罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

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第三章

第三章 ~『盗賊の真似事』~


 月が雲間に隠れ、辺りは漆黒の闇に包まれている。

 辺境の街も今は灯りを落としている。領民たちは眠りにつき、夜風が草木を揺らす音以外、何も聞こえない。

 そんな中、街道から少し離れた林の茂みに、黒装束に身を包んだ影が潜んでいた。

 ヴェルスタンと部下の近衛兵たちである。顔まで覆面で隠し、息を潜めて様子を窺っている。

「本当にこの時間に行商人がやってくるのでしょうか?」

 部下の一人がヴェルスタンに問いかけると、彼は首を縦に振る、

「普通なら、こんな時間に旅人など通らん。だがシュトラール辺境領は事情が違う」
「というと?」
「街道は結界の魔術で守られていてな。魔物が踏み込めないのだ」

 そう言われて街道に視線を向けると、道の両側には結界の印が刻まれた石柱が一定間隔で佇んでいた。神経を研ぎ澄ませると、魔力の気配も感じられる。

「魔物は分かりました。ですが盗賊もいないのですか?」
「シュトラール辺境領は王国でも屈指の戦力を抱えている。盗賊どもも怯えて手を出そうとはせん。だからこその我々なのだ」

 本物の盗賊がいないなら、それに扮したヴェルスタンたちが盗賊の真似事をすればいい。そうすれば安全神話も破壊できる。

「今までは治安の良さ故に一人で旅をする者も多かった。だが危険だと分かれば、護衛を雇うようになる。当然、運ばれてくる物資の費用は増し、物価に上乗せされる」
「領民たちの財布が苦しくなりますね」
「その不満がクラウスへと向かうのだ」

 その答えには迷いも、葛藤も、良心も一切ない。冷たい声が夜に溶けていく。

「今夜通るのは、薬屋の旅人だ。明朝には街に入る予定と聞いている」
「なぜ薬屋を狙うのですか?」
「ターゲットは別に誰でもいい。襲われたという事実さえ作れればな」

 ヴェルスタンが低く呟くと、隣にいた部下も小さく頷く。

 そのときだ。街道の先から、ひとつの灯りが揺れながら近づいてくる。ランタンを片手に持ち、小柄な薬屋と思しき中年の男が歩いてくる。

 革の大きな鞄を背負い、よろけながらも、彼は道を急いでいた。

「来たな。いくぞ」

 ヴェルスタンが指示を出すと、黒装束の男たちが音もなく茂みから飛び出す。

「動くな! 荷物を置いていってもらおう!」

 突然、道を塞がれた薬屋は目を見開く。

「なっ……盗賊! この領地で、まさか……」

 言葉の端々に、信じられないという気配が滲む。

「ふっ……絶対に安全などというものは存在しないということだ」

 ヴェルスタンはわざとらしく嗤いながら剣を抜く。銀の刃が月明かりに鈍く光る。

 薬屋は一歩だけ後退するが、すぐに踏みとどまり、震える手で腰の剣に手を伸ばす。

「……戦う気か?」
「一方的にやられるつもりはない」

 そう言って薬屋は構えを取るが、素人のそれだった。両足のバランスは悪く、腕の高さも不自然。緊張からか肩に力が入りすぎていて、刃の先がかすかに揺れている。

 一方、ヴェルスタンとその部下たちはまったく隙のない構えだ。深く腰を落とし、重心を安定させた剣の構えには、熟練の兵士としての技と経験がにじみ出ている。闇夜の中でさえ、その差は明白だった。

 勝てない。

 薬屋は直感的に悟る。構えを交えた瞬間に、格が違うと理解し、手汗が柄にじっとりと滲んでいく。

「お前ら、なにもんだ?」

 自分でも情けない声だと思いながら、薬屋は問いかけずにはいられなかった。

 ヴェルスタンはわざとらしく、顔を歪めて笑う。

「見て分かるだろう? 盗賊だ」
「その剣の腕で、どうして……」
「儲かるからだ。それ以外に何がある?」

 答える気がないと知り、薬屋は小さく頷く。

「俺が荷物を置いていけば、命は助けてくれるんだな?」
「約束しよう」
「わ、分かった。約束だぞ」

 薬屋は深く息を吐くと、背中の荷物をそっと地面に下ろす。革袋が土に沈むと、彼は剣を下げ、無言で目を伏せる。

「これでいいな?」
「ああ、満足だ。ここから立ち去り、我らの恐怖を伝えるがいい」

 逃走の許可を得た薬屋は、ヴェルスタンたちに背を向けて駆け出す。その姿を眺めながら、彼は心の中で呟く。

(絶対に安全という神話はこれで崩れる。あとは噂が広まるだけでいい。物価は上がり、流通は滞り、人々の不満は募る……)

 これで目的は達成される。そう確信したヴェルスタンは、口元に歪な笑みを浮かべるのだった。
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