の事件。恐ろしい話ですねぇ。この領地の警備体制が緩んでいるのではありませんか?」
「……兵たちはよくやっている。昨夜の件もすでに対策を考えてある」
「ほう?」
「このシュトラール辺境領で、もし旅人が盗賊に襲われた場合、その被害をすべて私が補填する」

 その言葉に、場がざわつく。誰かが驚きの声を上げ、そしてすぐに、好意的な声が続く。

「それなら安心して旅ができるぞ!」
「閣下が補償してくれるなんて、すごいじゃないか!」
「これなら無理に護衛を雇わなくてもいいかも」

 群衆の反応に、ヴェルスタンの目元が引きつる。

「税金をそんな無駄なことに使うおつもりで?」
「無駄にはしない。いずれ犯人を特定し、しかるべき責任を取らせる。補填した費用も、その者に負担させるつもりだ」
「……犯人を、見つけられると?」
「心当たりもあるのでな」

 クラウスの言葉はあくまで冷静だったが、その眼差しには何かを見通しているような鋭さが宿っている。

「どのような心当たりか、お聞きしても?」
「被害にあった薬屋から話を聞いてな。盗賊は剣の構えに隙がなく、かなりの腕利きだったそうだ」
「……ほう、それはまた。よほどの戦士なのでしょうな」
「近衛兵に採用されても不思議ではない。彼はそのように表現していた」

 その言葉に、ヴェルスタンの肩がぴくりと動く。

「……閣下、まさか私を疑っているのですか?」

 ヴェルスタンが一歩前に出て、問いただすように詰め寄る。だがクラウスは眉ひとつ動かさず、淡々と答える。

「いや、そうは言っていない。むしろ君たちの剣の腕を高く評価しているからこその表現だ」
「しかし、目が、そう言っておられぬように感じられますが?」

 ヴェルスタンの口調に棘が混じり始める。その瞬間、エリスが横からにゅっと顔を出す。

「でも、やっぱり不思議ですよね」

 唐突なエリスの明るい口調に、周囲の空気がゆるむ。だがヴェルスタンだけは警戒を解かない。彼女が気の抜けない厄介な相手だと知っているからだ。

「犯人は小遣い稼ぎで盗賊をしていたそうなのですが、奪ったのは薬品です。売ればすぐに足がつきますから、お金にも替えられないでしょう。そんな代物を盗んで、どうするつもりなのでしょうか?」

 エリスの疑問は尤もだと、話に耳を傾けていた人たちは何度も頷く。

「他に食べていく手段がなかったから、後先考えなかったのですよ」
「ですが、近衛兵に匹敵する剣の腕ですよ。それなら騎士団に入るとか、護衛をやるとか。お金を稼ぐ手段はいくらでもあるはずです」
「そ、それは……」
「だから私は犯人の動機はシュトラール辺境領の評判を落とすことにあった。そう考えています」

 エリスの言葉には説得力があった。だが新たな疑問も生じる。盗賊たちはシュトラール辺境領の治安を悪化させて、どのような得をしたのかだ。

 疑いの目がヴェルスタンに集まっていく。今回の件を喜んでいるのは彼だけで、剣の腕も容疑者の条件と一致しているからだ。

「不愉快だ! 私は帰る!」

 ヴェルスタンは顔を真っ赤にして、その場から足早で逃げ去っていく。その背中をクラウスたちはぼんやりと眺める。

「……逃げたな」
「やっぱり図星だったんじゃないですか?」
「かもな」

 二人は苦笑を漏らす。その笑い声は街の中に静かに広がっていくのだった。
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